2.退魔師
「あ? またアンタらか。毎度毎度ご苦労なこって」
現場に張られた規制線を潜った男は、当たり前のように佇むファウスト姉弟を見咎めた。ひょろりと背の高い、どこか窶れて見える男だ。
「イェーガーさん、こんにちは」
険の篭った目で睨まれても、姉弟が動じる素振りはない。顔色の一つも変えない姉の隣で、弟は柔和な笑みを返す。
「退魔師……あれが……?」
ハンスは絶句した。教会の人間といえば、身も心も清廉な聖職者というイメージがあったのだが、イェーガーと呼ばれた男の風貌はあまりにもかけ離れている。
雑に掻き上げた長い黒髪はパラパラと額に零れ、落ち窪んだ目は鋭さこそあるものの生気は感じられない。身に纏う黒のロングコートはかなりくたびれており、相当着古されていることが伺える。一目見て彼の正体を見抜ける人間はいないだろう。
「まあ、そう言うな。アイツ――ヴォルフガングはあんな調子だが退魔の腕は確かだ。俺らもいつも協力してもらってる」
「マルコさん、その若いの新人スか」
当の本人から声をかけられ、ハンスは飛び上がった。
「はっ、はい! 先日赴任したハンスと申します」
「そうかい。あんま気張るなよ」
イェーガーはハンスの肩を軽く叩いた。見た目ほど気難しい人物ではなさそうだ。ほっと胸を撫で下ろす。イェーガーはコートの裾が汚れることも厭わず、死体の前にしゃがみ込んだ。
「こいつは酷いが……人体を
遺体を検分したイェーガーが呟く。一目で見抜く力量に、ハンスは舌を巻いた。
「見ただけでそこまで判るんですね。悪魔の質、というのは?」
「悪魔にも種類がある。悪魔が人の欲から生じるってのは知ってるか?」
ハンスは頷く。つい先ほどマルコから聞いたばかりだ。
「生まれたての悪魔は思考も単純で能力も高くない、欲望に忠実に暴れるだけの害獣だ。ただ厄介なことに、奴らは同じ欲を持つ人間に取り憑くことがある。そいつらのことは悪魔憑きって呼んでるんだが、人間と同調しちまうと悪魔は知恵をつけて痕跡を隠すようになるから追跡も難しくなるんだ。最悪、宿主の魂を喰い殺して肉体を乗っ取っちまうことだってある。だが今回は見た限り知能が低い奴だ。痕跡さえ辿っちまえば遠くないうちに始末できるだろう」
「――どのような存在であれ、悪魔は早急に滅びるべきです」
「まあ、アンタはそう言うよな。領主サマのためにも早めにカタをつけますよっと」
裾の汚れを払いながら立ち上がったイェーガーは、二人の警官に向き直る。生気の感じられなかった双眸には獰猛な光が灯り、名前通り、悪魔を追い込む狩人の目つきへと変わっていた。
「俺は現場に残された悪魔の残滓から本体を辿る。始末したらすぐに知らせる」
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