7.重要参考人

 三日後。警察と教会を嘲笑うように、またしても事件が発生した。辛うじて女性だと判る被害者はこれまでの二件と全く同じ殺され方をされており、ハンスもいい加減遺体の有様には慣れてきた。

「この人もトラブルメーカーなんすかね?」

 遺体を検めたズィヒェルが溜息混じりに呟く。今日も現場に出向いてきたリヒトが首を傾げた。

「トラブルメーカー?」

「ああ、ハンスさんと話してたんすけど……」

 ズィヒェルは姉弟に向けて、ハンスが掴んだ情報を簡潔に説明する。ミカエラは少しだけ眉を寄せた。

「トラブルメーカーを処断する悪魔憑き、ですか」

「やー、今回の被害者もそうかはまだ判らないし、あくまで可能性の話っす。悪魔だけに」

「手掛かりが少ない以上、そちらの方面から洗ってみてもよさそうですね」

「あれー、無視っすか? ズィヒェルちゃん悲しいっす」

 一方のハンスは、三人のやり取りが耳に届かぬほど注意深く野次馬を観察していた。

(いた。あの男だ)

 やはり今回も現れた。野次馬の奥からこちらを覗き見る、痩せぎすの不健康そうな男を見つけた。男と視線がかち合う。彼は慌てて目を背け、現場から逃げ出した。ハンスの疑念は確信に変わりつつあった。

「あの、ズィヒェルさん。気になったことが」

 しょんぼりと項垂れるズィヒェルに小声で耳打ちする。

「何すか?」

「どうやら毎回、現場に不審な男が現れているみたいなんです。今もいたんですが、自分と目が合うと逃げてしまって……」

 ズィヒェルは思案顔で腕を組んだ。

「ふむ、確かに怪しいっすね。ハンスさん、そいつの近辺を洗ってみてくれないっすか」

「了解です」

 ハンスは地道に聞き込みを続け、男の素性を調べ上げた。男の名はアングスト・ハーゼ。32歳。役場に勤めており、前回の被害者、ズィストの横暴を一身に受けていた。近隣住民とのトラブルが起きる度にアングストが駆り出されて仲裁などの対応をしていたようだ。アングストは気弱な性格のため、事あるごとにズィストの攻撃対象となっていた。ハンスが見た不健康そうな痩せた姿はストレスのため窶れた姿だったのだ。

 報告を受けたズィヒェルは成程、と頷く。

「動機は充分っすね。ちなみに、二人目の被害者との接点は?」

「それが……幾ら洗っても全く出てこないんです」

 二人目の被害者は20代半ばとまだ若い女性のハンナ・シュナイダー。ハンナに関しては、殺されるほどのトラブルを抱えていたという話も出てこなかった。

「となると、前提が違う……? 悪魔憑きは被害者を怨んでいない?」

 ズィヒェルは顎をつまんで考え込む。ふと、ハンスは閃いた。

「そういえば……現場に現れたアングストは、見間違いでなければずっとミカエラさんを見ていました。穴が開くほど。もしかすると、彼女のことを……」

「それだ!」

 鋭く叫んだズィヒェルは指を鳴らした。

「うちらは勘違いしてたっす。ズィスト殺しは確かに怨恨かもしれない。けど、ハンナ殺しは、んじゃないっすかね?」

 突拍子もない仮説にハンスは息を呑んだ。

「そんなことが……」

「まあ、あってたまるかって話っすけど。ミカエラさん美人だし、憧れてる男は多いっすよ。それこそ悪魔事件が起きなければ滅多に人前に出てこないから、逆に言えば悪魔事件が起きれば一目見ることは可能なんす」

「ミカエラさん見たさに罪のない人間を殺害するなんて、許されていいはずがないですね。ミカエラさんにも失礼だ。どうにか止めないと」

 頷いたズィヒェルは円らな瞳を獰猛な獣の如く細めた。

「アングストを張るっすよ。悪魔に完全に乗っ取られる前にケリをつけるっす」

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