8.大捕物
月の出ている夜だった。冴え冴えとした月光が照らす夜道を、一人の男が歩いている。痩身の男は周囲を注意深く見渡し、人目につくことを避けている様子だった。
「こんばんは。こんな夜分にどちらへ?」
声をかけられ、男の肩がびくりと震える。振り向いた男の視線の先。青白い月明かりの下、二人の男女が佇んでいた。
「アングスト・ハーゼさんですよね。ズィストさん、ハンナさん殺害事件についてお話が」
男女のうちの男性――ハンスが毅然と告げると、アングストの青白い顔が更に蒼白になった。
「し、知らない! 俺は何も!」
「では、何故現場に現れるのです? 会いたい方がいるのでは?」
「それは……」
アングストは言葉に詰まる。その時だ。彼の肉体に変化が起きた。
爪は分厚い金属をも切り裂けるほど鋭利に伸び、痩躯は鎧の如き筋肉に覆われた。悪魔に憑かれたことで手に入れた、人間離れした膂力と爪で被害者を蹂躙したのだろう。この爪と剛腕に襲われれば、人間などひとたまりもない。
「う、う、ぁああぁっ……!?」
頭を抱えたアングストが呻く。最早人間の言葉すら喋れなくなっていた。
(これが……悪魔?)
「ハンスさんどいて! 悪魔の野郎、馬脚を露わしたっすね! 覚悟するっす」
呆然と立ち尽くすハンスを突き飛ばしたズィヒェルは、コートの中から長い棒を取り出した。その先端に取りつけられた刃物は三日月型に湾曲し、月明かりを受けて白銀の光を放つ。
「か、鎌!?」
これでは退魔師ではなく死神だ。ズィヒェルは大振りの鎌を構えると、正体を現した悪魔目掛けて果敢に攻め込んでいく。小柄なズィヒェルでは体格が倍以上もある筋骨隆々な悪魔憑き相手に劣勢を強いられるのではないかと憂慮したが、杞憂に終わった。
体が大きくなった分体重も増えたのか、異形の悪魔と化したアングストはすばしっこいズィヒェルの動きについていけずに常に後手に回っていた。当たれば一撃で死に至るはずの爪の斬撃、その悉くが空振りに終わる。ズィヒェルは隙を見て足元の死角に素早く飛び込むと、強烈な蹴りをお見舞いしてバランスを崩させた。地面に倒れ込む無防備なアングスト目掛けて、ズィヒェルは無慈悲に鎌を振り下ろす。
「欲に溺れた魂に救いあれ――アーメン」
祈りを捧げ、一刀両断。悪魔の断末魔が夜の空にこだまする。しかし、鎌がアングストの肉体を切り裂くことはなかった。アングストの体から黒い靄のようなものが立ち昇り、霧散したかと思うと、彼は元の痩せぎすな男の姿に戻っていた。一転、夜の街に静寂が訪れた。
「これで……終わったんですよね?」
ハンスは恐々と訊ねる。ズィヒェルは頷き、地面に伸びているアングストの首根っこを掴んだ。
「見た通り、悪魔は無事に退治できたっす。うちは悪魔に憑かれてたこの人を教会で浄化しなきゃいけないんで、ハンスさんは報告書の作成よろしくっす」
「はい、お疲れ様でした」
アングストを引き摺るズィヒェルと別れたハンスだが、真っ直ぐ署には帰らなかった。寄るべきところがあった。
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