12.一件落着
シュルト国首都、ホファートの教会。調査の合間に教会に立ち寄ったイェーガーだが、その姿を目敏く見つけたズィヒェルが詰め寄ってきた。
「ヴォルフ先輩どこ行ってたんすかー!? バディを置いてくなんて酷いっす、この薄情者!」
「フェレライの事件に悪魔が関わってるか調査を頼まれてんだよ」
ファウスト領から見て西南に位置するシュルト国はフェレライ領。そこで悪魔の仕業と思われる怪事件が発生していた。イェーガーは教会の退魔師として調査を依頼され、しばらくフェレライにいたのだ。
事情を説明しても納得していないのか、ズィヒェルは拗ねた様子で唇を尖らせた。子供じみた仕草をしていると年齢よりも幼く見える。そんな感想をうっかり口にすれば、子供扱いするなと憤慨されるだろうが。
「ふーん、まあいいですよ。先輩がいなくても一人で悪魔退治できたんで。これでズィヒェルちゃんも一人前っす。もう先輩には頼らないっすから」
「そうかい、そいつは頼もしいな」
「あーっ、さては信じてないっすね?」
色めき立つズィヒェルを無視してイェーガーは煙草に火を点けた。
「ところでズィヒェルお前、ハンスって野郎を知らないか?」
「へ?」尖っていたズィヒェルの目が丸く見開かれた。「ハンスさんすか? 昨夜の悪魔退治の後、報告書の作成お願いして別れたっきりっすけど、それがどうかしたんすか」
「マルコさんから連絡があってな、昨夜見回りに行ったっきり帰ってきてないんだと。奴さんの家にも姿がなかったらしい」
言葉を区切り、イェーガーは口に含んでいた紫煙を吐き出す。
「悪魔憑きに憑いてた悪魔が退治された途端、事件を担当してた警官が行方不明になるってのは妙だと思ってな」
「ちょ……ちょっと待ってください。じゃあうちが退治した悪魔は、アングストじゃなくてハンスさんに憑いてたかもってことっすか?」
「その可能性もあるってこった。ただの悪魔憑きじゃなくて憑き人なら、悪魔を他人に取り憑かせることも可能だろうからな」
一人前の先輩が語る推測を受け、半人前のズィヒェルの顔が一気に青褪めた。
「あ、あんの野郎ー! 騙したっすね!? やけに段取りよく事件の話するなー、きっと仕事ができる人なんだろうなーって感心しちゃったじゃないっすか! 返せ、ズィヒェルちゃんの信頼を!」
目を剥いて喚き散らすズィヒェルの頭を、イェーガーは軽く叩いた。
「ま、そんくらい悪魔側も狡猾だったってこった。特に人の知恵を使う悪魔憑きや憑き人はな。お前一人の責任じゃねえよ。ハンスの奴は手配して探すことにするさ」
ズィヒェルを励ましながらその実、イェーガーの直感はハンスは既にこの世にいないことを確信していた。悪魔憑きであれ憑き人であれ、悪魔は無条件で人に力を貸す訳ではない。その代償は人間の命。悪魔に憑かれた者の末路は魂を殺されて乗っ取られるか、寿命を吸い取られて生き絶えるかの二択なのだ。
今回の事件の真犯人がハンスだったと仮定して、悪魔の力を使用して二人を殺した挙句、第三者に悪魔を取り憑かせた。それだけでも魂と命はかなり擦り減っているはずだ。逃げ延びたとしても、長くは保つまい。
ただし、このことをズィヒェルに伝える必要はないとイェーガーは判断した。ふざけて見えて真面目な彼女は、己の不甲斐なさを気に病むだろうから。
「先輩はこれからどうするっすか?」
「フォルストの調査を続ける。一筋縄じゃいかねえみたいだからな、一旦大勢整えるためにこっち来たんだ、すぐ戻る」
ズィヒェルは打ち捨てられた子犬のように上目遣いでこちらを見上げてきた。
「後学のため、同行してもいいっすか。まだまだ一人前には程遠いみたいなんで」
「へいへい。ったく、手のかかる後輩だな」
「手のかかる子ほど可愛いって言うでしょ」
「自分で言うなよ」
その後、マルコらが懸命に捜索を続けたが、ハンスの痕跡はおろか死体も何も見つかることはなかった。真相を知る者は、ファウスト家の姉弟のみ。
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ツキビト 佐倉みづき @skr_mzk
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