第1章 雌伏の章 銀月暦1902年
オルガ公国×ムスペイム侯国 バラン平原の戦い
さっきからずっと、通信回線にイネス《イカレ女》のコブシの利いた歌が流れ続けている。
『あんたのぉ~背中がぁ~ま~ぶた~にぃぃっ、ぁやきついてぇはぁ~♪』
『こちらオルガ軍司令部!だれだオープン回線で歌っとるのは!!今すぐ止めろ!!これは司令官命令だ!!』
どうやら俺が寝ていた事は知られていないようだ。
俺はモニターで周辺の状態を確認するが、状況に変化はないようだった。
安堵したのか、つい自分も軽口が漏れる。
「あちゃぁ~、司令官様ブチ切れちゃって。これで報酬値切られたらイネスにストリップでもして埋め合わせしてもらおう」
そう言いながら、俺も通信がオフになっているかを確認する。
いっそ俺も歌い出すのもありかな?
『あ~ら司令官、あたしの歌声に惚れちゃった?ていうか聞いてたの、盗み聞くなんていやらしい。お金とるわよ』
っぶふぁ。
いつ敵が来るかもわからない場所でも、いつも通りの空気を読まない言葉に、つい吹き出してしまうが、これで眠気も飛んで丁度良い。
長い付き合いだが、年々とイカレ具合が増してないか?
『っーーーー。貴様がオープンにしてるからだろうが!!敵はすぐそこまで来てるんだぞ!!とっとと準備せんか、この鞘無し共が!!』
鞘無し-剣を収める先がない、国に属していない傭兵騎士に対する蔑称である。
ここカレグリン大陸で300年前、不世出の天才『メイビル・ヴングスカ』により開発された巨大人型兵器『アネモイ・ギア』により、大陸全体を巻き込んだ動乱が起こった。300年たった今でも、残り火がくすぶり続けている。
この戦場は大陸の3大国の一つ、ヴェルヌス帝国内における、領主間の諍いを発端とした内戦の、戦端の一角だ。
ヴェルヌス帝国は300年前に起きた動乱の勝者となった国で、今では3大国とよばれる国家群の中で、最も広大な領土と資源、経済力で他国に勝る大陸の覇権国家である。動乱前は大陸の東端にある島の一領主でしかなかったが、独立戦争と、同時に起こった技術革新の波に乗る事で、独立から一息に領土を拡大した反動か拡大した領土統治の失敗を引き摺り続けて、情勢が不安定で内戦が絶えない。
他国からの侵攻がある時だけは帝国の各領主達は何とか結束し、今の所は他国からの侵攻を全て防いでいる。
そんな情勢のお陰で、俺のような傭兵稼業は引く手あまたで、仕事には困らない。
今回はオルガ公国に雇われる形で、ムスペイム侯国との戦闘に参加している。
今いるのは主となる戦場を回り込もうとする敵兵を牽制するための索敵陣地を敷いていたところに、戦場の裏を取ろうと回り込んできた敵が侵攻してきた。
索敵陣地なのでAGも1機しか配置してなかった所で、本隊からさける戦力があるわけでも無く、慌てて傭兵を雇って数を揃えようとしていたので、報酬は割高で美味しい額だ。
まだ、両軍どちらも互いの規模が解らず、攻めるに攻めれず、かといって本隊の背中を突かれる危険があるから引くわけにも行かない、とうい見事な硬直状態が続いていた。
これを暇と言っていいのか、まぁ、やることが無いのは同じだが。
だから俺はひと眠りするし、イネスも歌う。
『言われなくてもやってやるよ。それに空気が変わった、あと15秒したらお客さんが見える。
『ちょっと待て、勝手に指揮するな!!まっつたく、何を根拠にそんな・・・』
『レーダーに反応。前方に敵機3。距離3000。推定ゲロル・ハザン1、ガムス・ルサ2』
『なんだと?!』
司令官の怒鳴り声も、オペレータの敵襲を告げる声にさえぎられる。
『ほら、おいでなすった。
機体のリアクターに火は入っていて、いつでも動ける。
通信をオンにする。
「バスク機先行します。後続は全機落とす前にでも来てくださいね~っと」
機体を起き上がらせる。敵からもこちらが見えている頃だ。
『おいこら、勝手に行くな!!数は同じなんだから隊列組んで……』
「あー、通信状態が悪いようだ。なにか言ったか?」
途中で通信をオフにする。
折角の訓練相手だ、他に譲るなんて勿体ない。
いくよ、ウル・ダ・ルーン。
俺が乗るこの機体、AG《アネモイ・ギア》 ウル・ダ・ルーンと、姉弟子であるイネスの機体プル・ガ・ルーンは家に伝わる機体だ。
あの日、家から持ち出した親の形見というべき機体。
元の外装は目立たないよう、外装は傭兵御用達のガムス・ルサに偽装している。
そんなAG《アネモイ・ギア》ウル・ダ・ルーンを駆って、向かってくる3機を迎え撃つべく歩みを進める。
機体を前進させながら、鞘から剣を抜く。
すると、切ったはずの内部通信ではなく、オープン通信が入ってきていた。
『おかしな歌を歌ってた女が言ってたのはおまえさんかい? たった1機で俺達3機を相手にしようってのは』
どうやら、相手さんにまでイネスの会話は聞こえていたようだ。そういえば、オープン回線で歌ってたな。
「どうも、そういう事になりました~。ていう事で、まぁお手柔らかにお願いしますよ」
『こちらを舐めているのか。フッ、まぁどういったつもりであれ、敵を倒すのが我々の任務だ。遠慮なく行かせてもらおう!!』
通信が切れると、相手は中央の1機がやや突出し、残りの2機は左右にやや開いた隊形を取った。
バラン平原の端っこで長い間の睨み合いが終り、やっと戦端が開かれたのだった。
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