ザドア×ムスペイム 開戦 城塞都市キュベーの戦い

 バスク一行がランドック城塞都市でザドア軍から雇われた日から一週間の後、ザドア王国はオルガ公国への救援を理由にムスペイム侯国への戦線を布告。既にオルガ公国と戦争状態だったムスペイム侯国が、ザドア王国に対して戦力の展開を迫られた。

 国力としては、ムスペイム侯国は相手2国よりは勝るが2国合わせるとさすがに劣る。

 ザドア軍としては、すでに対オルガ戦線を支えられる最小限の兵を残して、こちらに再編成するまでの間に軍を可能な限り進めておく狙いがある。

 ザドア軍は既に国境を越えてムスペイム領内に侵入、街道沿いを陸上部隊と共に侵攻している。どうやらムスペイム軍は国境線での防衛を放棄、国境からほど近い城塞都市キュベーでの防衛を見据えて戦力を集結させているそうだ。

 戦場の主役がAG《アネモイ・ギア》に移ってからは、城塞の重要性は低下している。ただ壁があるだけなら、壁の外からAG《アネモイ・ギア》で投石でもすれば簡単に内部を攻撃できる。

 城塞にこもっての防衛戦はAG《アネモイ・ギア》戦力が互角か、少数でも狭い戦場で強い騎士に複数機を当てて数の不利を打ち消すくらいしか城塞の利用価値は少ない。

 あとは、平時には外から壁の中での出来事を隠す事が出来る、という利点もあるが、秘匿するには住民すべての口止めが居る。情報統制の為の、人の出入りを抑える効果は以前と同じく、今でも有効だ。

 ムスペイムがキュベーに籠城するという事は、ザドア軍と同じ数を揃えられるのか。それとも余程強い騎士が居るのか。

 ザドア軍はAG《アネモイ・ギア》を3つに分けて配置し、地上部隊を先行させて進軍している。

 俺達は、左翼側に配置され、キャリアに乗ったままゆっくりと街道沿いを進んでいる。

 結局、ザドアのAG《アネモイ・ギア》は正規騎士による10機と俺達を含む傭兵6機の計16機になっている。

 前情報だと、キュベーの戦力はAG《アネモイ・ギア》は5機が定数として配置されているとの事で、バラン平原から再編成された軍が回ってくる前にこのキュベーを落とせるか、がザドア侵攻の成否に関わってくる。援軍の規模次第によっては、このまま撤退なんて事もありえる。

 あとランドックで俺が交渉した副司令が、どうもこの侵攻軍の司令官だそうだ。前線拠点とはいえ、都市の副司令が侵攻軍司令とは、人事としては異例だ。てっきり首都から将軍クラスが派遣されてくるものだと思っていたが、上から押し付けられたのか、最初から侵攻を想定して配置されていたのか。

 まぁ俺達の生死にかかわる軍の頭は、階級よりも才覚ある方が望ましい。


「で、この戦坊ぼんはどうみてる?敵がただ籠城するだけなら大した事ない相手ってことだけど」


 俺とイネス姉はいつでも出れるようキャリアの中で待機中だ。相手のAG《アネモイ・ギア》が出てくるまでは、俺達には出番がない。


「籠城なんて今の時代だと目的は限られてる。多分だけど、歯応えのある相手がいるのかもしれないよ?」


「へぇ、そいつは楽しみだ。そんな相手がいたら、今度は私が相手をするぞ」


「そこは状況によるからね。まぁ早いもの勝ちってことで」


「この前はぼんが全部相手したじゃないか。今度は私に譲ろうって気はないの?」


「敵を押し付けたイネス姉がそれを言うの!?」


「私はルクレに怒られたくない!スパナ二刀流は痛いんだよ!!」


 そこには同情するが、俺まで巻き込まれたくはない。


「わかったよ。俺が先に見つけても、なるべくイネス姉に残しておくよ」


「言ったなぼん!!言質とったからな、本当に頼むよ。次は私が働かないとルクレの頬っぺ触らせてくれないんだよ~」


 イネス姉がここまでテンパっているのも珍しいので、俺もこのあたりで大人しく折れておくことにした。


『こちら右翼、ムスペイム軍と思われるAG《アネモイ・ギア》の反応あり、数3。右翼の騎士は直ちに起動準備!!』


 自軍右翼からの通信で接敵が告げれられる。

 こちらのAG《アネモイ・ギア》の陣容は、両翼ともに5機ずつ、本体中央に6機を配備しているので、余程の何かが無い限り数の優位がある時は、普通の神経を持っているならまず無理はしない。

 以前俺がバラン平原でやった事は、頭がおかしくでもないとやらない事だった。


『右翼各機は至急迎撃準備!!随伴部隊は周辺警戒、奇襲、伏兵の兆候を見逃すな。中央、左翼部隊も進軍停止して周辺警戒、機体は起動待機!!』


「この声は、確かハンセル侵攻軍司令殿ではありませんか。というわけで仕事だイネス姉、多分こっちに来ることはないだろうけど、取り合えず命令だ、したがっておこう」


「そうなんだよな~、こっちに来てくれたらルクレに働いてる所を見せれるのになぁ」


 キャリアの中を通って機体に乗り込み、リアクターを起動する。キャリアの上部が開いて機体が起き上がる。

(元の戦力だと相手は5機程度。まだ敵さんの援軍が来るには早すぎるって事は、今姿を見せてるのは撒き餌かな?)


『今の所坊ぼんの見込み通りだな。これだと本当に銘持ちがいるかも。さっきの言葉忘れるなよ』

 イネス姉もこっちに敵の気配は感じていないようだ。


「これでこのまま相手が引いたらまぁそうなるよな。でもまだ、こちらの最初の情報が間違ってる可能性も残ってるけどね」


 機体をキャリアから下ろして2機が並んで周囲を警戒する。AG《アネモイ・ギア》が立ち上がると周囲で最も目線も高くなる。


『いやぁ~、やっぱ左翼側こっちは出てくる気配がないぞ、賭けても良い。左翼側こっちにでたらぼんに私のおっぱい揉ませてやろう』


 おっと、イネス姉が戦闘前で気分がハイになっている。


『大丈夫です若、お嬢の機体の回線はこっちで切り替えれるようにしてますんで。今は秘匿回線にしてます。ルクレの教育に悪いんで聞かせませんよ』


 良い仕事だハボック!!

 今回の司令官は冗談でもこの手の下品ネタは耳に入ると偉い事になりそうだ。何より、目だたないようにしようとしてるのに、この会話は記憶に残りすぎる。


『こちら右翼、敵機は会敵前に後退していきました。現状で伏兵は確認できず』

『こちら中央司令部、右翼は追撃不要、全軍停止での周辺警戒を継続。繰り返す、追撃不要。全軍停止での周辺警戒を継続せよ』

(ほう?この司令官は手堅いな。出世しそうだねぇ)


『出て来やしねえって。誘ってやがるのは見え見えじゃねえか。この司令官童〇か』


「ハボック、今の会話は」

『私とお二人以外には聞こえってません』


「了解」


 本当に子供の教育に悪い姉弟子だぁ。

 結局この時以降接敵することなく、キュベーの町が見える所までザドアは軍を進め、3軍で3方向から城塞を方位する形になった。開けた一方からは、いまも退避している民間人が見える。

 市街地を攻めるのは、城塞都市とは言え物流で人は行きかうし、兵の家族も居る。これらの非戦闘員を攻撃すると、その戦闘に勝利したとしても、市民の反感をかうのは後々の統治を困難にするだけで得な事は一つもない事は、長い戦乱で帝国軍が学んだ美点だった。

 包囲している間は、機体をキャリアから出して座らせる。都市の中から機体を見えるようにして、彼我の戦力差を見せつけることで士気の低下を狙う。

 左翼部隊の全軍は正規騎士3機と俺達傭兵2機だが、正規騎士側の1機はキャリアごと中から見えない場所で待機している。初歩的な情報戦略だが、数で大いに優っている今の状況だと有効ではある。

 各部隊が互いが見える距離で展開してるので、敵が打って出てくれば、各軍の半数を援護に出せば圧倒的に数的優位を得られる。そして、相手が少ないながらも、籠城する優位性を棄てる理由が今の所無い。

 壁は、静まり返っている。

 このまま数で押しきって楽に勝てれば良いが、世の中、そんな無能バカばかりだったら楽なのになぁ。

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