ザドア×ムスペイム 城塞都市キュベーの戦い 前夜

 左翼部隊の布陣が終わった所でもう日暮れだった。俺達のキャリアに左翼部隊長が訪れたので、俺とハボックで出迎える事にした。


「わしがなんで出向かにゃぁならんのだまったく、忌々しい。ハンセルの分際で儂に命令しおって。こほん、左翼部隊長のゴッソンだ。おまえたちに今回の作戦を伝える」


 いくら傭兵相手でも、騎士を呼びつけるなんて事はまずしない。戦場で騎士を機体から離すのは、強力なAGを無力化する事になるからだ。どうやら、このお方はそれすら理解できてないらしい。

 それに、本人がいないとはいえ司令官に悪態をつくとは底が知れる。


「今回の作戦は、まず両翼の全機AGが都市に突入し、敵AGを引き付ける。敵機が両翼に分散した所で中央から突入した機体で都市中央に侵攻し陥落させる、というのが司令部の作戦だ。だが、我が左翼がうっかり攻め進んで敵司令部を落とす事もあるだろう?なぁ?両翼だけ合わせても敵の倍の数だ。みすみす中央のやつらに手柄を譲る事もあるまい?」


 後半はこいつの独断か。勝ち戦で欲に目が眩んでる男に、どんな正論を意見しても、敵視されるだけできっとロクな事にはならないだろう。


「作戦開始予定は明朝。だが今晩も深夜警戒は維持したまま、明朝の作戦に影響ないように。以上、質問はあるか!」


 前半だけならまともな作戦だ。両翼は足止め目的なら、機体の損傷が温存できる。それを両翼から力押しになると、おそらく潜んでる敵の隠し玉次第では、味方の被害が拡大する可能性も考えられる。

 それに、夜間警戒しながら明朝の作戦に影響ないように、って言葉の上だけで可能な命令を出すのは、典型的な”自分の命令通りにできない部下が悪い”司令官タイプだろう。

 感情が表に出やすいイネス姉とは相性が悪そうだと思って、出迎えはハボックと二人でよかった。

 イネス姉が横にいたら、間違いなく噛みついているだろう。


「いいえ、ありません。明日は隊長殿が満足なさる働きをお見せいたしますよ」


 取り合えずここは媚びておこう。まぁこんな小物、この戦場から離れたら多分忘れるだろうし。妙な禍根が残っても、後々思い出せない自身がある。


「うむ、よろしい。で、もう一人の女騎士はわしに顔を見せんのか?」


 このエロオヤジめ。

 見た目だけならイネス姉は十分魅力的なんだろうな。見た目だけなら。


「一人は機体の側でいつでも起動できるよう待機中です。しかしご心配なく。私の方から隊長のお考えを伝えておきますので」


「う~む、まぁよかろう。戦勝祝いは盛大にしたいものだな」


「(侵攻軍だぞ何言ってるんだたかが一戦闘が終っただけでまだ敵地のど真ん中なんだよ気抜く暇なんてあるわけないだろ)はい」


 俺の返事に気を良くしたのか、隊長は左翼部隊本営へ帰っていった。

 後ろ姿もが見えなくなったのを確認すると、笑い出したハボックを尻目に、まず大きなため息を吐きた。


「ハボック」


「クッ、はい若」


「笑うなよ。俺は我慢してたのに」


「いやぁ、若も腹芸がすっかり板に付いて来ましたな。最後の返事なんて、よく言いたいことを我慢しましたね」


「はっ!!言いたい事を言うよりも、手が出るのを我慢したんだよ。明日危なくなったらあの部隊長殿の命令は無視して全力で逃げろ。特にあの男は何か起きても助けるな。助けられたとしても見捨ててよろしい」


「わかりました。私もあのような男よりも娘が可愛いので、自分達の安全を優先します。若とお嬢は殺しても死なんでしょうし」


「よろしい。俺とイネス姉ならどうとでもなる。こんな情勢を覆すような相手なら、寝返る手も考える」


「その時は早めに知らせてくださいよ?あの部隊長の首を土産にしますから」


「やめとこう。相手にとっては、ああいった輩は、生きてる方が敵にとっては有難い」


「フッ、これは一本取られましたな。最近私が教えるより若から教わる事の方が多い」


「よしてくれハボック"先生"。俺の"この手の知恵"は貴方から教えてもらったものだ」


「私が教えたのはAGを動かす上で必要な知識と運用の仕方。それとかわいい”いたずら”の方法くらいなものです」


「最後のそれだよ。純真な子供だった俺に、人の心理やらトラップの仕掛け方なんかを教えるから、今みたいになったんだよ。屋敷の中で悪さして、よくイネス姉を的にして乳母に叱られたなぁ」


「ありましたねぇ、若は捕まっても私のことは吐きませんでしたからね。でも奥様にはバレてましたが」


「そうだなぁ、母上はどのいたずらにも引っ掛からずに見破られて、罰で訓練が厳しくなったなぁ」


 こんなハボックと談笑している今でも、他のバックヤードスタッフはキャリアの中では鹵獲した機体部品を使えるように調整してくれている。


「俺とこんなに落ち着いて昔話ができるのは、ハボックだけだよ。他の者とは遠巻きに見られてたで話しもして無かったし、イネス姉はあの壊れ具合だし」


「若には同じ年頃の友人がお嬢くらいしか居ませんからねぇ。こればっかりは、相手がいないとどうしようもありませんな」


「はっ、戦場ここでそんなもんできるかよ。俺はイネス姉に作戦を伝えてくる。そのまま即応待機を交代するから、他のみんなへはお前から頼む」


 ハボックにそう言い捨てて、プル・ガ・ルーンに向かって歩いていく。

 プル・ガ・ルーンの下に着くと、イネス姉は機体の胸部で胡坐あぐらをかいて城壁を見つめていた。

 俺も機体をつたって胸部まで登っていく。


「おうぼん、どうした?」


 イネス姉の横に俺も座りこむ。


「司令部から作戦が来た。明朝、両翼が侵攻して敵を陽動、その間に中央か突入して陥落するそうだ。でもこっち《左翼》の隊長は手柄欲しさに突っ込めとさ」


「そいつ、ここで戦争が終わりとでも思ってるのか?珍しく現場指揮より司令部の方がまともじゃねぇか」


「そう、それで俺達の方針としては、最初は部隊の歩調に会わせて突入はする。だけど、そこで俺達のどちらか、それか他が全機が落ちるようなら、部隊は見捨てて引くよ。場合に寄ったては寝返るオプションもある。ハボックには俺達の旗色が悪くなったら逃げの一手を指示しているから、俺達の動き次第だ」


ぼんがそこまで考えるのは、本当にヤバい奴でもいるのか?」


「というか、俺達は死ねないからな。機体を捨てても生存が優先だよ。最悪機体を奪われても取り返せばいい。負けても死ななければ、俺達はこの先で勝つ。でないと、付いて来てくれてる皆を守れない」


「たしかに、それもある。それもあるがぼんよ。私なんかは、お前はもっと強さを正直に求めても良いと思ってるよ。だってお前の両親は本当強かったからな。ほんと、強かったよ……。」


「イネス姉のお父さん、ガリウス様も強かったそうじゃない。父様が戦場で背中を預けるのはガリウス様だけだって」


「そうなんだけどね……。うん、まぁ良いか。どうせ私が最強になるんだし」


「うんうん、そうやって強さを求めるのは僕よりイネス姉の方が似合ってるよ。僕はみんなの命で精一杯だ。あとは、ろくでもない貴族に引っ掛からないようにって所かな。みんなをもう一度あんな目には合わせられないから……」


 くしゃっと、頭に手が乗る感覚。


「”僕”になってんぞ。ギゲリウス家当主としては、威厳が足りないんじゃねぇか?」


 頭に乗った手の感触が懐かしく感じて、その手を払えなかった。


「ちくしょう、ハボックのせいだ。さっきも昔話をしてたからつい昔に戻っちまってる」


「ハハッ、昔みたいに”ハボック先生”って言えよ~」


「それもう言った本人に。ルクレが生まれてからは末っ子ポジションから外れたと思ってたのになぁ」


「まだまだお前はみんなの末っ子だよ。それでルクレはみんなの娘だ。親のハボックには悪いけど、親の立場を少しずつ皆に分けてもらってるからね。でも、そんな事で文句をいうような陰険メガネじゃねえだろう」


 ハボックの名誉?のために言っておくが、ハボックは眼鏡はかけていない。整備用のゴーグルを付けている事はあるが、普段眼鏡をしているところは見たことが無い。


「そうか……、そうだね」


 ルクレに関しては同意するところなので、ハボックの眼鏡に関してはスルーする事にした。


「あ゛あ゛~~、明日は戦闘だってのに湿っぽいのはダメだね。ほら、さっさと自分の機体に行った行った」


 頭をくしゃっとした後、バシッと後頭部を叩かれる。


「わかったよ。今夜は俺が起きてるからイネス姉は休んでて。明日一番強そうな相手はイネス姉に譲るから」


「ああ。明日はたっぷりと大物を頂く事にするよ」


 俺は、少し離れたウル・ダ・ルーンに向かう。

 明日相手の城に切り込むっていうのに、その前日に昔話でしんみりするなんて、気を抜きすぎだな。

 これは、明日はウルの奥の手を使う必要があるかもしれない。機体に乗り込んで装備チェックを行うと、さすがはハボック。きっちり使える状態にしてくれている。

(でも、これはあんまり使いたくないんだけどな。自分の未熟をウルに庇ってもらうみたいで気が引けるんだよな~、でも死ぬよりはマシだ。何倍もマシだな、うん)

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