オルガ公国領 サラサの町にて

 バラン平原からオルガ公国内にある交易都市サラサに到着した。

 この国で大体3番目位の町で、流通の通り道になっている事もあり、物資もこの国だと豊富な方だろう。

 俺達はまずは腹ごしらえという事で、食堂へとやってきた。


「あぁ~!久々の新鮮な野菜と酒が飲めるぞー」


「イネス姉は外で酒は駄目。せめて宿の中にして」


「なんだよぼんのイケズ。ふーんだ、ルクレに慰めてもらうんだー。ね~ルクレちゃ~ん!!ってなんでハボックさんの後ろに隠れるの~」


「イネス姉ちゃん、ちょっとお酒臭い。昨日の夜お酒飲んだでしょう」


「ギクッ、のっ飲んでないよ。本当にホント。”昨日は”飲んでないよ」

(ってことは今朝から飲んだな?)


「ホント?お酒の匂いがするよ?」


「ホントホント、”昨日は”一滴も飲んでないよ~。だからこっちおいで~」


 と大型犬と子猫がじゃれ合っているのを横目に、店員にご相談する。


「ねぇねぇそこの店員さん、この町でのおススメって何になります?」


「はいは~い。うちの店のおすすめは雉の丸焼きになりま~す。お腹に香草いれてこんがり焼いちゃいます~。中身はスープでセットでお出ししてます。お召し上がりになりますかぁ?」


 もちろん、とあと腸詰肉の盛り合わせなどなどを頼み、テーブルに並ぶと堰を切ったようにイネス姉が鴨肉に食いついた。テーブルナイフで器用に肉を分解して、全員の皿に取り分けてくれるが、当然の如く自らの取り分を多くとって既に口に入れている。そんなこっちのテーブルを見ているのが2組?いや3組か?騒がしいからって事じゃなさそうだ。


「ほら、ルクレちゃんも食べようね~。でも小さくて可愛いままでいてね」


「いやですよ、わたしはもっと育ってイネス姉ちゃんよりもナイスなバディになりますから」


「そうですよお嬢、親の私から娘の成長ってご褒美を奪わないでくださいよ」


 たしかにルクレは小さくて可愛いが、それはルクレだから可愛いのか小さいから可愛いのか俺には解らない。

 でも、俺がイネス姉と同じ事を言うと、確実に幼女趣味認定されるだろう事から、心の中でイネス姉の事を勇者と称えておく事にする。


「お楽しみの所、ちょっとお邪魔していいかしら?」


 俺達のテーブルに近づいてきて声を掛けたのは、身なりの良い御婦人だった。


「あぁ、うるさくしてすみませんね。ついここの料理が美味しかったもので」


「いえいえ、そんな事お気になさらず。声を掛けたのは別の理由ですから。だってねぇ、こんな所で有名人に会えたんですもの」


「だれが有名人ですか?そんな人はここには居ないですよ?」


 イネス姉が警戒しているようだ。会話を切ってきた。


「いえね、ついこの前にバラン平原で3機を相手に一瞬で片付けた騎士を目の前にするとねぇ」


「へぇ、そんな騎士が居るんですねぇ。そんなに強いんならさぞかし名がある騎士なんでしょうね?」


 テーブルの下でイネス姉が俺の足をゲシゲシと蹴ってくる。イネス姉が俺に全部押し付けたからで、俺のせいじゃねぇ、と目で訴えてみるが、今度は足を踏まれた。

 とうとう御夫人はこっちのテーブルに椅子を寄せてきて腰をすえられた。


「それが、なぜか今までは名前も聞かなかった二人組の傭兵らしくって。でも今までいろんな場所に現れては、少数の方に大金を吹っ掛けては勝ち戦にしてきた。でも、その場所では勝っても戦局全体までには影響しない位戦果を上げる前に、その場を離れるを繰り返してるから目立った戦果にされてない。でも、どの戦場でも少数側についても負けたという話は無い、全て勝ち続けている。それがあなた達でしょ?」

 今まで目立たないようにしてきたのに、まるで調べつくされてるようだ。


「へぇ、そんなすごい二人組がいるの?あ、そうなんだー、教えてくれてありがと。その人たちが今度ニュースに出たらみてみるね」

「そうだね~、そんなにすごい騎士がいるなら、俺も会ってみたいなぁ」

 イネス姉がしらばっくれるのに俺も乗っかることにする。


「そうね。そういう事ならワタクシの勘違いかもね。でも、そうじゃなくてもワタクシの勘だと貴方達とはお近づきになっておいた方がいいかと思うんだけど?ワタクシの勘は良く当たるのよ」

 全てを解った上で引き下がらないか。それに他に覗き見ている2組の気配が離れている?


「ということで、まずはこちらの誠意からお見せしようかと思います。まずは無粋な方々に少し余所見をしてもらいました」


「へぇ、一番無粋な人が一人、目の前にいるままなんだけど?」


「あらごめんなさい。ワタクシが話してるのはあなたではありませんよ。こちらの若き騎士殿に話してます」

 痛い痛い、俺の足が。むかついたからって俺の足に当たらないで。


「俺にですか。俺なんてこのテーブルだとこの女の子よりも立場は低いですけど」

 自分で言ってて悲しくなってくる。


「ワタクシはそうは思わなくてよ。少し昔話をさせてね。あれは6年、確か7年前かしら。ある領主に仕えてた騎士が、領主の屋敷に単身切り込んで護衛の兵士30人を殺害、領主を切りつけて両目を潰した所で、その領主が事前に雇っていた名のある傭兵に討たれた、ってお話。この話の凄いところは、乗り込んだ騎士はその前に、なんと剣聖と立ち会って右腕と右足を切り落とされてたって所が、凄いと思いません?当時行方知れずだった剣聖に、敗れてなお領主を襲ったその騎士も」


 その話はよく知っている。この世の誰よりも俺がよく知っている。

 傭兵を始めてから今まで忘れた事は無かったが、急にそんな話をされるとびっくりしちゃうじゃなか。

 イネス姉に踏まれている足についつい力が入ってしまう。


(バキィ)


「こらぼん!おちつけ」


「若!」


「バスク兄ちゃん……」


 みんなが心配そうに俺を見つめている。

 そうだな、こんな所でぶつける怒りじゃない、な。


「おっと、どうやら床板が腐ってたのか?抜けたようだ。店の人に言っとかないと。床が抜けるなんて危ない危ない」


 動揺した俺を見て、扇子で口元を隠して満足したような目をした。


「あらあら、このお店も長くやってるみたいだし、床板が古くなってたんでしょう」


 俺達の素性は大体知られてる、ってことか。それならそれで相手の思惑に乗るのも手か?


「だと思います。それで、今のお話があなたの誠意と受け取ってよろしいですか?」


 婦人がパタンと扇子を閉じる。


「気分を悪くされたならごめんなさいね、それはワタクシの本意じゃありませんからお間違えなきよう。ワタクシの誠意はこれからですわ」


 と婦人が一枚の紙を出してテーブルに置いた。

 紙を取り上げて内容をみると、ザドア王国からその隣のフィザレス辺境伯宛の騎士斡旋の推挙状だった。


「オルガはもう十分堪能したでしょうから、次はザドアなんてどうでしょう?あそこはマス料理が美味しいですわよ?」


「ザドア?たしかムスペイムと関係は良くないって噂を聞いたことがあるが。ムスペイムはこのオルガとやり合ってる最中だ。その背中を突こうって狙いか」


「ご明察~。ムスペイムは戦線の一部でオルガに負けた。ただ、それは迂回戦術が一手防がれただけ。依然戦線中央と騎士の質でいうと、ムスペイムが自力で上回る状況は変わらない。オルガ公国とは行っても、公爵様は宮廷で無害だったが故に王族で生き残ってルお方。国力も付き従う騎士も、レベルが知れてますワ。そこで泣きついた先がザドアですわ。オルガ一国だけだとムスペイムにはかないませんが、ザドアがムスペイムの背中を突くと、その優勢は裏返る。オルガの戦況を優勢にした立役者が、今度はまたオルガを助けるべく、ムスペイムの背中から襲いかかるなんて、それはもう面白いと思いません?腐っても公爵!恩賞は期待できましてよ!」


 この御夫人、ムスペイム側の人間かとも思ったが違うのか?それどころか、ザドアとフィザレス両方に顔がきくのもひけらかしてきた。

 帝国本体の人間か、それとも別の組織の人間か?


「ザドアには公爵の孫娘が輿入れしてますから、その関係からでしょうね。ちなみにザドアの印証は本物ですよ?それにフィザレスからの推挙状もおつけましょうか?」


 この御夫人はどれだけ巨大な組織の人間なんだろうか。

 出された紙をテーブルに置いて突き返す。


「流れの傭兵がこういったモノを持ってると、悪目立ちしてしまいますからね。話だけは伺っておきます」


「あら?若くてお強いのに謙虚なんですね……。でもお話を聞いていただけで、私には十分。あと、将来有望な騎士ともお近づきになれましたし」


「残念ですがそれはまだ、ですかね。精々顔見知り程度です。できれば、二度と顔を合わせたくはありませんよ」


 その夫人は推挙状をしまいながら、わざとらしく驚いた顔になる。


「あら?ワタクシ何か嫌われたるような事いっちゃったかしら」


 俺は椅子から立ち上がり、仰々しくお辞儀をした。


「私達はまだお互いに名乗りもしてませんので。まずは私から。バスクと言います、流れ者の傭兵です」


 婦人も俺に応えるように椅子から立ち上がり、スカートの裾を軽く持ち上げてお辞儀をする。


「そういえばそうでしたわね。ワタクシの事はそうですね、マダム・メリーとお呼びください。これでよろしいでしょうか?」


「はい、勿論ですマダム」


「それでは、今日の所はそろそろお暇させていただきますね。お嬢さん方が怖いお顔で私を見てますから」


 はは、俺は何とか平常心を装ってるのに、うちのお嬢様達も我慢してくれよ。


「あぁ、それと抜けた床はワタクシの方から弁償させていただきますワ」


 そう言って店を去っていく婦人の背が見えなくなると、イネス姉の手が飛んできて俺のほっぺを掴む。


「おいぼん!あんな怪しい女の話に乗るの?」


「わたしも、あの人好きじゃないかも」


 お嬢様方はお気に召さないようだ。


「まぁザドアで空振っても俺達に損はないが、ムスペイムが勝ちすぎるのは、傭兵としてはよろしくない。職場はできるだけ長く続いて貰いからね。で、本当だった時ザドアが開戦するかどうかは集まる戦力次第だろうし、精々高く売りつけれよう」


「俺は若の考えに賛同しますよ」


 ハボックがルクレの頭をなでる。こういった二択を迫られた時はよくハボックが意見のバランスを取ってくれるが、ハボックにも今回は俺の考えに利が有ると見込んだんだろう。


「お父さんがそういうなら……。だけど、なんだか感じ悪いです」


「そうだね~。ハボックが賛成ってなら私もそれで良い。だけど、あの『ワタクシ』ってのがムカつく!!」


「たしかに俺もそう思ったけど、もう少しは隠してよ。交渉しずらいから」


「たしかにそうですな。特にお嬢、ルクレの教育に良くありませんので、くれぐれもお願いします」


「なんで結局私が悪いことになってるの?」


 その後、すっかり冷めてしまったスープを温め直してもらって残りの料理を頂いた後は、この隣のザドア王国へ向かう準備を始めたのだった。

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