ザドア王国 ランドック 戦後処理 国と軍と規律と憧憬

 

「さて、前置きはここまでとして、本筋の話をしようか。ハンセル司令、我が国を救った二人の傭兵達と君は顔を合わせているな。どうだ?我が国に任官してくれると思うかね?」


「まずは謝罪を。私の部下が誤った報告をして、申し訳ありませんでした」


「いやなに、あの報告書は実務者からの報告で、内容に関する責任は奴自身にある。むしろ、それを検閲して自らの都合の良いように内容を書き換えるような事は、貴君の責務には入っておらんよ」


「は!しかし今回のようなバカげた内容を上げる気を起こさないよう、以降は内規を引き締めます。それであの二人ですが、バスク殿とは重用交渉をしましたが交渉にも慣れており、若いながらかなりの戦場を経験していると感じました。それに今回の話を聞いて今迄に士官の話は必ずあったと思います。しかし、それ以上の目的もあるように思います」


「ん~、そうですか……。ランドル君は戦場での彼らを見てるんですようね?どの様な印象でしたか?」


「ひゃ、ひゃい」


 叔父が連れ去られた事にショックを受けていたが、急に名前を呼ばれ声が裏返った。


「騎士ランドル、戦場での彼らの様子を宰相殿は問うている。しっかりせんか!!」


「は、はい!!失礼しました!!バスク殿が戦っている所は直接目にしてはおりませんが、狭い街道を敵の上を跳躍して乗り越えて行くのを見ました」


「AG《アネモイ・ギア》で跳躍?それも敵の上だと?!」


 宰相と司令が同時に声を上げる。


「は、はい。その時バスク殿は、エイネスフィール殿と対峙していた双角騎士を足蹴にして、右翼部隊への援軍として中央方面へ向かいました」


「……、それで?」


「その後エイネスフィール殿と双角騎士が何度も打ち合いました。エイネスフィール殿は狭い道ながら長剣を巧みに操り、相手を圧倒しておりました。そこで双角騎士は手にした片手斧ハンドアクスで横の建物の瓦礫を飛ばし、ひるんだ所に体当たりを仕掛けてきました。そこでエイネスフィール殿は左腕を犠牲にして、相手の力をそのまま受け流して投げたのです!!人の動きでも達人の域でしたが、それをAG《アネモイ・ギア》でやってのけたのを見て、私も戦場にいる事を忘れて感激しておりました!!」


 話しているランドルが話しながら興奮しだし、次第に身振り手振りが増えていった。


「はぁ……、ランドル君。もう少し落ち着いて話してくれないかな」


「いえ!エイネスフィール殿の戦闘を語るのに、落ち着いてなどいられません!!その後エイネスフィール殿が……」


 宰相と司令は互いに顔を見合わせ、ため息を吐いた。どうやら、この若い騎士は初陣で目の当たりにした、自らが夢見た、戦場で華々しく活躍する騎士の姿を見て、心酔してしまったのだろう。

 勇者が活躍する童話を聞いた子供のように。

 この後、ランドルの”エイネスフィール殿が”を3桁近く聞くまで彼の語りは終わらなかった。


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 ランドルが散々語りつくして満足気で退室した後、二人は鏡写しのように、互いが困惑した表情を浮かべている。


「ランドル君の話をどこまで信じてよいやら……。3割、いや5割増し位ならまだマシかな。それを除けても、二つ銘持ちを落としている事には変わりない……、か」


「ゴッソンの部下でもう一人、ランドルと共に行動していた騎士がおりますが、今は国境沿いで防衛任務に付いております。その騎士からも聴取を行いましょう。そちらはオムツは取れておりますので、もう少しマシな報告が聞けるかと」


「ふむ、王からは私が最前線まで出向く許可は下りていませんからねぇ。アタギ君?代わりに行ってくれる?」


 アタギと呼ばれた女性副官が、見て解るように嫌な顔をする。


「そうですね、私は宰相殿の副官ですから、最前線でもご命令とあらば。ただその間、3時のお茶とお菓子は我慢してくださいね」


「お茶はそこいらの男が居れたので我慢するよ。お菓子は焼き菓子を用意しておいてくれれば問題ないじゃない?」


「……チッ、我が国で2番目にお偉い方には皮肉も通じませんか」


「え~~、さっき『アタギちゃん』って言わなかったから拗ねてるの?大丈夫だよ。式典以外の場では王の前でも『『アタギちゃん』』って呼んであげるからさぁ~」


「##そういう問題じゃありません!!わかりました!私が代りに聴取に行ってきますから」


「うんうん、本当アタギちゃんは頼りになるよ」


「そういうのは良いですから、宰相閣下は続きを」


 周りはあっけに取られているが、ハンセルだけは以前、侵攻軍司令着任式で王都に行った際にこのやり取りを見せつけられたので、驚きは少しマシではあった。

(これがこの宰相の素なのか?底が解らん人だ)


「あと今は機体の応急修理を優先しておりますが、それが終わり次第、鹵獲した紅黄騎士の機体に関しても損害状況の報告が上がってくる手筈となっております」


「そうしてください。あと、もう一人の騎士の聴取と敵機の損害状況報告、その二つが揃うまではバスク殿へ報酬の話は伸ばしてください。それまではこの国を離れる事はないでしょうから」


「わかりました。お二人には暫く、この砦にゆるりとご滞在いただきます」


 ふぅ~、とヒュースベルグは深いため息を吐く。


「では、こちらの方が難問だ。現状で対ムスペイムの戦況分析を行った結果だが、オルガに向いてた分の兵力がこちらに来て、オルガが盛り返して挟み撃ちにする、との当初予想だったが、それは我が軍がキュベーを抑えている前提だった。それに、オルガの消耗が思った以上で、こちらに戦力を割いた敵軍相手でも押し返すまでは行かないとの事だ。そうなると、このまま3国間は戦線を抱えたままの硬直状態に陥る可能性が高い」


「それは確かに難問ですな」


 オルガ×ムスペイムの状況が当初の予想よりも悪かったのがザドアにも響いている。


「これから収穫の季節になるし、何より持久戦となれば国力は疲弊する。それを見越しての大規模侵攻だったのだがな」


「話を聞けば聞くほど、私の責は重いですな」


「その責は問わないと言ったであろう?まぁこんな状況になったからには仕方無いとして、3国間の停戦交渉をまずオルガに持ち掛けるよう王に進言するつもりだ。貴官らに、それ以外の策があれば是非とも提案して欲しい。期限は私が王都に戻るまでの明朝までだ」

 出席していた全員が腕を組んで唸るしかなかった。

 攻めた側からの停戦交渉とは、国の面子が立たないがそれしか手立てが無い、とこの宰相は考えているのだ。

 そもそも、自分達がキュベー攻略を失敗しなければもっと有利な条件での交渉になったはずなのだから、ここに居る面々には国の面子云々で反対!といった意見は言えるはずも無かった。


「という訳で、アタギちゃんは聴取よろしく~」


「はい。では今から行ってまいります。ハンセル司令、案内役を手配願います」


 そののち、前線から聴取が終わって帰ってきたアタギの報告した内容は、ランドルの報告内容よりさらに2割増しになっていて、ヒースベルグとハンセルは頭を抱えた。

(本当か?信じて良いのか?)

 信じられない事だが、あの巨体で話にあったような動きが可能なのだろうか?

 二人の騎士からの証言が取れてしまったということは、信用せざるを得ないのか。

 そしてその話が真実であるなら、大陸に名を轟かせる騎士の誕生に、我々は立ち会っているのではないか。騎士では無い二人にも、胸の内に湧く高揚感を感じざるを得なかった。

 そして会議中に当事者から訪問があって追い返し、その後に起こった更なる事件を二人が知ったのもこの後だった。

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