某国 某所 秘密のお茶会
静かな湖畔を眺めるオープンテラスで椅子に座り静かに刺繍をしている老婦人がいる。それは風景に溶け込み、風景画の一部のようであった。
テラスの周りは庭園と呼べるほど広さもあり、手入れが行き届いている。季節の花々が咲き、甘い香りが周りに漂っていた。
そこへ、高齢の使用人がやってくる。
「大奥様、ミラナ様がお越しになりました」
「……そうですか。それではここへお通しして」
「はい」
老婦人は使用人の方を見ることなく、手も視線も刺繍へ集中したままであった。
その使用人が戻ってくると、もう一人婦人を案内してきた。
ミラナはテラスから離れた所で深々と挨拶をする。
「ご報告に上がりました大奥様。御機嫌いかがでしょうか」
「……そんなに遠いところから話されても聞き取れませんよ?こちらに来て座りなさいな」
「も、申し訳ありません!!」
ミラナは慌てて謝罪すると、大奥様と呼んだ老婦人が座るテラスのテーブルに近付いて行くにつれて、首筋に汗が光る。
「ステファン、この子にもお茶をご用意して」
「畏まりました」
ミラナはテーブルの側まで来ているのに、まだ座ろうとしない。テーブルの側で直立している。
「どうしたの?早くお座りなさい」
「は、はいぃ」
「ふふっ、そんなに怯えなくても良いわよ。さっきとっても楽しいお知らせがあったの。報告が終わったら貴方にも教えてあげますね」
「?はい、それではご報告させていただきます。ご指示があった”ギゲリウスの残り火”に”マダム・メリー”の名で接触いたしました。指示通り、ザドアへ誘導して、そちらに向かう所まで確認して報告に上がりました。大奥様の見込み通り”推挙状”には手を付けませんでした」
「あなたの”目”から見て、あの子達はどうでしたか?」
「……二人とも、他に比べられない程にとても強い力を感じました。女のほうは、抜き身の刃物のような鋭さを持っております。男の子の方はそうですね、……無礼を恐れずに申し上げると、大奥様の雰囲気に少々似ているように感じました」
「ククッ」
大奥様はここで初めて刺繍の手を止めた。
「アッハッハッハッハ、それはそれは。貴方の目から見ても”そう”でしたか。本当、貴方の”目”だけは信用してますからね」
(この人がこんなに笑うのを初めて見た……)
「ごめんなさいね、私とした事がつい可笑しくって」
口に手を当てているが、それでは隠せない程満面の笑みだった。
そこで、ステファンがカートを押してティーセットを持ってきた。二人のお茶を注ぎ始めると、そっとテーブルへ置く。
「ああ、面白かった。じゃぁ、あなたにも”楽しい知らせ”を教えて差し上げますね。どうもその二人、キュベー砦を守っていた二つ銘持ちを退けたそうですよ?”双角”と”紅黄”を」
(お、お姉ちゃん?!!)
「やはりあなたの”目”は確かですよね。もう二つ銘相手に勝つとは思いませんでしたから。良き”負け”を期待していたのですが、それはもう必要ないかもしれませんね。ほら、どうぞお飲みになって?」
ミラナは勧められたのでカップを手にするが、その手が小刻みに震えている。
「あぁそうそう、勝ちはしたけど、相手も全員生きているそうですよ?勝利と行っても"辛勝"といった所でしょうか」
(お、お姉ちゃん生きてるんだ。よ、良かった~。でも)
姉の生存を聞いたミラナは安心と共に、それを画策したこの老婦人に対する怒りが湧いてきた。
「おっ、大奥様!それは大奥様の思惑通りでしょうか?!お姉様に当てるなんて私聞いてません!聞いてませんよ!!」
「ふふっ、いつか出会う、それが今だっただけです。剣に生きる者同士、何の不思議もないんじゃなくって?」
(このババア、お茶ぶっ掛けてやろうか!!)
「あのマリーナ《お猿さん》もこの負けでまた強くなるかもしれませんよ?その切っ掛けになれば、との老婆心ですよ。あら老婆だなんて私ったら。でも、マリーナ《お猿さん》が強くなるのは貴方の目的にも合うのではなくて?」
言い終わると同時に首が落ちた、そんな錯覚をするほどの殺気を浴びせかけられる。
手から零れ落ちるカップ、テーブルを伝い石造りの床へゆっくりと液体が滴り落ちていく。
ミラナは自分の首が斬られ、斬られた首から滴り落ちた血液が床に垂れていくのを、幽体離脱して眺めているように感じた。
「あらあら、どうしたの?急にお茶こぼすなんて。本当、ドジな子ね、ウフフ~」
(私の血……じゃない?!)
声を掛けられて、ミラナは自分の首がつながっている事に気付く。目の前に深々と座る老婆から発せられた殺気が、首が切られたように錯覚させた。
(相変わらず悪趣味な、私如きいつでも殺せるって事でしょう?とっくに骨身にしみてますわよ……)
大奥様はベルを鳴らす。
「割れたカップは怪我をしちゃうと行けないからそのままで。ステファンに代わりを持ってこさせるわね」
(白々しい)
それでも、これ以上こんな、こんな恐ろしい者の前にミラナは居たくなかった。
お代わりなんてまっぴらだった。
「い、いえ、これ以上お邪魔するのは滅相もありません。お話も伺えたことですし、私はもうお
「あらそう?残念ね。ここに来るお客さんで可愛げのあるのは貴方くらいだからお名残おしいけど。ああ、あと次のお願いなんだけど……」
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大奥様の屋敷をミラナは重い足取りで出てくる。敷地を出たところで力尽きるようによろけた所を、黒服達が駆け寄って支えた。
「お嬢様!しっかりしてください!」
「と、とにかくここから早く離れたい……」
「わかりました!!」
と、ほぼ足の動かないミラナを複数で抱え上げ、何とか車まで運んで走り出した。
(うわぁ、今日もひどい有様だな)
今までこの屋敷に来ると、半分は自力で歩いて出てこれない状態に衰弱していた。執事に首筋を掴まれて屋敷の外に放り出されることもあった。それからすると、今日はまだ自分の足で屋敷から出てこれたのはまだマシな方だった。
「……あ、……」
「どうかなさいましたかお嬢様」
「あのババア!毎度毎度私をなぶって楽しいの?!変態が!!でもお姉様生きてて良かった!本当に良かった!!次もまた死ぬかもしれない命令だしてきたし。もういやだいやだいやだ。だけど、あの子がお姉様に勝ったって事は、あの子が私の未来の旦那様なの?いやでも一回りも歳が下だしでもでもどうしよう~~」
最初大奥様への怒りで叫んでいたお嬢様だが、後半はなぜかデレデレ恥じらいながら、後部座席で転げまわっている。
「あ、あ、あ、あ、あ、でも次は赤鉄騎士団に当てろだなんて無理無理無理無理無~理~。はぁ、でも私がお姉様を守らないと!!何したら守る事になるのかは解らないけど、わたし頑張る!!」
未婚のマダム・メリー(仮称)、改めミラナ・カダリョフ。麗しきマリーゴールド紅黄騎士マリーナ・カダリョフの妹で、世界の裏で暗躍する組織に操られ利用されながらも強く生きて行こうとする、夢見る女であった。
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