ザドア王国 ランドック 傷跡-チーム整備班の繁忙期

 キュベーから撤退してきた翌日。

 司令部から報酬の精査が終るまで時間がかかると言われてしまい、実質ランドックから出られない状態になっていた。

 それでも、ランドックの中ですれ違う兵士が傭兵の俺達を見ても敬礼してくれるのは、先頃の戦闘が知られているのだろう。

 町の様子を見て回るついでにチュロスを買った時もオマケしてくれた事だけでも、戦った異義はあったのだろう。

 オマケしてもらったチュロスを齧りながら、キャリアの後部ハッチに入る。

 その中では何人かで機体ウルィ・ダ・ルーンの修理が行われている。その奥で画面に張り付いているハボックに手に持っていたチュロスの2袋の内一袋を渡す。


「機体はどんな感じ?部品なんとかなりそう?」


「う~ん。左腕はスペアの腕に取り替えてブルーノ達が調整してます。それより若が言ってた右腕のパワーダウン、こっちの方が深刻で今スペックの70%しか出てないですね。チェックしてますけど、原因が右腕じゃなくて中枢駆動系のどこかに問題がありそうなんですよ。これちょっと時間かかりますよ」


「うん、毎回修理してもらって感謝してる。でも右腕治らないのは厳しいなぁ。銘持ちとはいえガムス・ルサに力で押し負けるのは昨夜も夢に見たよ」


「そこは申し訳ない。ただ若、銘持ち落として有名になるでしょうから、機体の偽装を止める事も考えておいて下さい。右腕のパワーダウンも、オリジナルだったらこんな事起きないですから」


「ん~、そいつかまだ俺が背負えないかなぁ。領主は死んでも民は生きている。その民達からの視線に耐えれるか、まだ心がついてきてない。それこそ、剣聖になるまでつかないかもしれないけどね」


「そうですね。そんなのはお嬢に相談したら『そんなもの、ぼうが腹くくれば良いだけだろう』と一喝されて仕舞いですからね」


「そうなんだよな~。でも7割か……、右腕7割は厳しいなぁ。今回は何とかなったけど、同じ相手にもう一回当たれば結果が変わる。取り合えず、イネス姉の方の様子も見てくるよ」


「わかりました。中枢駆動系含めて原因探ってみますけど、最悪両腕はオリジナルに戻す事も考えておいてくださいね」


 俺は即答できず、去り際に手を振り応えるだけで誤魔化した。

 もう一台のキャリアの後部ハッチに入っていく。


「おぉ若坊ちゃん。こっちに来るなんて珍しいね?あんたはハボック坊やとしか話さないと思ってたよ」


「お嬢も心配してたよ。若坊ちゃんは男に興味があるんじゃないかってね」


「ここに来ると、そうやって子供扱いされるからだよフェオ、顔を出さなかったのは悪いと思ってるよ。あと、デジレ!そこは完全否定しておくよ」


 こちらのキャリアは女性組になっていて、一番年長のフェオ、ベルトとデジレの3人がいる。形の上ではハボックが上にしているが、この3人は全員ハボックよりも年上で今まで散々子供扱いされるので、こっちのキャリアに来るのはむず痒い思いをするのが嫌で、顔を出すのを避けていた。

 ちなみに、俺の機体側の整備士はブルーノ、ディーター、ヘルゲとハボックの合わせて4人が見てくれている。

 男性陣はハボックを除いて皆20代だが、女性陣は4、50代。パワフルで男性陣は押し負けているのが実情だ。現に、俺も普段は整備状況なんてハボックに確認して終わりの所だけど、今は騎士の俺が一番暇になっているので、こんな御用聞きにも自分でおこなう。

 そうすると、こういった皮肉めいたいじりが入る。若い俺なんかは、おばさん達からすると恰好の玩具なのだ。


「プル・ガ・ルーンの様子はどう?潰れたのは左腕と左足だっけ?」


「あぁ、左腕はスペアがあるから取り替えて今調整中だよ。だけど左足はだめだね。足首の駆動系はスペアあるけど、膝からイかれたから、部品調達からだねぇ~。そっからバランス調整から何からで結構かかるよ?」


「そうか……、そういやイネス姉は?朝から顔見てないけど?」


「あぁ、お嬢ならルクレと一緒に今軍の格納庫に行ってる。向こうの整備士垂らしこんで左足ブン捕ってくるって」


「マジか……」


 A・G《アネモイ・ギア》に乗ってないイネス姉にそんな器用な事ができるとは思えない。垂らしこむっていうのはフェオが付け足してるんだろうけど、軍格納庫から調達できないかと向かったのは本当だろう。でも、そういうのは現場に行くよりも上から攻めないと効果が無いもんだ。


「あぁ、現場にいっても兵士達に横領しろってことになっちまう。そういうの上からは掛け合わないと。ってことでフェオは必要な部品のリスト準備してハボックにも伝えて。俺は軍司令部に掛け合ってくる。このままだ修理が出来ないと国から出ていっちゃうよ~って言えばあちらさんも困るだろうし、その辺から斬り込んでくる」


「それだと金取りっぱぐれないかね若坊ちゃん」


「上手くやるよ」


「上手くやんな。飯食えないのだけは勘弁だよ」


「そうならないよう祈っててよ」


「あんたが何とかするんじゃないか!いざとなったらあたしら街角に立たせるなんて考えるんじゃないよ」


「それだと客に謝る練習しとかないと行けないね」


「こっちの準備は万端よ。なぁに、その辺の若い兵士相手なら、誘い込んでからお寝んねさせてぶんどりゃ良い。天にも上る気持ちにさせてやるよ」


 そうなったら、トラウマを抱えた若い兵士達が増えて士気が下がってしまう。戦時下だと下手をすれば極刑もありうるし、責任を取って任官しろなんてのも言われかねない。


「頼むから本当にやらないでね。やらないよね?え。本気?……俺頑張ってくるわ」


 まんざらでもない顔のおばさん3人を背に、余計に重圧がかかった自分の背中が煤けているように感じた。


 □□□□


 司令部に出向くと、一先ず応接室に通された。それは最初に雇ってくれと押しかけた部屋とは違い、深々と沈むソファーがある豪華な部屋だった。

 待っていると、兵士が慌ただしく行きかう足音が響く。その後、だれかの叫び声がきこえてくる。


『儂をだれだと思ってるんだ貴様ら!!こら、捕らえるのは儂ではなくあの平民共だろうが!!こら、貴様らいい加減にせんか!!』


『うるさいのはお前の方なんだよ!!宰相様に逆らってお前が終りなんだよ!!』


『俺の兄はお前の部下だったんだ。お前に責任押し付けられたせいで今軍の倉庫で資料管理してるよ。でもお前なんかはそんな生易しい罰じゃ済まないぜ』


『どうせお前は縛り首だろうけどな。それまでに俺達が可愛がっても変わらんよなぁ』


 それから殴打音と唸り声が何度かした後、何かを引き摺って運ぶ音が次第に離れていった。


(あ~やだやだ、集団生活のイザコザって怖いね~)


 それからしばらくして、兵士が入ってきた。


「あのぉ、大変申し訳ないのですが今司令官殿は重要な会議中で、敵襲以外は知らせるなという事でして……、終わりの時間も未定なものですので、急がれているのは解りますが、司令官に予定を確認次第こちらから使いを出しますのでご容赦ください」


 そんな丁寧に断られてしまうと、居座ろうとも思えず司令部を後にする事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る