34、ゆうとの誕生日・下


「ふう。けっこう食べたな。食後にケーキ、と思っていたけれど先にプレゼントを渡そうか。それでひと呼吸おいてから、ケーキを食べよう」

「うん、それがいい!」


 お父さんの提案にゆうとが同意します。するとお母さんが、リビングのソファの上から小ぶりな封筒とラッピングされた包みを持ってきました。封筒はお母さんの手元に置き、包みはお父さんに渡します。ゆうとはリビングに来てすぐ、食べ物に目が向いてていたので、今までソファの上にそれらが置かれていたことにちっとも気づいていませんでした。目をぱちくりさせていると、まずはお母さんが封筒を持ってゆうとの前まで来ます。


「ゆうと、お誕生日おめでとう。まずはわたしからのプレゼント」

「ありがとう!」


 ゆうとはさっそく封を切って中を見ました。中には、5,000円分の図書カードが入っています。去年は3,000円分だったので、少し額が上がっていました。


「今のゆうとなら、読める本も増えたと思う。気になる本があったら、買ってみてね。でも本って意外と高いから、どんどん買っているとすぐ無くなっちゃうよ。本当に欲しい本か、よく考えて選んでくれると嬉しいな」

「うん。わかった!」


 去年もらった図書カードは、本を四冊買ったらすぐになくなってしまいました。今年のカードはもっと大切に使おうと思い、ゆうとは首を縦に振ります。すると、続けてお父さんがゆうとに向き合いました。


「じゃあ、次は俺から。といっても、お母さんと相談して決めたんだけどね」

「ありがとう。開けるね」


 実は、お母さんからのプレゼントは毎年図書カードにすると以前言われていたので、ゆうとも封筒の中身が図書カードであることはわかっていました。しかし、お父さんのプレゼントが何なのかは全くわかりません。あまり大きくなくて、平べったいもののようですがゆうとにはまだ、それが何なのかわからないのです。わくわくしながら、包み紙を開けていきます。


「あ、本だ。『パタポン』?」


 包み紙を開けると、小ぶりな2冊の本が出てきました。どちらも表紙には『パタポン』と書かれています。内容がわからなかったゆうとが中をぱらぱらとめくると、思わず大きな声を出しました。


「これ、もしかして詩集? それも、ひらがなが多くてぼくでも読めそうなものがいっぱいだ!」

「うん。ゆうとみたいに、言葉を覚えるのが好きな子向けに編まれた詩集なんだ。お母さんも、『パタポン』は読んだことがないらしいから、一緒に読んで感想を言ったり、意味を考えたりすることができる」


 お父さんの言葉に、ゆうとは少し考えてから口を開きました。


「っていうことは、今まで詩を読む遊びをするときは、AIに詩を書いてもらっていたけれど、これからはこの本で同じ遊びをするの?」

「それは、ゆうと次第かな」


 横からお母さんが口をはさんできます。


「まずは、ぱらぱらでもいいから、どんな詩が書いてあるのか読んでみるといいかも。それで、わたしやお父さん、れんくんと一緒に『鑑賞』したいと思ったら、一緒に読もう。生成AIが作った詩で、詩を鑑賞する方法はなんとなくわかったよね。だから同じようなやり方で、この本を読んでもいいと思ってる。でも、この詩集はゆうとのものだから。ゆうとが読みたいように読んでいいんだよ」

「生成AIに詩を作ってもらう遊びも、ゆうとがやりたいと思えば今後も続けていこう。今のゆうとなら、AIが書いた詩だけじゃなくて、人間が書いた詩もきっと楽しめる。そう思ってこのプレゼントを選んだんだ」


 お母さんとお父さんの言葉の意味を、ゆうとはよく考えました。生成AIに詩を書いてもらい、お父さん・お母さん・れんくんといっしょに色々話をするのはとても楽しかったです。しかし、最近はAIに詩を作ってもらうのに必要な『お題』を考えるのにちょっと苦労するようになってきていました。

 ゆうとの手の中には、すでに人の手によって詠まれた詩集があります。これらを使えば、お題を考えずとも詩を読んで話をすることができるのです。しかもさっきざっとめくってみただけですが、この詩集に入っている詩の数はけっこう多そうでした。毎日読んでも、最後まで読み終えるまで時間がかかりそうです。逆に言えば、長く楽しめるということになります。


「うん! お父さんとお母さんといっしょに読んでみたい! きっと詩は、ひとりで読むよりみんなで『こうなんじゃないか』って、話し合いながら読んだ方が楽しいもの」

「わかった。じゃあ、明日から『パタポン』に載っている詩の鑑賞をしてみよう。わたしも初めて読むから楽しみだな」


 お母さんの言葉に、お父さんも頷きます。


「ああ。初対面の人間の詩と、その場で作られる生成AIの詩。それぞれどんな味があるのか。俺も気になるな」


(二種類の詩の違いを、ゆうとは見出すかもしれないし、同質のものとして捉えるのかもしれない。生成AIの詩から先に学んだゆうとは、人間が作った詩をどんなふうに感じるのだろうか)


 詩集を選んでいる時から考えていた思いは胸のうちにしまい、お父さんは隣に座るゆうとの背中に手を置きました。


「きっと、詩集を読んだら今よりもっといろいろな言葉が覚えられるし、思いもよらないところに話が膨らむことがある。俺も楽しみだよ」


 お父さんの言葉で、ゆうとは思い出したことがありました。ぴょんとその場で立ち上がります。


「あ! そういえば、お父さんとお母さんが小学生のときの話をしてくれるって言ってたよね。前にちょっとだけ聞いたけど、続きも聞きたい!」

「いいよ。じゃあ、続きはケーキを食べながらにしようか」


 そういいながらお母さんが立ち上がります。


「あ、忘れるところだった! ケーキもあるんだね!」

「とっておきだよ」


 お母さんはにこりとして、冷蔵庫からケーキを取り出します。箱を開けると、果物がぎっしり敷き詰められた赤色のケーキが姿を現しました。真ん中には「Happy Birtyday ゆうと」という白いプレートが置かれています。


「これ、フルーツケーキ?」

「うん。ゆうとが好きなりんごをたくさん使ったお菓子で、タルトタタンっていうんだ。ちょっと遠いところに有名なお店があって、買ってきたの。きっとゆうとも気に入ってくれると思う」

「りんご! じゃあ上にば~っと乗っているのって、全部りんご?」

「そうだよ」

「やったー! もう絶対おいしいよ!」


 立ち上がったままのゆうとは、うきうきして肩を交互に上下させます。その間に、お母さんは小さなろうそくを取り出して、タルトタタンの周りに刺していきます。あらかじめ用意していたライターでそれに火をつけて、お父さんが部屋の電気を消しました。ろうそくの明かりで、白いプレートがぼんやりと浮かび上がります。


「じゃあ、改めて、歌おうか」


 席に着いたお父さんにお母さんが目配せします。お父さんが小声で「さん、はい」というのに合わせて、二人が声を揃えます。


ハッピーバースデー トゥユー

ハッピーバースデー トゥユー

ハッピーバースデー ディア ゆうと

ハッピーバースデー トゥユー


「おめでとう、ゆうと!」


 お父さんとお母さんが拍手する中、ゆうとがろうそくに息を吹きかけます。火が全部消えたのとほぼ同時に、お父さんが再び部屋の電気をつけました。


「たるとたたん、だっけ? 食べよう。おいしそうだよ」


 もうゆうとは、タルトタタンのことで頭がいっぱいです。台所から細めのナイフを持ってきたお母さんは切り分けながら笑いました。


「そうだね。おしゃべりも忘れずにね」


 その日の夜は、ゆうとの新たな大好物になったタルトタタンを食べながら、お父さんとお母さんがゆうとと同じくらいの年頃のとき、どんなことをしていたのかという話で盛り上がりました。いつもより早く食べ始めた夜ご飯でしたが、食べ終わった時にはいつもよりずっと遅い時間でした。食べきれなかったタルトタタンは明日のおやつにすることにします。


 たくさん食べて、たくさんおしゃべりをして、プレゼントをもらったゆうとは大満足でお風呂に入り、ふとんで眠ります。すぐさま深い眠りについた息子の寝顔を見ながら、お父さんは小声で呟きました。


「明日からも、いろいろなことを学んでいこう。お父さんも負けないように、一緒に頑張るから。これからもよろしくな。生まれてきてありがとう、ゆうと」


 お父さんがふとんのそばを離れたあと、お母さんもゆうとの寝顔を見に来ました。すやすやと眠るゆうとの口角はわずかに上がっていて、幸せそうです。その顔を見ていると、お母さんは胸が暖かくなりました。


(今日はゆうとのための日だったけれど、ううん、毎日がゆうとのための日だけど、ゆうとからはたくさんのものを日々貰っているな。少しでも、返せていたらよいのだけれど)


 そんなことを考えていたお母さんは、小声でささやきかけます。


「これからもよろしくね。ゆうと。生まれてきてくれてありがとう」

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小学校2年生が作者:AIの詩を鑑賞できるか試してみた 水涸 木犀 @yuno_05

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