33、ゆうとの誕生日・上
今日は平日ですが、お父さんもお母さんも有給をとったので一日家にいます。唯一、小学校があるゆうとだけはどきどきしながら、学校の時間を過ごしました。
ゆうとの誕生日が今日であることは、クラスのみんなが知っています。そのため、クラスメイトたちは口々に「誕生日おめでとう」と言ってくれました。お祝いの波がひと段落着いたあと、ひときわ仲の良いれんくんが、ゆうとの席までやってきました。
「ゆうとくん。誕生日おめでとう。プレゼント、よかったら」
「えっ、開けていいの?」
控えめにほほえむれんくんは、目を輝かせたゆうとに頷きます。ゆうとが紙袋の中に入った小さな封筒を開けると、そこには海の生き物が描かれたカードの束が出てきました。左端が留められていて、横にスライドさせるとみることができる形をしています。
「ちょっと前に、家族で水族館に行ったときに買ったんだ。ゆうとくん、生き物が好きだから」
「うん! これすごい楽しい! ありがとう! あとでゆっくり見るね。こんど、れんくんともいっしょに水族館に行きたいな」
ゆうとの声は弾んでいます。以前れんくんと一緒にバードウォッチングに行ったことは、まだよく覚えていました。ゆうとは、またれんくんと一緒に遊びに行きたいのです。れんくんは、わずかに首を傾げました。
「水族館はちょっと遠いところにあるから、お父さんとお母さんに聞いてみないと」
「そうだよね! ぼくもお父さんとお母さんに言ってみるね」
少し慎重なれんくんに対して、ゆうとはあくまでも行くつもりでいます。きっとゆうとの勢いのまま、出かけることになるんだろうなとれんくんは思いました。決してそれは嫌なことではありません。れんくんは、身体が動くよりも先に色々と考えてしまうところがあります。なので、思い付いたらすぐ行動に移すゆうとのおかげでできたことも、たくさんあるのです。れんくんはそうした経験をするたびに、ゆうとに感謝しているのでした。
始業を知らせるチャイムが鳴ったので、れんくんは急いで自分の席へと戻ります。ゆうとももらったプレゼントをしまい、肩を軽く揺らしながら授業が始まるのを待ちました。今日は朝から祝ってもらえて、良い気分なのです。それに、家を出るときお母さんに、「今日はお父さんがグラタンを作ってくれるよ」と言われました。グラタンが好物のゆうとは、楽しみで仕方がありません。
(小学校も楽しいけれど。今日は早く家に帰りたいな)
ゆうとは授業を受けながらも、頭の中は家で食べられるであろうグラタンのことで占められていました。
・・・
「ただいま!」
「おかえり、ゆうと」
ゆうとができる限りの急ぎ足で――走って帰るところを教頭先生に見つかると怒られるので、それは自重しました――家に辿り着くと、お父さんは台所にいました。玄関の近くまで出てきたお父さんを見て、ゆうとは目を丸くします。
「あれ、もう夜ご飯を作っているの?」
まだ、ゆうとは料理ができあがるまでにどれくらいの時間がかかるのか、よくわかっていません。グラタンがすこし手間のかかる料理だというのは知っていますが、それでもいつも、お父さんがグラタンを作るときはゆうとが家に帰ってしばらくしてからだという印象です。するとお父さんは、にやりと笑いました。
「今日は、グラタンだけじゃないんだ。ミネストローネっていうスープとか、サーモンのマリネとか、ローストビーフとかも作るつもりでね。俺はお母さんほど料理の段取りがよくないから、早めに始めてるんだ。仕込みが終わったら時間が取れるから、ちょっと部屋で待っていてくれる?」
「お母さんは?」
今日お休みをとっているはずのお母さんの姿がないことに気づき、ゆうとは周囲を見渡します。お父さんは笑みを深めました。
「ケーキを買ってきてくれてる。なんでもお母さんのおすすめで、ちょっと家から遠いところにあるけれど、ぜひゆうとに食べてもらいたいんだって。なるべく作りたてがいいからって、さっき買いに行ったんだ。夜ご飯には間に合うと思うよ。ケーキもあるから、いつもより少し早めに夜ご飯にするつもりだけどね」
「お母さんのおすすめ? 絶対おいしいじゃん!」
「ああ、俺もどんなケーキかまでは知らされていないから、楽しみだよ。ゆうとは楽しみに待っててな」
「わかった!」
せっかくお父さんが早い時間からいるので、いろいろとおしゃべりしたいのはやまやまですが、お父さんはおしゃべりに集中すると手元がおろそかになるのです。それで一度包丁で手を切ってしまったので、「お父さんが料理をしている時はなるべく話しかけない」というのがゆうとの家のルールです。ゆうとは元気よく頷いて、自分の部屋へと戻りました。
・・・
「ゆうと、ごはんできたよ」
「うん、今行く!」
ゆうとが漢字ドリルを解いていると、お父さんの声がしました。漢字の勉強は面白くて、いつもあっという間に時間が経つのです。ゆうとははっと顔を上げて、ノートをぱたんと閉じて急ぎ足でリビングへと向かいました。
リビングには、いつの間にか帰宅していたお母さんもいて、もう席についています。ゆうとがいつも決められた自分の席に座ると、お父さんがグラタンをテーブルの上へと運びました。
「あっ、『チンッ』ていうタイミング逃しちゃった」
はっとした顔でゆうとが言うと、お父さんはにこやかに答えます。
「今日のグラタンは、いつもより少し大きいからな。レンジに顔を近づけると危ないと思って。お母さんにも席で待っていてもらうように頼んだんだ」
「そうなの?」
ゆうとがお母さんを見やると、お母さんは少しはずかしそうに頷きました。
「わたしもグラタンが焼きあがる瞬間に立ち会いたかったのだけれど、今日はそれがメインじゃないから、って言われちゃった。でも、これだけの料理を作れるなんて、すごいよ。結婚するまで料理をちゃんとしたことがないっていうの、信じられない」
「俺の場合は、他に食べてくれる人がいた方がやる気が出るんだよな。でも、時間がかかっちゃったのは反省。せっかくの誕生日なのに、夜ご飯の前にゆうとと話す時間を作れなかったし」
「これから、いっぱい話そう! 今日の小学校の話とか」
やっぱり少しはずかしそうなお父さんに、ゆうとは立ち上がり提案します。それを見てお父さんもお母さんも笑顔になりました。
「もちろん。今日はゆうとのための日だもの。じゃあ、飲み物を入れるね」
お母さんが、ゆうとのコップにはりんごジュースを、お父さんとお母さんのコップにはお茶を注ぎました。お父さんがコップを持ち上げます。
「それじゃあ、ゆうと、誕生日おめでとう!」
「おめでとう、ゆうと」
「ありがとう!」
ゆうとは二人の祝福に笑顔で答えて、グラスを合わせます。誕生日に「カンパイ」はしない、とクラスの友だちは言うのですが、ゆうとは大人がやっている「カンパイ」にすこしあこがれがありました。なので、お父さんとお母さんはゆうとの思いを汲んで、乾杯をしてくれるのです。
「カンパイ」をしたあとに飲むりんごジュースは、いつもと同じはずなのに少し特別な感じがします。少し気持ちがふわふわした状態で、ゆうとは改めてテーブルに並べられたごちそうに目をやりました。
中央にどんと置かれたグラタンに、赤色のスープ。サーモンのマリネと、ローストビーフ。そして炒めたバターライス。どれもゆうとが好きなものばかりです。スープ以外は好きなものを好きなだけ取る形で、ゆうとの分はお父さんがよそってくれました。どれもとってもおいしくて、どんどん箸が進みます。お父さんとお母さんもおなじようで、たくさんあった料理はみるみるうちになくなっていきました。
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