第2話

「で、どうするよ」


「どうすると言われましても、お上の命令は絶対ですよ」


「だよなあ」


 第69格納庫へ向かう道すがら、ツカサはイズモと話していた。


 問題児の彼らだって、一応は軍属。


(逆らったら、それこそヤバいよなあ)


 と、ツカサだって恐怖しないわけにはいかない。


 銀河連合軍では、何回もクーデターが起きている。その対策に、反乱とか反抗とかそう言ったものには、厳しい罰が与えられる。


 相手のハサミをへし折り鍋で煮て出汁を取ったわけでもないのに、ツカサが懲罰部屋へ入れられたのは、そういう理由もあった。もっとも、相手も悪いと判断されたからこそ、その程度で済んだともいえるが。


「あのリボルバー見ましたか。野蛮ですよ、少将あの女こそ、ディックですよ」


「自分からいうのか……」


「残念ながら、ワタシはそのディックとは意味が違いますので」


 『ディックはリチャードの略称』と書かれたホログラムが飛んでくる。訴えるようにまとわりついてくるそれを手で払い落とし、ツカサは頭をかいた。


(でもやっぱり、あっちの『ディック』がちらつくんだよなあ)


 なんてことを思いながらも、言葉にはしない。ツカサだって、鋼鉄のロケットパンチを己の息子ディックに食らいたくはなかった。






 第69格納庫は、ほとんど放置されていた。たまにメカニックがやってくる。


 その作業は、動いていないこと、いつでも動けることを確認し、そのフォルムがわからないよう黒いシートをかける。最後に、ヨシ! と言って終わりだ。


 その格納庫の存在は、軍上層部によって秘匿されている――と銀河ネットワーク掲示板においてミームとして流布しているが、その実態は、単に忘れられているだけである。


(いや、みんな忘れようと頑張ってるだけなのかも)


 そんなことを頭の片隅で考えながら、ツカサは第69格納庫のシャッターに手を当てる。


 光がツカサの指紋やら毛細血管やらを認識し、ピープーと音を奏でる。それと同時に、ガションガションと核攻撃にも耐えられる分厚いシャッターが下へとスライドしていく。


 69という数が、床の下へと完全に消えれば、その先の広大で、がらんどうな暗闇がよく見える。


 と、その暗闇に光が降り注ぐ。


 その眩い光に目をすがめるツカサの横を、イズモが通り抜けて。


「やっと戻ってこれた、ワタシの船へ」


 恒星のような光に照らされた、その船こそは、A級強襲揚陸艦ディック号である。


 もっともぱっと見は、同人誌に出てくるイチモツさながら、海苔がけされているようにしか見えないのだが……。






 ディック号は、いかにヘンテコなかたちをしてようと最新鋭機である。


 A級強襲揚陸艦――バーっと敵陣へ突っ込み、歩兵部隊を送り込む宇宙戦艦――は頑丈だ。単騎でワープ可能、バリア搭載、武装も簡素ながら強力、というロマンあふれる宇宙船だ。


 その華々しい1番艦こそは、このディック号だった。


「――もっとも華々しかったのは、地球人あなた方が見つかるまで、でしたが」


 と、イズモの言葉の針が、ツカサをグサッと刺す。


「そんなこと言われたってなあ、俺だって困ってるよ」


 ツカサは、黒いシートを引っぺがしながら、答える。


 ディック号は確かに、地球人類のアレにそっくりである。そっくりってどころじゃない、神様のブツだと言われても信じられるくらいには、見た目は似ている。


 だが、こうして近くで見ると。


(けっこう違う)


 ツカサはそう感じた。


 船体はつるりとした素材に覆われている。真っ白で、シミひとつ傷一つないすがたは、しゃれたカフェで出てくる真っ白なコーヒーカップを連想させた。


「結構掃除されてるんだな」


「それ、AIにやらせてるんですよ。誰も、不潔なディックには近づきたくないそうで」


「ああそう……」


 最初こそはぶったまげたツカサも、何度も何度もこの宇宙船に乗り、銀河を駆けていれば見慣れてくる。

 慣れたどころか愛着がわいてきて、自分の息子のようにさえ感じられていた。


「あーあ」


 ほぼほぼシートをはがし終えたところで、無感情な声が響いた。


「どうして、ワタシたちに依頼したんでしょうね」


「一番向いてるからじゃないの?」


「だといいんですけど。ワタシを処分するためだったら許しませんからね」


「それだと俺まで処分されることになるから違うだろ……」


(違うよな?)


 ツカサはそうだと思いつつも、心のどこかではいまいち確信が持てない。


「だってですよ? ワタシにはすでに2人の妹がいます。<ハインライン>でしょ、それから<ギブスン>。

 今度3人目ができるって噂もありますし、ワタシに頼る理由がないです」


「そんな卑屈になるなって、ディックにはコイツがあるだろ」


 ツカサはポンポンと叩くのは、ディックの最大最強にして、象徴的な主砲である。


 この主砲はブラックホールエンジンに直結しており、生み出されたエネルギーをぶつけるという武器である。戦略兵器級の一撃を与えられるが、エンジン直結なために、動きながら撃てないのが玉にキズだ。


 端的に言えば、これを食らったやつは死ぬ。そのぐらいには強くて、宇宙戦艦に載せるには過剰すぎる武器だった。


「死なないやつもいますけどね」


「なあに、惑星一つぶっ飛ばせるんだ、あの魔王城なんか木っ端みじんよ」


 がっはっは、とツカサは笑う。その頭には超銀河級のフラグが燦然さんぜんと輝いていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る