第7話

 船体いっぱい文様だらけの宇宙船が宇宙(うみ)を翔ける。その壮観である。ただでさえ目立つのに、エロティックな模様さえあるのである。サジタリウス星人は、12本の指でその軌道を追い、行き来する宇宙船は、ディック号を目で追ったために、交通事故が多発した。


 そんなことが起きているとはつゆしらず、派手な主砲が向く先は太陽系である。


「――そんで、アンタに助けを求めたってわけ」


「そんなことが……」


 ここまでの事情を知り、セイラはそう言った。


「では、あなたは地球が破壊されたから、魔王を討伐しに行くんです?」


「んにゃ。どーにも実感がねえんだ。復讐したいって気持ちはある。あるんだが、絶対というわけじゃなくて、なんかふわふわしてる……」


 ツカサ自身、復讐したいのかそうではないのか、わかりかねていた。


 地球のある場所には、あのラブホテルみたいな城があり、その周囲を月が寂しそうに回っている。それを見ていれば、どうにかしないとと思うのだ。


 でも、同時に、破壊された瞬間を見たわけではない。だから、地球が破壊されたといわれても。


(あんなでかいもんが、本当にぶっ壊されたのか……?)


 と思わずにはいられなかった。


「――どうかしました?」


 聞こえてきた声にツカサは顔を上げる。セイラが心配そうな顔をして、ツカサを見ていた。


「私、何か失礼なことを言ってしまいましたか……?」


「別にそういうんじゃない」


「ええ、気にしないでください」


 そう言ったのはイズモである。


「女性と話すことに慣れていないので、ちょっとキョドってるだけです」


「キョドってなんかねえ! そっちこそ、エッチな模様入れられて、コーフンしてんじゃねえよ!!」


「興奮などしていませんが、どんなエビデンスがあって言っているのでしょうか。五秒以内に説明してください。はい、ごー」


 イズモのカウントダウンの中、セイラの笑い声が響いた。


「仲がいいんですね」


「上司ですから、一応は」


「コイツは仮にも命の恩人だからな。それに生殺与奪の権を握られてるし」


「まさか。手は出せませんよ、ロボット三原則くらい知っていますでしょう?」


「そうは言うが、ちんちんってバカにされてる時、割と本気で殴りかかろうとしてるだろ、イズモって」


 惑星一つ消し飛ばしてしまったときも、イズモは止めようと思えば主砲を止めることができた――だがしなかった。それに、メア少将に茶化されているときも、本気でぶん殴ろうとしていたと、ツカサは考えている。


(ぜってえ、ロボット三原則なんか組み込まれてねえ)


 とツカサは思うのだった。


 イズモの口からウグイスの鳴き声が出ていった。とぼけるにしては変なとぼけ方に、ツカサは思わず笑った。


 決戦前にしては朗らかな空気がブリッジには漂っていた。


 それもそのはず、作戦という作戦は皆無だったからである。






 作戦はこうだ。前回と同じように、魔王城めがけて主砲をぶっ放す以上。


 前回と違うところといえば、砲身に『南無八幡大菩薩』を含めた魔術的文様が描かれていることくらい。この金色のけばけばしい模様が、ある種のコンバータのように作用し、魔法攻撃になるのだとか。


(ホントのホントに本当か?)


 と、ツカサも思わないでもなかったが、それしか頼りになるものはないのだから、しょうがない。


「作戦名は何にする?」


「せっかくですから、ヤシマ作戦というのはどうでしょう?」


「那須与一だからですか、いいですね」


 ぺらぺら『平家物語』をめくりながら、イズモが言った。


「……却下だ却下。んな名前つけたら人類保管プログラムに怒られるわ。それに、理由はわからないが一発目を外しそうだし」


「そういう艦長は、さぞかし妙案がおありなんでしょうね?」


「オペレーション『タッチダウン』」


「単騎突撃するからだったら、それだってパクリじゃないですか」


「じゃ、イズモはどうなんだよ」


「うーん、ディックでいいじゃないですか」


「誤解を生みそうだが、まあ本人が言ったわけだし、いいか」


「なんのどんな誤解を受けるというのでしょうか。このディックというのは、野卑で下品なあのスラングとは違い、著名なSF作家の――」


「ま、まあまあ、落ち着いてくださいイズモさんっ」


 気色ばむイズモをセイラが宥めるのを横目に、ツカサは報告書をまとめる。


 第二次攻撃作戦、オペレーション「ディック」について。


 ツカサはタイプしてから、ちょっと考える。


(なんか、物足りない)


 そう思ったのは、いわゆる魔が差したというやつだったのかもしれない。あるいは、先ほど自分の作戦名をバカにされたからか。


 報告書の作戦名を書きかえる。


 オペレーション「ビッグ・D(ディック)」と。






 さて、オレンジ色のワープゲートからズルリと宇宙戦艦ディック号が出てくる。


「地球圏よ、ディック号は帰ってきた」


「……真顔で何言ってんだ」


「いえ、あなたの故郷ではこういうSFアニメが流行っていたそうではないですか」


「まあ、あるな」


「状況が似ていると思ったので言ってみました。言ってみただけですので、核も水爆も、ましてや反応弾もないのですが」


「知ってるよ」


 宇宙船ディック号は、強力で卑猥な主砲を有している。搭載している主砲の威力としては、広い銀河と言えども優るものはない。……そのせいで、ほかの武装がなかったが。


(対空砲火さえないってんだからなあ)


 ツカサは頭をかく。そのせいで困ったことになったのは、一度や二度ではない。


「もっと武器を増やしてくれよ」


「ムリです。厄介者のワタシにさく予算があるとは思えませんから」


「…………」


 ツカサは隣に立っているイズモを見た。その表情は、いつもと変わりない。でも、そこに哀愁のようなものを、ツカサは感じずにはいられなかった。


 いてもたってもいられず、ツカサはイズモの肩を叩いた。


「いかがいたしました、艦長」


「いや――この作戦、完遂させて目にもの見せてやろうぜ」


「もちろんです。この『ビッグ・D』を――」


 そこでイズモの言葉がぴたりとやんだ。


「なんですこれ」


「俺が考えた作戦名だけど」


「いや、このスペシャルなAIであるワタシが考えたのですが、余計なものがついてません?」


「余計なものなんて、ないように見えるが……」


「艦長の目は腐っているのですか、この『ビッグ』というのは、もしかしなくても艦長が勝手につけられたものですよね」


 言いながら、イズモはツカサの胸倉をつかみ、持ち上げようとする。少女に二十も後半になっているやつが簡単に――上がった。持ち上げられたツカサは、バタバタと揺れる。


「く、苦しい……!」


「苦しませているので当然です。なんですかビッグて、ワタシとディック号に対する当てつけのつもりですかそうなんですか」


 グギギギギと、ツカサは苦しさに変な声を上げる。


 その口から泡が吹き出しそうになったところで、オドオドしていたセイラが叫んだ。


「魔王城で魔力がふくらんでますっ!!」






 ブリッジ正面には、魔王城があった。


 距離にして、100キロ。あの趣味の悪い光にてらされた魔王城も、星々のひかりと何も変わらない。


 だが、その光がわずかに増加しているのを、ツカサは確認した。言われなければ、気がつかなかったに違いない。


「どうして気がついたのですか」


「なんだか、肌がぞわってする感覚がするの」


「ふむ」イズモの手にホログラムが浮かびあがる。「未知なる物質の増大を確認。それを、肌感覚で認識しているのでしょう」


「第六感みたいなもんか……」


 と。


 頭のなかで声がする。


『やいやいっ!!』


 おさない少女の声だ。


(幻覚――ロリコンパワーが高まりすぎて、ついに幻覚を見始めるようになっちまったか)


 心配になったツカサは周囲をキョロキョロする。十二歳くらいの純粋無垢そうな少女の姿はどこにもなかった。


「声、聞こえるか」


「何言ってんですか。――もちろん聞こえますよ」


「おいっ、ビビっただろうが」


「びっくりしたのはこっちもですよ。まさか、魔法とやらは、AIにも効くようです」


『仲良く話をするんじゃないっ! 童の話を聞けっ!!』


 少女の憤った声が脳内に響きわたる。あまりに大きく、今すぐにでもボリュームを絞りたいが、そんなものは頭のなかにはなかった。


『前回来た、きたならしい戦艦め! 今日こそは、この魔王アザトー様が、撃ち落としてやるからな!!』


「魔王さまにしては子どもっぽい言葉ですわねえ」


「……なんでお嬢さま言葉になってんだよ」


「それは、これが綺麗な言葉だと言われているからですわあ」


「ちなみにソースは?」


「おネットですわー」


 あまりに信用のおけないソースだった。


 ため息をつくツカサの頭のなかに、猛獣の唸りに似た声が響く。


『な、なんでこやつら、童が喋ってるのに聞こうとしないのだ……? 異世界人はやっぱり頭がおかしいのか?』


「聞こえてる聞こえてる」


『そ、そうか。そうならもっとこう、ハッキリ反応してほしいのじゃ』


「うわぁー頭のなかに声がー幼女の声がするー」


『キモいのじゃ』


 ツカサの頭の中に冷ややかな声が響く。ツカサが周りを見れば、イズモやセイラまでもが、これまた冷たい目を投げかけてきていた。


(ひ、ひどくないか。俺が何をしたっていうんだ?)


 とロリコンでいることを棚に上げて、ツカサは困惑していた。






『ロリコンのことはどうでもいいのじゃ』


 頭の中の声が、そう言った。


『おぬしら、よくもまあ、戻ってこられたものだな、その気持ち悪い宇宙船とやらで!』


「気持ち悪いとはなんですか。これはれっきとした銀河連合軍の戦艦です」


『では、その軍のやつらは頭がおかしいのじゃ』


「それには同意いたします」


「同意するんだ……」


「こいつはこういうやつだから。おいっ」


『なんじゃロリコン』


「ロリコンゆーなっ! それより、俺はお前に聞きたいことがあるんだ」


『なんじゃ、特別に聞いてやろうではないか。魔王だからなっ』


「お前が、地球を破壊したのか?」


 ツカサが問いかければ、沈黙が返ってくる。長いような短いようなダンマリのあとに。


『な、なんじゃ? 地球って』


 という、傍にいるであろう誰かへ問いかけているようなアザトーの声がする。


 ふんふん、という声さえ聞こえて、ツカサはイズモを見た。


「こそこそ声まで聞こえるとは、本当に無線みたいですね。しかも、脳内に響く……洗脳に用いられたら大変なことになりそうです」


「あ、確かに……俺たちだったら、止められねえもんな。セイラは?」


「魔法が使える人だったら抵抗はできると思います。でも、相手が上手だったら……」


「なるほど。では、魔王様には感謝しなければなりませんね。この通信魔法をまっとうな方法で用いていることに」


 そのような話をしていると、アザトーたちの話もひと段落ついたのだろう。脳内に少女の高笑いが響きわたる。


『うわっはっは! ロリコンが言ってる地球というのは、童のお城があるばしょにあった惑星のことじゃな。あれは、童が破壊したのだ!』


 ツカサの頭に、ガーンとぶん殴られたような衝撃が走る。そんな気はしていた。魔王城は地球が破壊された後に現れたわけで、そう考えるのが自然だ。


 だが、実際にそう言われてしまうと、ショックだった。ショックすぎて、続くアザトーの言葉が、まるで理解できなかった。


『どうだ、びっくりしたか? びっくりしただろ? 童を崇め奉るのじゃっ!!』


「ちなみにですが」と不意にイズモが会話に割り込んだ。「どのように地球を破壊したのでしょうか?」


『へ? い、いきなりなんじゃ』


「いえ、気になったものですから。地球ほどの惑星をたやすく破壊する兵器というのは、銀河広しといえども、そう多くはありませんので、後学のために知りたいのです」


「え、えっとイズモちゃん?」


「後学というのはAIジョークです。別に、バカにしてきたやつを葬るためとか、別にそういうんじゃないですよ?」


 ですが、とイズモは言葉をつづけた。


「地球を破片ひとつ残さずに消滅させたというのは、本当なんでしょうか。あの、バカみたいに強力な魔法でも、そんなことはできないんじゃないかと思うのですが、いかがでしょう?」


 と、イズモは早口にまくしたてる。


 返事はすぐにはなかった。


 少女の困惑したような声が、頭の中に響いている。


『も、もちろんじゃ』


 ようやく発せられたアザトーの言葉には、戸惑いがこもっていた。


『もっとも、アレとは違う。こうワープしたときに位置ズレ? を起こして、ええっと、――そんなこんなで爆発したのじゃっ!!』


 のじゃ、という勢いだけの言葉が、こだました。


「つまり、よくわからない、と」


『ち、違うのじゃ。ホントのホントに爆発したって、部下も言ってるのじゃ』


「では、その方を出してください」


『えっとそれは……』


 ブツンと通信魔法が途絶した。


 イズモがため息をつく。やれやれとばかりに首を振る。


「艦長」


「なんだ……イズモか」


「どうしてそんなに落ち込んでるんです。ほら、しゃっきりしてください」


「……俺はレタスじゃねーんだぞ」


「なんでもいいから、ほら。艦長が指示出してくれないとどうすることもできないのですよ」


 イズモが指さした先――ブリッジ正面では、魔王城が、紫色に輝こうとしている。その魔力のひかりは、今まさに星空を伸びる線となり、魔法陣を描こうとしていた。


「さらに、魔力増大!」


 セイラの悲鳴まじりの法則を聞くまでもなかった。エーテルと名づけられた魔力でいっぱいの宇宙(ウミ)は、ひどく荒れている。それが、この世界の人間であるツカサにも理解できるほど、魔王城に魔力が収束していた。


 何か、すさまじい攻撃が、来る。


 それを感じさせるほど巨大な魔法陣ができあがろうとしていた。


「艦長、命令を」


 イズモの目が、ツカサをまっすぐ見つめた。その曇りなど一ミリもない瞳に、心が安らぐのを感じた。


「わかった。――主砲発射準備」


「了解」


 と返事するイズモの声は、いつもよりも力強かった。

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