第8話

 二つの光線が飛びだしたのは、ほとんど同時。


 噛み合った歯車のように、魔法陣がクルクル回り、その中心から、クェイサービームが飛びだしていく。その、ブラックホールから飛びだすエネルギーにも似た、綺麗なビームはまっすぐディック号へと伸びていく。


 片や、ディック号の御立派な砲身から飛びだすビームは、白色光。宇宙の闇を真白に染め上げる光は、唸り、跳ね、ドラゴンのように姿を替えながら、魔王城へと向かっていく。


 ……これが、ラブホテルみたいな城と男性器みたいな戦艦から放たれたものではなかったら、どれほど綺麗だっただろう。


 光と光が激突する。


 瞬間、ドワオと轟音が轟く。宇宙で音が聞こえるのは、この宇宙がファンタジックなエーテルに侵食されつつあるからに違いなかった。


 音とともに火花も散る。飛び散った光の破片は、パッと開いて消えた。


「まるで超新星爆発のようですね」


「え!? なんだって!!」


 轟音をかきわけかすかに聞こえてきたイズモの言葉に、ツカサは叫びかえす。


 なぜか聞こえてくる音と、エンジンの唸り声。フルパワーにしてやっと、ビームの威力は拮抗しているようだった。


「魔力化はどうなってる!?」


「せ、成功しているみたいです」


 セイラはそう言って、ツカサへとホログラムを見せてくる。船体を映したカメラの映像。


 そこには金色に光る文様があった。だが、それは、飛び立つチョウのようにひらひら剥がれ落ちようとしていた。


「エネルギーは魔力になっています。でも、長くはもたないかも」


「だそうだ、イズモ!」


「ふむ。長期戦になると、巨大なあちらに分がある……わかりました。エンジン始動」


「いいのかそんなことして――」


 主砲照射中は、エンジンの全エネルギーを武器に回している。その状態で、移動するとなると、オーバーヒートを起こす可能性が高い。いやそれどころか、暴走して、爆沈してしまう恐れだってあった。


「やるしかありません。でないと、この勝負、負けてしまいます」


(なんだか知らないがイズモはやる気みたいだ)


「よし、わかった。エンジンの調整はそっちに任せる。俺は何とか操縦してみる」


「できるんですか?」


「誰に言ってんだ。一応艦長だぞ」






 暗闇の中で、ツカサは集中する。今のツカサは頭にヘルメットをかぶっている。ヘルメットからは髪の毛のように無数のケーブルが伸びており、ディック号中枢にあるサイコ・リーダーへとつながっている。


 実は、この宇宙船ディック号は、知的生命体が動かすことも可能である。しかも、脳波コントロールできる。――なぜ今までツカサは操縦しなかったのかといえば、AIの方が優秀だからである。


 とはいえ、ツカサだって操縦できないわけではない。すくなくとも、いつ吹っ飛ぶかもわからない縮退炉をなだめるよりかは簡単だ。


 ツカサはイメージする。


 宇宙(そら)を駆けるディックの姿を。


 それだけで、船はそろそろと動きはじめ、加速していく。


「艦長、もうちょっと出力を抑えてください」


「わかった」


 赤ちゃんがハイハイするところをイメージ。軽やかに加速しはじめていた宇宙船ディック号は、カタツムリ並みの速度になる。


「す、すごい。まるで魔法みたい」


「思考を読んで、それ通りに、サイコ・リーダーが指示を出しているだけですよ」


 サイコ・リーダーは、思考を読み取る装置だ。これのおかげで、主砲さえも心で撃つことができる。……もっとも、そのせいで、小さな惑星がひとつ吹き飛ぶことになってしまったのだが。


 ツカサは、唇を舐める。


 どういうわけか、今のツカサは何でもできるような気がした。それは、イズモに頼られているからなのだろうか、あるいは、魔王城に対する怒りがあるからか。


(この船との一体感)


 まさに、自分自身がディック号そのものになってしまったかのような――。


(って、それはそれでなんかイヤだな)


 と、ツカサは思っている間にも、宇宙船と魔王城の距離は近づいていく。


 光と光とがぶつかる点、魔法と科学とが押し合いへし合いする地点へ近づけば近づくほど、船体が揺れる。


 振動が強まると、描かれた文様はペリペリはがれていった。珍妙な塗装は、ほとんど残っていない。輝きもホタルの光のように頼りなかった。


「もうもたないかもっ」


「ツカサ、何とかならないか!?」


「何とかやってみる。そっちも、全力にして」


「信じてるからな」


「――ワタシが一番、この船のことを知っているのですから、信じてください」


 ツカサは、頭の中で、アクセルペダルを踏みしめる。


 イメージに反応し、ディック号の2つの球体から、光の帯が伸びていく。それは、ほうき星のように儚く、美しい光。


 魔力を帯びたエネルギーは、船を優しく、だが力強く押していく。


 嵐のような宇宙(うみ)をディック号が進む。光を押しのけるようにじりじりと。


 レインボーな光の輝きの向こうに、巨大な魔法陣が見えてくる。


「いっけえ!」


 掛け声とともに、ディック号は魔法陣へと突っ込んだ。






 それは、いわゆるラムアタックだった。


 衝角――船の先端で、船に激突する最終兵器。


 艦砲が存在しない時代の名残であり、宇宙船からなくなって久しい攻撃方法である。


 遠くから攻撃するのに、なんでわざわざ突撃する武器をつけなきゃならんのか――なんでもわかるエライ人はそう考えたのだ。


 わざわざ、こうした話をしたのには理由がある。宇宙船ディック号、突撃揚陸艦としてつくられ、主砲を軸とした卑猥なかたちをしているのは、さんざん描写してきたとおり。


 ディック号は、ラムアタックができる世にもめずらしい宇宙船だった。






 ディック号が魔法陣へ突っ込んだ瞬間、魔法陣が割れた。


 魔法陣というのは、そこに描かれているものが消されると、効力がなくなるものがほとんど――これに関してタマタマだった――で、ディック号の衝角は意味をなさないかと思われた。


 だが、ある。

 

 魔法陣が霧散すれば、当然、ビームもなくなる。ビームがなくなれば、宇宙船を押しやろう、その神様の男根みたいな宇宙船をこの世から葬り去ろうと光り輝いていた力が、なくなることになる。


 その結果、宇宙船は魔王城へ突っ込んだ。――押し相撲していたら、相手がサッと横へ退けたときみたいに。


「つっこむぞ!」


 とツカサは自分が叫んだのを覚えている。


 次の瞬間には、強い衝撃が襲った。


 ガラガラと石が崩れる音、悲鳴、何かがひしゃげるような音。


 それを最後に、ツカサの意識は途絶えた。






 ツカサは頬に熱を感じて目を覚ます。その熱は、意識がはっきりすると同時に、熱くなっていって。


 視界がはっきりすれば、イズモが、頬をビンタしようとしているのが、見えた。


「ちょ、ちょっと待った!」


「おはようございます、艦長。ようやく目を覚ましましたか」


 ぺっちんと頬をぶたれる。それほど痛くはなかった。


 イズモが、ツカサの視界から遠ざかっていく。


「どんくらい気絶してた……?」


「数分も。あ、おはようございます、セイラさん」


「お、おはよう……? あれ、どうして頬が痛いの?」


「それはワタシが気付けのためにビンタしたからですよ」


 ヒリヒリ痛む頬をさすりさすり、ツカサはブリッジ正面へと近づいていく。非常用シャッターが下りており、ガラスとその向こうの様子はわからない。


「割れたのか?」


「ヒビが入ってしまいましたので、念のためシャッターを下ろしました。外のカメラも衝撃で壊れて、様子までは」


「じゃあ、外に出るしかないな。酸素は?」


「奇妙なことにあります。おそらくは魔王城の近くは、酸素が存在しているということでしょう」


 魔王城はドームにおおわれているというわけではない。石造りの城壁には、気密性もあったものではない。それなのに、呼吸ができた。


「まさに、ファンタジックってやつか……」


「しょうもないこと言ってる暇があったら、準備してください。外、行くんでしょう?」






「一応ヘルメットだけはつけていてください」


 そう言って、イズモがツカサとセイラにヘルメットを渡す。首もとがきゅっと締まるタイプのもので、万が一空気がなくなったとしても、数十分なら酸素が供給されるようになっている。


「あ、ありがとうございます?」


 ヘルメットを装着したセイラは、てるてる坊主のよう。


 ツカサはヘルメットを腰に装着し、


「俺は、あとからつけるよ」


「いいんですか? 剣を受け止めてくれるかもしれませんよ」


「『ヘルメットがなければ即死だったか』ってか? そんなこと、ほとんどないだろ」


 イズモが肩をすくめた。


「じゃあ、開けますよ」


 ツカサが頷きかえせば、正面の扉がゆっくりゆっくりと開いていく。


 そこは、ちょうど大広間のようなところであった。正面には階段があり、赤い絨毯が、道のように伸びている。


 魔王城へと降りたったツカサは、背後を振り返る。宇宙船ディック号は、門のような大きな扉をぶち抜いていた。まるで、破城槌のようだ。


「うわあ、ほんとにお城みたい……」


「魔王城にしては、おどろおどろしくないと言いますか、普通ですね」


「普通とはなんじゃ、普通とはっ」


 不意に声がして、ツカサは声がした方を向く。


 正面階段の上の方に、少女が立っていた。黒く禍々しくも、フリルが多量にあしらわれたドレスを身にまとった彼女は、階段を下りてくる。


「お前が――」


「いかにも。童が、魔王アザトーであるぞ!」


 かわいらしい声が、大広間によく響く。


「本当に十二歳のようで、ワタシは艦長のことがことが怖くなってきました」


「だから、言ったろ? 十二歳くらいだって」


「それ以上話さないでください。ロリコンがうつります」


「うつらねえよっ!?」


「……なんの話をしているのじゃ?」


「え、えっと、ツカサさんがロリコンって話をしてるのかなあ」


「ロリコンとはなんじゃ」


「ロリータ・コンプレックスの略称であり、あなたのような少女を愛する精神異常者の――」


「そんなことはいいんだって!!」


 ツカサが大声を張り上げる。


(なぜ、魔王城にまで来て、ロリコンをうんぬんしなくちゃならんのか)


「そうじゃなくて! もっとこう、やることがあるだろっ」


「艦長にしてはいいことを言うではありませんか」


「だろ?」


「なんか悪いものでも食べました?」


「…………」


「よくぞ言った、そこの男!」


 今度はアザトーが声を張り上げる。今度は何とばかりに、イズモは魔王の方を気だるげに向いた。


「そうじゃ、童は戦いを望んでおるのじゃ。それがたとえ、変なかたちの船でやってきた妙なやつらであっても!」


「変なかたちとはなんですか。ぶっ飛ばしますよ、アナタ」


「ひっ」


 イズモが、アザトーのもとへと歩いていく。その目には無機質に輝いている。だが、手はきつく握りしめられていて、人工皮膚がギリギリと音を立てていた。


「待ってください」


「……次は、セイラさんですか」


「ええっと、そのう、魔王アザトーさん、でしたっけ」


「ああ、童は魔王アザトーじゃ。おや、おぬしからかすかに魔力を感じるが」


「はい、私は魔法の世界から飛ばされてきた魔女なんです」


「なんと……! 童のようなやつがほかにもいたとは」


「童のようなやつ――」


 ツカサは違和感に気がついた。


 ここは魔王城で、自分たちは侵入者。となれば、巣を壊されたアリのように兵士が出迎えなければおかしい。男性器に似た宇宙戦艦がやってきたともなれば、親の仇かってほどに襲ってこなければおかしい。


 だが、出てきたのは魔王ただ一人。しかも、奇妙なほどに静かだ。ツカサたちを盛り上げるような、アップテンポなBGMさえないほどに。


 それらを総合的に考えると――。


「もしかして、魔王様も飛ばされてきただけなのか……?」


「な、なんのことじゃ!? 童は魔法の失敗なんぞしておらぬぞっ!!」


「語るに落ちてますよ」


 イズモの言葉に、魔王様は唖然としたように口を開けていた。






 ツカサたちの前で、魔王アザトーが口を開く。その悄然とした姿は、刑事たちに崖まで追い詰められた犯人のよう。


「ことの発端は、なんでもない、禁忌の魔法を使おうとしたことじゃ」


「禁忌?」


 魔王様が力なく頷いた。


「違う世界へ行けるという魔法じゃ。それを使って、童たちは他の世界を侵略しようとした」


「ですが、飛んできたのはアナタとお城だけだった、と」


「そうじゃ。どうしてこうなったのかは、童にもわからん。魔法城そのものを魔法陣としたからか、そもそも、使用者しか世界を行き来できないのか……」


「ちょ、ちょっと待ってください。禁忌ってことは、誰かがその前にやったはずですよね?」


「あ、ああ。たしか、そういうことになっていたはずじゃ」


「その人の名前って――セイラって言いませんか」


 セイラの言葉に、ツカサは息をのんだ。


 それが、正しければ、彼女は――。


「そうじゃが……なぜわかった?」


「私がそのセイラだからです」


「マジじゃかっ!?」


「マジだよ。魔法が当たり前の世界からやってきて、こっちで何年も暮らしてたんだ」


「じゃ、じゃが。そのセイラとやらがいたのは、童のご先祖様が世界征服を成し遂げる以前のこと」


「それは、どれくらい前のことですか」


「ざっと、千年二千年は離れていたと思うのじゃ……」


「こっちとあっちとでは時の流れが違うということですね。SFではよくありがちなことです」


「……SFかどうかはさておくとして。セイラは大丈夫か?」


 ツカサは恐る恐る問いかける。独り、知らない世界へ転移してしまった悲しみもさることながら、その世界はすでに遠い過去となってしまっている。


 セイラを知っていた人間はすでに死に絶えている。


 それがどんなに悲しいことか――地球が爆発四散してしまったツカサには、理解できた。


 返事はなかなか返ってこなかった。セイラの瞳からは、輝くものが流れ落ち、大理石の床へと弾けて消えた。


「だいじょうぶです」


「そうか……」


 そう返すので、いっぱいいっぱいだった。


 なんと声をかけたって、悲しいものは悲しい。それはツカサが知っている。


「アザトーは、どうにかできないの?」


「どうにかしようとした矢先に、お前らがやってきたんじゃよっ!?」


「俺らだって、宣戦布告がなければ来ることなかったわ!」


「そ、そうでもしなかったら、攻め込んでくるかと思って」


「艦長。今思えば、対空砲火と主砲じみた魔法しかやってこなかったことを、よく考えるべきだったのかもしれませんね。彼女ひとりだからこそだと」


「独りだったから、宣戦布告して、威嚇したってことか……」


 ツカサはアザトーを見る。確かに禍々しく、魔王様の威厳に満ちた彼女は、同時にまだ若い少女だ。その目は、寂しさと心細さで揺れている。


「しかし、こまりましたね」


 不意に、イズモが空を見上げた。銀河連合軍総司令部がある方角であった。


「な、なにがじゃ。もしや、童を処刑するつもりなのか」


「そうされる恐れは多分にあります」


「どういうことだ?」


「この宙域に向けて、魔王軍討伐のための宇宙船が出航したことを確認しました。予想到着時間は十二時間後」


「えええっ!?!?!?」


 魔王アザトーの絶叫が、がらんどうの魔王城に響きわたった。

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