第9話

「ど、どうすればいいのじゃっ。助けてくれなのじゃっ」


「そう言われてもなあ」


 ツカサはイズモが生みだしたホログラム映像に目をとおす。


 それはネットニュースである。「銀河連合軍、未知なる魔王軍の存在を認知、討伐へ」とかなんとか。


 ニュースには写真が2つあり、ひとつは、むっつりとした表情のメア少将がマスコミ宇宙人に返答している。もうひとつには、出航していく宇宙戦艦の後ろ姿があった。


「旗艦(ハタブネ)は妹の<ハインライン>ですね」


「強いのか?」


「もちろん、ワタシの妹ですから」


「直接勝負したら……」


「姉に敵う妹など、存在するとお思いですか。ワンオンワンなら負けはしません。もっとも、そういうわけにはいかないでしょうが」


 写真で見る限り、討伐軍は、1個船団からなるようであった。補給船あり娯楽船あり、そして無数の戦闘艦がある。


 いくら、頑丈で剛直で巨砲なディック号とはいえ、たくさんの最新鋭機を相手にできるほど、強くはない。


(突っ込んだら、たちまち蜂の巣だろうな)


 とツカサでもわかるのは、ディック号と違って、ハリネズミのように兵器を詰め込んでいるからだ。


 なにより――。


「あいつら、お前らの船とは違って普通の形してるんだな」


「……今回は許しましょう。言い換えれば特別ってことでもあるので」


「き、気にしないでねアザトーちゃん」


「『ちゃん』付けするなっ。童は魔王ぞ!」


「うんうん、ごめんね」


 そんなやり取りをするアザトーとセイラは、姉妹のようでほほえましい。


 二人を見ていると、


(傷つけさせはしない)


 という気持ちが、ツカサの心の中にむくむくこみあげてくる。


「しかし、どうしたもんか。魔王城で戦うってのは?」


「あのクェイサービームが命中すれば、勝てますが……」


「が?」


「根本的解決にいたりません。また軍艦が派遣されてくるだけですから」


「なるほど……」


「あー、話しているところ悪いが、お前らが『くぇいさぁびぃむ』とやらは連発ができないのじゃ」


「連発されてたら、俺たちはとっくに死んでるよ」


 はじめて交戦したときのことを、ツカサは思いだす。極太ビームは一発だけしかやってこなかった。だからこそ、カンタンに逃げることができたのだ。


「しっかし、この状況だと残念です」


「じゃあ、逃げるか」


「……マジで言ってるのじゃがか?」


「ガチのマジで。戦ってもラチが明かないんだからしょうがないだろ」


「それが一番いいかもしれません。逃げた場合は、魔王狩りでも始まるのでしょうが」


「ま、魔王狩り……」


 アザトーの幼い顔がサッと青くなる。恐怖にガタガタ震えた少女を、セイラがぎゅっと抱きしめた。


「連合軍は暇ですので、そういうの好きなんですよねえ。速度違反なんかも取り締まるくらいですし」


「……だから、反乱されるんじゃねえかなあ」


「なにかいいました?」


「なんでも。とにかく、いい感じに逃げるためには――」


 ツカサはセイラの腕の中で震えている、おおよそ魔王らしくはない魔王へと視線を向けた。


 ツカサの隣で、同じようにアザトーのことを見たイズモが、


「なるほど。そういうことにするのはありかもしれません」


「まー奥の手だが……。通信は?」


「してもいいですが、敵陣から発せられた場合、艦長ならどう思います?」


「……寝返った」


「はい。そのように考えるのが自然かと思われます」


 ツカサは頭をガシガシかく。寝返ったとしたら、なんて言われるだろうか。言われるどころで済めばいいし、なんなら報告書くらいなら何枚だって書いてやるつもりではある。だが、処刑されるのはイヤだ。


 ようするに、ツカサもアザトーと同じで、


(死にたくない)


 のである。


「じゃあ、やるしかないか……」


「ですね。しかし、どのように?」


「確か、魔王の姿をみたものはいなかったはずだよな、だから――」






 ワープアウトした討伐軍は、直後魔法の雨あられに襲われた。


 台風のときの風雨のような攻撃に、ひとたびは恐慌状態に陥った戦艦たちだったが、銀河連合軍の精鋭部隊である、効果がないとわかるや否や、攻撃を仕掛けようと進軍する。


 その際、正面に巨大な穴が開いていたことが確認されているが、それが何によるものなのか確認する前に、魔王城は木っ端みじんとなってしまった。


 というのも。


 魔王城から、高密度エネルギー体が照射された。ファーストコンタクトを果たしたディック号によって『クェイサービーム』と名付けられたそれは、銀河連合軍の戦艦をかすめるように伸びていき、遠くの小惑星を消し飛ばした。


『右翼エンジン溶解っ!? うわあっ』


 ビームに一番近い場所にいた戦艦は、右半分がキャラメルのように融けていた。クェイサービームの威力に、討伐軍は息をのんだ。


 ――その間に、月方面へと飛んでいくものがあったことには、誰も気がつかなかった。


 量子とエーテルという、未知なる物質が、水と油のように作用し、センサー類はホワイトアウトしていたのだ。


 そうなったのはタマタマで、ツカサたちとしては、


(こっちを向いてくれるなよ……っ)


 一種の博打だった。


 なんにせよ、ディック号はその目立つフォルムを、月の影に隠すことができた。そういう意味では、さまよっていた月が、魔王城に接近していたことも幸運だった。


 どこまでも伸びていく光線が、細くなり、途切れたのは、たっぷり1分が経過してのことである。


 直後、魔法の雨がふたたびはじまる。勢いは、まさに必死さを感じさせるほどに激しく、視界がピンク色にそまってしまうほど。


 だが、それこそは相手が焦っているからだ――そう考えた討伐軍は一気呵成に、魔王城へと攻撃を仕掛けようとした。


「待ったーっ!!!」


 大絶叫の通信が、突然割り込んでくる。スピーカーはひび割れ、通信兵は飛びあがり、AIは一瞬ショートした――イズモがハックしたのだ。


 声とともに降ってくるビーム。


 その白くて、稲光にも雫にも似た光線が、魔王城と討伐軍を分けるように伸びた。


 その根元にあるのは、宇宙船ディック号。


 銀河を駆けるおちんちんである。


 だが、このときのディック号はただのおちんちんではない。月光をバックに飛ぶ姿は、神様のおちんちんのようであった。






「妹――失礼。<ハインライン>から通信が来ます」


「どうぞ」


 ピコンとツカサの眼前に、ホログラムが浮かびあがる。タコ型の、いかにも宇宙人といった姿の生物だ。そのゆでだこのように真っ赤な頭には、ちょこんと小さな帽子が乗っかっている。


 口にあたるらしい、丸い部分がもごもごと動く。


『なんだ、ディックの艦長か。こんなときにいったい何の用だね。ことと次第によっては軍法会議――』


「ちょっと時間をいただきたい」


『今まさに魔王城のチャージが始まるかもしれんのにかっ』


「そうはならないのだ」


 回線に、あどけない少女の声が響く。ツカサの隣にいた少女が言葉を発する。


「あの攻撃をするためには、この世界でいうところの30分は必要なのだ」


『このガキは……?』


 ガキと呼ばれた少女の眉がピクリと上がる。ツカサは慌てて、


「ま、魔王城から亡命を申し出た子だよ」


『亡命……だと? そんなの信じられるか、相手の罠かもしれぬではないか』


「あ、アイツらは、ひどいのだ。童たちには何も言わずに、異世界への転移魔法を使ったのだ。しかも故郷に帰れないのだ……」


 ひゅうとツカサは口笛を吹いてしまいそうになった。そのくらい、アザトーの演技はうまかった。


『なるほど。破れかぶれで宣戦布告したということか。おい、そこのこども』


「な、なんなのだ……?」


『この醜悪で、けばけばしい城を破壊するから、そこで安心して待っているがよい』


 途端、ぺきりと音がした。


 ツカサは眼球だけ動かし、アザトーをみれば、小さなこぶしを白くなるほど強くつよく握りしめている。


「…………」


 無言。


 アザトーの目は怒りに燃えていて、いつ罵詈雑言が飛びだしてもおかしくなかった。そうなれば、ツカサの計画――亡命作戦――は失敗に終わる。


 だが、その前に、通信が途絶した。向こう側が通信を止めたのだ。


 ツカサはため息をつく。


(正直バレるかと思ったぜ……)


 ツカサやイズモであったら、この世に存在するありとあらゆる言葉をもってして、相手を言葉のナイフで刺しまくったに違いない。


 だからこそ、


「この童(魔王)に対して、なんて口ぶりなのじゃー!!!!!!」


 ガラスがビリビリ震えるほどの大音量で、鼓膜が破れそうになっても、まあしょうがない、とツカサは納得するのだった。






 魔王城は、いともたやすく――とはいかなかったが、機能を停止するに至った。


 これには紆余曲折あるが、亡命したとされる少女――魔王アザトーの妹――の助言が大きかったとされる。


 次に、ディック号の存在も大切だ。そのムダに威力の高い主砲のおかげで、魔法陣はあっけなく解体されていった。


 当たり前だ。そうなるように、あらかじめ設定されていたのだから。


 魔王城に攻め込んだ討伐軍の歩兵部隊は、困惑した。閑古鳥もいないほど、がらんどうで誰もいなかったから。


 そうして、魔王アザトーは指名手配されることとなり、一連の騒動は幕を閉じた。

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