最終話

 ここからは後日談。






 まず、魔王城。


 魔法陣が破壊されただけの魔王城は、地球のあった場所を今もなお、ぷかぷか漂っている。


 なぜ魔王城のまわりにだけ酸素があるのか、どのように生み出されているのかはよくわかっていない。魔法のせい、ファンタジーのせいか、はたまたただの偶然か。


 なんにせよ。


(そのおかげで俺は助かったんだから、よかったのか……?)


 とツカサは思った。


 魔王城は、周囲にいくつもの宇宙船がやってきても、素知らぬ顔で宇宙を漂いつづけている。


 太陽系は、生まれてはじめて注目を浴びようとしていた。






 魔王アザトーとその配下たちは、銀河中に指名手配が行われた。


 だが、結局その足取りはつかめなかった。


 もっとも、その指名手配における懸賞金は最低額であったこと、そもそも銀河連合軍にやる気がなかったことは、少なからず影響していたに違いない。


 あるいは、情報提供者の絵が壊滅的なほどに下手だったから、見つからなかったのかもしれない。






 ツカサは、宇宙港のベンチに座って、指名手配書を見ていた。


 A4いっぱいに描かれている『魔王アザトー』は、魔王というよりコウモリといった感じであり、もっというなら、ゲーミング仕様のコウモリに近い。


 使えるクレヨンを全部使っちゃいましたと言わんばかりの色彩に、ツカサは笑ってしまう。


「でたらめに書いていいとは言ったが……」


「なんですか、これ」


「魔王アザトーの指名手配書」


「これが、ですか。まるで、ロールシャッハテストですね」


 こどもの落書きのような絵は、見る角度によって色を、姿さえをも変える。見る人によっても。


 ツカサは頷いて。


「だとしたら、俺は、アザトーがなりたい自分を描いた姿のように見えるな」


「はあ……。ワタシには、ただのシミ、落書きのようにしか見えませんが」


「AIだからだろ」


「失敬な。ワタシはチューリングテストをも突破した最新鋭AIイズモちゃんですよ?」


「はいはいわかったわかった」


 ツカサは、顔を近づけてくるイズモを適当にあしらい、もう一枚の紙を取りだす。


 それは、何度目かの懐古主義によってリバイバルされた新聞であった。バニラがどうとか高収入がどうとか――宇宙でもいかがわしいお店は大繁盛中――書かれているが、一応まっとうな新聞である。


 見開きには、『魔王城観光資源化か』とある。


 カラーの写真には、魔王城とその前でタコ足をうねらせる宇宙人。それから見切れる形で、黄色いヘルメットをかぶったいかにも土木関係の宇宙人が写っていた。


「あーあそこ、そんなことになってるのですね」


 ツカサの肩ごしにイズモが言った。


「いろんな宇宙人が、戦闘の痕跡を見に来てるらしいぜ」


「ここ一世紀は平和そのものでしたしねえ」


「野次馬ってことかよ」


「それもありますし、何より魔王ですからねえ、みんなどんな戦いか知りたいんですよ」


「そんなもんかね」


 写真の魔王城には大きめの穴が開いている。その穴の間で、写真を撮るのが流行しているらしい。


(アレがディック号のせいで開いたものだって何人が知ってるだろう)


 ちょっと笑いがこみあげてくる。知ったら、みんなびっくりして、写真を消そうとするだろうか、なんて、ツカサは考えるのだった。


「どうして笑っているのですか」


「思い出し笑いだよ」


「……まさかとは思いますが、魔王様のことを狙ってるんですか」


「違うわっ! というか、あんま大声で言うなよ」


「そうでした、魔王様はもう魔王ではないのでした」


 そうだぞ、とツカサは小声で返した。


 アザトーは、亡命者として銀河連合に受け入れられた。異世界からの来訪者であり、謎多き魔王軍のことを知っているということで歓迎されたわけだが。


(あいつが魔王様その人なんだから)


 そりゃあ、魔王軍のことを知っているに決まっている。もちろん、それ相応の地位にいなければおかしいので、アザトーはアザトーの妹「ザダ」と今は名乗っていた。


「ザダさんは今どちらに?」


「俺も詳しいことは知らねえんだが、確か、聴取とかもろもろ終わって、魔法研究所を立ち上げたって話だったかな」


「セイラさんがやってませんでしたっけ」


「あれと統合する形で作ったって聞いたぜ。たしか、連合軍のお偉方を説得したんだとか」


「へえ、ザダさんもやるではないですか」


 ツカサはこの前会ったときのことを思いだす。魔王っぽい服装から、スーツを身にまとう彼女は、あの時の彼女とは比べ物にならないほど大人びていた。


「魔王軍が攻めてくるかもしれないと脅してやったら、お金を出してくれたのだ」


 とザダもといアザトーはにっこり微笑んだ。


(魔王は伊達じゃない)


 心の中で、ツカサは脱帽するのだった。


「ザダさんとセイラさん、いつの日か帰れるといいですね」


「あ、そうだ。帰るときになったら、あの魔王城もいっしょに連れて帰りたいから、手伝ってくれってさ、魔王さま」


「別にいいですよ」


「あれ、意外な返答」


「意外だと思ってるのは人間だけですよ。ワタシたちは、奉仕するために生み出されたんですから」


「でもディック号をバカにするやつは?」


「愚問ですね――大っ嫌いですよ」






 銀河辺境の監視という毒にも薬にもならない仕事を押し付けられた宇宙船ディック号。


「ようするに左遷だよなあ」


「こう考えてください、存分にサボれると」


「暇がないからサボる楽しみがあるわけで――」


 正面から宇宙船がやってくる。ありふれた宇宙船である。ビームフラッグを掲げた宇宙海賊でもなければ、擬態型カイジュウというわけでもない。


 ピカピカと宇宙船が光を放つ。前時代的なら信頼性の高い光通信がやってくる。


『ドーモ、ディック号さん、今日もいい突起物ですね』


「……主砲で狙ってもいいですかね」


「待て待て待て」


 通信はさらにやってくる。


『魔王城での戦いかっこよかったっす!』


「まあ、それほどでもないですが?」


「露骨に機嫌がよくなってる……」


「そりゃあ嬉しいですよ。偉い人は、ワタシのシルエットばっかり隠そうとするんですから」


「<ギブソン>のモザイクは面白かったなあ」


 A級強襲揚陸艦三番艦<ギブスン>は、電子戦に特化している。それを用いたパフォーマンスによって、ディック号は4月1日だけ、モザイクをかけられた。


 インターネットに接続するありとあらゆる媒体のディック号にモザイクがかかった。


 その有り様は、銀河中を笑いの渦に飲みこみ、コールセンターをパンクさせたほどである。


 ――モザイクなのにいかがわしいとはどういうことだ!


 そんな抗議の電話で。


「よくもまあ、言えましたね。そのせいで、ワタシたちはこんなところまで来る羽目になったんですよ?」


 ツカサは肩をすくめて応じる。


「それはそうだが……」


「なんです」


「この船のことをよく言ってもらえることも多くなったし、それでいいんじゃねえかってな」


「艦長がそう言うのでしたら、ワタシはそれでもいいですが」


「ですが?」


「せっかくですし、祝砲とでも行きませんか。あの宇宙船の方々に、ディック号がいかに素晴らしいかを教えて差し上げましょう」


「あ、ちょっと――」


 ツカサの制止のかいなく、強化された主砲にエネルギーが充填していく。あっという間に臨界点に達したエネルギーがどくどく脈打ち、バレルを駆けめぐり――。


 宇宙を真っ白に染め上げた。






 この祝砲によって、不幸にもステルス宇宙船が破壊され、宣戦布告と受け取った宇宙人は銀河連合軍に攻めこんだ。


 銀河を埋めつくさんばかりの大艦隊相手に、宇宙船ディック号が切ったはったの大立ち回りを演じるわけだが、それはまた別のお話。


 


 

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助けてくれたのは、おちんちんだった。銀河最強の宇宙船らしいがホントかよ。 藤原くう @erevestakiba

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