第3話

「うそだよな……」


 ツカサがそう呟いたのには理由がある。


 頼りにしていた主砲の一撃が、魔法城にまったく効果がなかったからだ。


 闇に屹立するかのように、まっすぐ伸びた白い砲身。ぱっくりと割れた大きな銃口から放たれたエネルギーは、ありもしない地面をバウンドし、漆黒を真白に染め上げながら、魔王城へと襲い掛かった。


 それはツカサも見ていた。


 だが、白いエネルギーの塊がぶつかる直前、かがやく魔法陣があらわれたかと思えば、バリアのように展開した。


(障壁のようなものか……?)


 ドラゴンのようにのたうつエネルギーは、卑猥な形状から放たれたとは思えないほどきれいで、力強い。


 しかし、巨大な魔法陣は、割れもしなければ、ちいさくなりもしなかったのだ。


「嘘だと言ってくれ」


 と、ツカサが同じ言葉を繰り返してしまうのも、無理はなかった。


 そうこうしているうちに、迸るエネルギーの勢いは衰え、小便小僧ほどになり、最後には粒子となって消えた。


 暗くなっていたブリッジに、光が戻ってくる。主砲をブッパなすときは、必要最低限のエネルギーしか残されないようになるのだ。循環装置とか重力発生装置とか、トイレのウォシュレットとか。


「効果なし。魔法というやつは、かなり手ごわいようですね」


「冷静に言ってる場合かっ」


「事実なのだからしょうがないです」


「そりゃそうだが、これからどうするよ。白旗でも上げるか?」


「攻撃されるかもしれませんし、ここは素直に帰りましょう。効果がなかったという情報があれば、処罰もないでしょう」


 そんなやりとりをしていると、魔王城に動きがある。


 防御のための巨大魔法陣が、霞と消える。入れ替わるように現れたのは、巨大魔法陣を何十分の一にしたようなちいさな魔法陣。


 それにツカサが気がついた直後、


 魔法陣から細い光線が飛びだした。その赤い糸のようなうねる光線は、ビームなどとは違い、自在にうねっている。そこに意識があると言われても信じられるほどに。


「おいっ!? 攻撃してきたぞ!」


「わかっています」


 エンジンが動きはじめる。ブルリと気だるげに船体がひと揺れ。主砲をぶっ放したディック号がのろのろと前進しはじめる。


「なんで前に行ってるんだ」


「スラスターは後部にあります。前へ進んでループするのが一番効率がいいんです」


「な、なるほど……?」


「あと、攻撃されてるのに、前に突っ込んでくるとは思わないでしょう?」


「……つまり?」


「この船を信じましょう」


「お祈りってことじゃねーか!!」


 ツカサの悲鳴が響いたところで、魔法の雨あられがディック号を揺らした。






 異なるルールで働く魔法が、ザーザー雨のように宇宙船ディック号を打ちつけていく。


 幸いなことに、魔法に対してバリアは有効らしい。新体操のリボンのように、自由自在に動き回るワームビーム(イズモ命名)を受け止めていた。


「案外何とかなるものですね」


「なってんのか、これが……?」


 なんとか言葉を発したツカサは、ブリッジの椅子にへばりついていた。


 ディック号は、ビームを受けるたび、揺れる。その揺れといったら、フェリーなんか比べ物にならない。


(まるで、痙攣(けいれん)しているみたいだ)


 ツカサはそう思ったが、口にする余裕はない。船内は立っていられないほどの揺れに襲われているのだ。両腕をがっしと組んで、不動の態勢で突っ立っているイズモの方がおかしかった。


「無重力状態にいたしますか」


「ちょっと待って、シートベルトを締めるから」


 ツカサは椅子に座り、いかに頑丈そうなベルトをからだに通す。これで、無重力になっても、ぷかぷか浮かぶことはない。


 イズモのカウントダウンとともに、重力発生装置が停止する。体がふわりと浮くような感覚は、ジェットコースターで墜ちているときのものに近い。


「うっぷ。ただでさえ揺れてるってのに」


「しかし、なんとかなっていますね」


「あれは対空砲火みたいなもんなんじゃねえか」


「ワタシもそう考えます」


 対空砲火。迫りくる航空戦力を迎撃するための攻撃。ハリネズミのような攻撃は、カトンボを墜とすには十分だが、宇宙戦艦はずっとタフだ。


「頑丈だからかもな……」


「それは、ワタシが『ディック』に似ているから、という高度な当てこすりでしょうか」


 いつの間にか、近づいてきていたイズモに、ツカサはびっくりした。まるで、ニンジャか何かのようだった。放たれている殺気もふくめて。


「ち、違うっ。考えすぎだ! というか、硬いことをそんなに気にしてるんだよっ!? 戦艦なら硬い方がえらいだろっ」


 ツカサの必死の訴えに、イズモは「ふむ」と考えこむように俯き、


「それもそうですね」


 と、戻っていった。ツカサは安堵の息をもらし。


(こんなんがAIでよく動いてるな、この船)


 そう嘆かずにはいられなかった。






 二人に余裕があるのは、ひとえに、船体が揺れるだけでたいして影響がなかったからだ。


 バリアがみるみるうちに剥がされていくのであれば、ツカサもイズモもじゃれ合おうとはしなかっただろう。


 それに、ディック号には敵のエネルギーを測定する機能がある。大規模なエネルギーを感知すると、甲高い音を上げるというやつ。そいつが鳴ってないし、危険はないだろう、このまま方向転換できるだろう――ツカサはそう考えていた。


 ブーッと音が鳴った。


 ツカサとイズモは顔を見合わせる。


 その音こそ、高エネルギーを検知したという警報音である。


「なっ――」


 ブリッジに鳴りひびく警報音。モニターを見るに、前方でエネルギーの高まりを発見したらしい。


 前方には魔王城がある。


 その魔王城には、ひときわ大きな魔法陣が描かれていようとしていた。先ほど、主砲の一撃を受け止めたものよりもさらに大きな、特大魔法陣。それは真っ赤で、不気味だ。


(見えない巨人が描いているみたいだ)


 とツカサが思ってしまうほどに大きく、どういう理屈で生み出されているのか皆目見当もつかない。


 だが、神秘的であり、何か圧倒的な力を感じずにはいられなかった。


 ツカサが見とれている間にも、魔法陣は描かれていく。魔法の雨が止むことはない。いやむしろ、魔法陣生成を妨害されないよう、雨は勢いを増しているようにさえ感じられた。


「魔法エネルギーの増大を確認。どでかいの来ます」


「どでかいってどのくらい」


「不明。しかし、回避運動に入ります」


 宇宙船が急激に加速する。本来急加速はしてはいけないことになっている。――今のツカサのように、シートに押し付けられることになるから。


 無重力空間にあっても、加速すれば見えない力――加速度のG――に押し付けられることになる。ぷにぷにな皮膚におおわれた宇宙生物にとっては、なによりも苦しい時間だ。

 

(こんなんなら、俺らが乗る必要あるか……)


 お相撲さんのような力に押さえつけられながら、ツカサはそう思ったりもする。だがそういうわけにもいかないということも知っていた。


 ディック号が、地球人のアレそっくりだと言われたときのことを思いだせば、AIなんか簡単に反旗をひるがえすに違いないのだから。


 雨の隙間を縫うようにして、ディック号は宇宙を舞う。その動きといったら、チョウのようにふわふわしているかと思えば、次の瞬間には、サメのように機敏に動いている。


 そのすべてを、両腕を組み、直立不動のイズモが行っている。


「エネルギーの増大を確認。敵の攻撃来ます」


 地球ほどの巨大な城がかすむほど大きな魔法陣が波打つ。ぴかりと光った瞬間、そこから眩いエネルギーが飛びだした。






 その攻撃をどう形容したらよいのか、ツカサにはわからなかった。


 北欧神話に出てくるトールが持つハンマーのよう――というのは月並みすぎるか。


 宇宙を駆ける稲妻……というにはあまりに太いビーム。ディック号が放ったそれがポークピッツに思えてしまうほどの一撃は、ディック号をかすめていく。


 かすめただけなのに、ブリッジのネオ強化ガラスがビリビリ震えていた。空気がないのに、である。


 ガラスだけではない。船体もガタガタと恐怖するように震えた。


「空気がないはず、なぜ」


「未知の物質を検知。それが、余波となって襲い掛かってきてます」


「そんなことまでわかるのか」


「肯定。しかし、すさまじい威力です。船体表面一兆℃を突破」


 どのくらいか、ツカサにはピンとこない。某宇宙人の攻撃と同じ温度と言われてやっとわかった。


「まあ、機器の故障でしょう。そのような温度になったら、ディック号はでろんでろんどころか、消し炭になっていますよ」


「なんだ。ってか余裕だな」


「回避できていますから。いくらか余波でバリアが傷ついていますが……」


 みれば、宇宙船を覆っていた0.01ミリほどのメチャ薄バリアが、消えかかろうとしていた。かすめただけでこの一撃、たとえ、一兆℃でなくても、こんな卑猥戦艦なんかたやすく融かされてしまうのではないか。


 ツカサはぶるりとからだを震え上がらせた。


「雨が止んでいる間に帰りましょう。方向転換はすんでいます」


 いかがしますか、と言わんばかりに、イズモがツカサを見てきた。その目にはガラス玉のように透きとおっている。


「よし、帰ろう。今すぐ帰ろう」


「了解」


 わずかに左曲がりの主砲を銀河の中心へ向けたディック号は、加速しはじめるのだった。

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