第4話
「――だいたいわかったわ」
そう言って、メア少将が報告書をテーブルに置いた。銀河連合軍では十周くらいして、また紙媒体が用いられるようになっていた。
「それで、俺たちはどうすればいいんだ?」
「簡単よ。もう一回行きなさい」
「はあ!? 俺たちに死ねっていうのかよっ!」
ツカサは報告書をつかみ取り、ペラペラめくり、バンっと叩きつける。広げられたページには、写真が貼りつけられている。
そこには、主砲を受け止める魔法陣と、魔法陣から放たれる極太ビーム――クェイサービーム(イズモ命名)がよく写っていた。
あと、端っこに見切れたディック号にはモザイクがかかっていた。そのことに怒髪冠をつくいきおいのイズモは、口を開こうともしない。いつ彼女の怒りが爆発するのかわからないのが、ツカサはおそろしかった。
メアは興味なさそうに、ツカサが開いたページを見て、
「ふむ。防御が厚く、強力な武器を有していると」
「そうだ。こんなもん、俺たちだけでなんとかなる問題じゃない。すくなくとも、一個船団はほしい」
一個船団とは、宇宙を旅するのに必要最低限な宇宙船の集まりだ。長期的な作戦を要する際に用いられる。
――よくわからないって? 大丈夫、ツカサもよくわからないで言っている。
「ヒラの兵士にそんな権限が与えられると思うのか?」
せせら笑いが返ってきて、ツカサは腹が立ってくる。出された冷たいグリーンティーをあおるように飲む。砂糖が限界までぶち込まれたそれは、吐き気がこみあげるほど甘い。
「それにだ。先方から苦情が来ている」
「苦情、ですか。向こうが宣戦布告してきたというのに?」
「ああ。これを聞いてくれ」
ピコンと音が鳴り、魔王アザトーの通信――魔法によって、機密回線に割り込んできたお気持ち通信――が再生される。
『あーあーこれ聞こえてるのじゃか?』
ガチャンと一度、通信が切れる。それから、ガチャンと再び通信がやってきて。
『先ほど、うちの近くを通りすぎていきやがった猥褻物につぐ。カットしてやるから今すぐ出てこいっ!! あんな汚らしいものを童の前にぶら下げやがって、ぜったいぜったい、許さないからなー!』
ツカサは唖然として、魔王さまの威厳に満ちた子どもっぽい罵詈雑言を聞いていた。
それは五分ほど続いたが、途中でブツンと切れた。
「これで終わりですか」
「ええ、向こうさんが切ってね。あるいは、勝手に切れたか」
「わからないということですね」
とイズモがいえば、メアが肩をすくめた。
「あっちの都合はどうだっていいんだよっ。アイツら、ディック号のことを猥褻物呼ばわりしやがって……!」
ツカサはテーブルにこぶしを叩きつける。グラスから緑茶のしずくが飛び散った。
隣に座るイズモを見れば、銀河ハイオクがなみなみ注がれたグラスを両手に持って、ちびちび飲んでいる。
「バカにされてるってのに、いつもより冷静だな」
「なぜ怒らなければいけないのでしょう? 魔王とやらの前を、全裸のオスが通り過ぎていっただけなのでは?」
「ちげーよ! 俺たちの船が言われてたんだよっ」
「そんなまさか。だとしたら絶対許しませんよ。あの城にでっかい穴を開けてやりますからね」
ぐぐぐっとイズモが力をこめる。特殊合金製のグラスが、ベキベキと悲鳴を上げて、メアがため息をついた。
「とにかくだ。そういうことだから、お前たちが適任なんだよ」
「適任って、アイツらが怒った原因が俺らにあるっていうつもりだったら――」
「さすがにそこまでは言わんよ。だが、お前たちは目立つだろう?」
「…………」
否定しようとしたが、ツカサはできなかった。そう、ディック号は目立つ。めちゃくちゃ目立つ。だって、特徴的な姿をしているから。
銀河の半数が、地球人の男性器がどんなものかを知っているのだ。――『ディック号=おちんちん』という等式で。
「おとりというわけですか」
「そういうことになるな。データは見させてもらったが、あれを見過ごすわけにはいかん」
ホログラムがポンっと現れる。それは、どこにどんな文明圏が存在しているかを表した星の地図。魔王城を表す禍々しい光点が、移動していくたびに、赤い範囲で示された被害予想が、ミルキーウェイを染めていく。
「魔王アザトーと、彼女が率いる軍隊を敵と認定する。だが、すぐには動けない。だからこそ、お前らに働いてもらう。……お前らは出来損ないのクズでダメなやつらだが、この際、なりふり構っていられないからな」
疲れ切った目を二人へ向けて、メアは吐きすてた。
「ひどいよな、こともあろうに、俺たちのことを出来損ない扱いするなんて」
メアとの話を終えたツカサとイズモは、ディック号へと戻った。
秘密会談の間に、AIによる宇宙船修復プログラムは完遂されており、傷ついたディック号は新品同様に戻っている。
主砲の砲身は磨きあげられすぎて、ピカピカ光っていたが。
「惑星ひとつ吹き飛ばしてますからねえ」
「その話はしないでくれ。それに! その主砲でも全然だったじゃねえか」
「そうなんですよねえ」
イズモが、ディック号をディック号たらしめている長い砲身を見上げた。
ブラックホール・キャノン。あるいは縮退砲。
その威力は、ツカサも知っている。小さな星くらいならカンタンに消し飛ばせた。というか、消し飛ばした。
だが、あの魔王城には無力だった。
「魔法陣が頑丈なのか、コイツの威力が全然なのか……」
「前者でしょうね。もしかしたら、魔法だから効き目が薄いのかもしれません。科学と魔法というものは、元来、相性が悪いものとされていますから」
「そうなの?」
「そうなのです。なので、魔力的な攻撃をするべきなのですが」
「その方法かあ」
ツカサは考えてみる。ぽくぽくぽくと、頭を叩きながら。
しばらくツカサとイズモは考えていたが。
「まったく思いつかねえ。そっちは?」
「この、虹色の脳細胞でも妙案が出てこないとは……」
「いや、イズモに脳細胞はねーだろ」
「ありますよ。あなた方のような有機的なものではありませんが、レインボーに光り輝く多層量子チップが、メインコンピュータには搭載されています」
ツカサの頭のなかで、暗闇の中でミラーボールのような光を放っているサーバーが浮かぶ。
(ゲーミングデバイスの何百倍もやかましそう)
とツカサはくすりと笑った。
「そのレインボーな頭でどうにかできないのかよ」
「そうですねえ。正直思いつかないので」
ブリッジにホログラムが浮かびあがる。板のような窓のようなそのホログラムには、20チャンの文字。
「『おはようから超越生命体の殺し方まで』――ってなんだよこれ」
「銀河ネットワーク一の匿名掲示板です」
「なんでそんなとこに……」
「集合知のお力を借りようかと思いまして」
「AIが?」
「実は、ここ、AIも紛れ込んでいるんですよ」
「イズモも」
「もちろんです」
おおきく頷いたイズモを見て、ツカサはため息をつく。
(こんなんで、何かいいアイデアが見つかるのかね)
と、不安になるツカサをよそに、イズモの目は、更新されていくスレッドを追いかけている。
『突然出てきた魔王城硬すぎなんだがw』
そんなスレッドが立ったのは、魔王城という存在が、まだ銀河連合軍の上層部で隠匿されていた間のこと。一兵卒からトイレの清掃員までだれも知らないはずの極秘情報が、どこから流出したのかと、掲示板や軍内でも一時期話題となった。
なんてことはない、イズモがスレ主だったからである。
ただ、普通であれば、釣り認定されたことだろう。ツカサだって口にしていたように『この宇宙時代に魔王城って(笑)』と。
だが、スーパーウルトラハイパーメガAIことイズモは、そんなのお見通し、と言わんばかりに、動画を添付していた。
戦闘中の記録であるそれは、銀河連合軍の上層部にも提出したやつであり、掲示板の住民は信じざるを得なかった。
そうして、お祭り騒ぎとなった。
「よくこんなの目で追えるなあ」
ツカサの知っている掲示板と、20チャンは一緒だった。
(知的生命体は似たような進化をとげるってホントなんだな……)
宇宙人でもレスバしているという、しょーもない事実に唖然としながら、ツカサは思った。
だが、ツカサの知っているそれと、レスの流れていく速度が違う。原チャと宇宙船くらい差があった。
地球人の目では追いきれないどころか、なんて書いてあるのかさえ判別できないほど、スレは勢いづいていた。
「今日は特別速いですよ。異次元からの侵略者なんて、嫌いなやつを探すほうが難しい」
「魔王さまって異次元からやってきたのか……?」
「おそらく、ワタシの知るかぎり、この世界に魔王と呼ばれる存在はいません。もちろん(自称)は除きますが」
ツカサはブリッジを見まわす。空中に浮かぶホログラム、遠隔操作されている
「魔王なんていないのが普通か」
「あちらからすれば、こっちは異常でしょうね。科学の代わりに魔法が存在している世界から来たでしょうから」
「魔法ねえ、そいつらなら、常時モザイクをかける魔法とか知らねえかなあ」
「そんなので隠したら、いかがわしさが増すだけですよ――あ」
イズモの指が動く。空中を叩くような動きは、タイピングのそれである。ネットの海に接続しっぱなしの彼女は、タイピングする必要はないと、ツカサは前に聞いたことがあった。じゃあ、なんでしているのか。
――こっちのほうが、仕事をやっている感じがあるでしょう?
と返されて、イズモは困惑したものだ。
(でも、確かに直立不動で空を睨んでるばかりだったら、仕事してるかしてないかわかりにくいよなあ)
なんて、考えていれば。
ッターン。
イズモが、ホモサピエンスの目には見えないエンターキーを叩いた。
「見つけました」
「何を?」
「ウィッチですよ」
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