第5話

「ウイッチって魔女だよな。ってことは、魔法が使えるやつなのか」


 半信半疑でツカサが問いかければ、イズモが頷いた。


「えっと冗談とかじゃなくて、マジで言ってる?」


「マジじゃなかったことが一度でもありましたか」


「俺のプリンを勝手に食ったとき……とか」


「先に食べたのはそちらだと、ワタシは記憶しているのですが」


 言ってからツカサは、藪をつついたのに気がついた。だが、イズモは、プリン騒動のことをまったく蒸し返さずに言葉を続ける。


「そんなことよりも、このウィッチなる女性は『やっと、私の研究を裏付ける証拠が出たか』と発言しています」


 イズモが、ホログラムをフリスビーのように投げてくる。それを股の間で挟むようにキャッチしたツカサは、手に取り読んでみる。


「なるほど確かに」


 連投して、ユーザー名が真っ赤になっているのがウィッチだ。


「……頭がおかしいやつなんじゃないか?」


「ワタシも気になりまして、過去の投稿をさかのぼってみました」


「その結果は」


「見事に魔法の存在を訴える書き込みばかりです。もちろん、煽られていますね」


「だよなあ」


 魔法が存在する、と素面で言っているとしたら、何かよくないものが見えているに違いない。


「しかし、科学者というのは頭がおかしいものです。――もちろん、誉め言葉ですが」


「こんな形の宇宙船をつくるくらいだもんな」


 うっかりこぼしたツカサの腹部に、鋼鉄のキックが突きささる。無重力空間でも、めちゃくちゃ痛かった。






 さて、そのウィッチが住んでいるのは、サジタリウス星系の端の端の惑星らしいことがわかった。


 どうしてわかったといえば、レスのIPアドレスから、プロパイダを特定し、ハッキング。ウィッチの住所を盗み見た。


「情報開示なんかしてたら、魔王軍がやってきますからね。コラテラルダメージってやつです」


「……やっぱハッキングできてるだけでもすげえと思うけどなあ」


「<ギブスン>ほどではありませんから、自慢にもなりませんよ」


「妹だっけ?」


「ええ、情報戦特化のA級戦艦三番艦です」


「いろんな種類があるんだなあ」


「ワタシだけですけどね、こんなかたちをしてる船は」


「ははは……」


 鉄板の自虐ネタに、ツカサは乾いた笑いしか返せなかった。こういうとき、どうすればいいのかわからなくて、古代の至言に頼ることしかできなかった。


 ――わらえばいいとおもうよ。


 地獄のような空気となったブリッジのことは、素知らぬ顔で宇宙船ディック号は宇宙(うみ)を進む。


 今、ブラックホールエンジンは唸りに唸りを上げている。球体ふたつは、排熱のために膨れ上がり、くるくる回転していた。ゴールデンボールと揶揄する声は、この二機のエンジンからきている。


 速度を上げるディック号。そのうちに、青いワープゲートが打ち出され、突っ込んでいく。


 ワープゲートは、ある程度の速度がないと宇宙船がベコベコになってしまう。細長い船体のディック号だと、砲身が「へ」の字におれてしまうリスクがある。だから、最大船速で突入する必要があった。


 ワープはすぐに終わりを迎える。オレンジ色の光が霧散すれば、そこはサジタリウス星系。見たことない星々が、見たことのない並び方をしている。


「いつも思うんだが、ワープなのに、ワープって感じしないよな」


「吐き気とか、イヌ型生命体とかがいてほしいんですか」


「そういうわけじゃないが……」


(なんか、物足りないんだよなあ)


 とツカサは思わずにはいられなかった。






 ツカサの目の前にある扉は、ふつーの扉だ。金属の上から、淡いブルーの塗装が施されたそのとびらには、普通じゃない看板がぶら下がっている。


『魔法研究所はこちら!』


 そんなプレートは、傾きはじめた日の光を浴びて、やわらかく光っている。


 ツカサはイズモを見る。


「艦長、ベルを押してください」


「どうして俺が……」


「最高責任者だからです」


「じゃあ、最高責任者として副官のイズモに命じる。――ベルを押せ」


 イズモが、両の手を上げて、ファイティングポーズ。その目はツカサではなく、その向こうのドアベルへ向けられていた。


 そのこぶしが、ドアベルをぶん殴れば、ボロボロのそれはたやすくぶっ壊れ、それどころか壁にも穴が開くに違いない。


 一瞬にしてそれを悟ったツカサは、ため息を一つして、押した。


 ピンポーン。


 間の抜けた音が鳴りひびいて少し、バタバタと足音が近づいてきて。


 ばーんと勢いよく開いた扉の向こうには、いかにも魔女といった風貌の女性が――いなかった。


「こんな朝っぱらになんのよう……」


 Tシャツにジーパン姿の生活感あふれる女性だった。






「よくぞ参った、勇者たちよっ!」


 と、ローブをまとった女性が言った。ツカサは、その女性を上から下まで見てみる。ローブは確かに魔女っぽい。寝癖をすっぽり覆い隠している三角帽子も。致命的なのはローブの下。Tシャツにジーパンで、これでは出来損ないのコスプレだ。


 返事がなかったことが悲しかったのか、女性が肩を落とす。彼女の首からは、『セイラ』というネームプレートがぶらさがっていた。


「セイラさんであってますか?」


「ど、どうしてわたくしの名前を!? もしや、隠匿魔法で姿を消していたのは、あなたたち――」


「名札に書いてありますが」


「あ、そう」


 勢いよく立ち上がったセイラが、すとんと腰を下ろす。イズモとセイラがそのようなやり取りをしているのを横目に、ツカサは部屋を見まわす。


(どっからどう見ても、個人の家だよなあ)


 すくなくとも研究室のようには見えない。ワンルームの、広くはないへや。ベッドの下に押し込められた服やらブラジャー、ぬいぐるみ、折りたたみテーブルと、紙コップ三つ。


 ツカサは、紙コップを手に取る。中にはシュワシュワ弾ける炭酸がなみなみ注がれていた。


 飲んでみれば、ありとあらゆる味覚がごちゃ混ぜになったような味がした。言葉にはできない味とは、まさにこのこと。


「うわっ、まっず」


「マズいとはなんですかっ!? この飲み物は、選ばれし天才にのみ飲むことが許される知的飲料なんですよっ!」


「ふむ」


 イズモは紙コップに口をつけ、一息に飲んでいく。その表情は一片の変化もすることなく、最後の一滴まで飲み干した。


「これは、あまり市場に出回っていない、炭酸飲料ですね。『ペッパー・ビア』でしょうか」


 ツカサは紙コップの中の液体を見つめる。湿布と杏仁豆腐とココアがまざったようなキツイにおいがした。


「銀河一マズいともっぱらの噂のドリンクですね」


「マズくないもん、おいしいもん!」


 セイラは、紙コップをひったくると、ゴクゴクとあおるように一気飲み。見ているツカサがほれぼれしてしまうほどの飲みっぷりであった。


(そんなの飲んでるから、頭がおかしくなるんじゃ……)


 ツカサはそう思わずにはいられなかった。






「それで、なんのようですか」


「魔法のことについて研究されていると聞きまして」


「それが?」


 先ほどまでの明るさが嘘のように、セイラの機嫌は悪かった。好きなジュースを『銀河一マズい』と言われてへそを曲げたらしい。


 それは、ツカサの隣に座るイズモもわかっているはずだが、悪びれる様子はまったくない。いつも通りの無表情。


「どうして私が、魔法のことを話さなきゃなの? それも、あなたたちに」


 『あなたたち』の部分だけ、セイラの声は大きかった。女性の機微とかよくわからないツカサにだって、それが嫌味なことくらいわかった。


(どうしたもんか)


 と考えているツカサをよそに、イズモがセイラの言葉に返事する。


「魔法の対処法について教えてもらいたいのです」


「だから、どうしてって言ってるじゃん」


「それは、機密保持の観点からお話しすることはできません」


「なによそれ、じゃあ、私も教えないから」


 セイラがふんっと顔を背ける。そんな彼女を、イズモは無表情にじっと見つめている。


 だが、隣に座っているツカサにはわかる。いや、隣に座っておらずとも、ここ一か月ほどいっしょにいたツカサには、イズモがどう思って、次にどうしようとするのか、なんとなくわかった。


 イズモは、握り締めたこぶしをギリギリ鳴らし、人工的な筋肉に力をこめ、今にもとびかからんとしている。


 ツカサはため息をつく。


(少将の気持ちがなんとなくわかるな)


 と、ツカサは納得していたが、彼自身もまたメア少将の胃痛の原因であることには気がついていなかった。


 それはさておき。


「あー、イズモ」


 ツカサはイズモの耳元に顔を近づけて、囁く。


「なんでしょうか。あと十秒で彼女を制圧するつもりだったのですが」


「制圧て。それより、素直に話していいんじゃないか」


「しかし、機密情報に類します」


「ネットに書き込んどいて機密もへったくれもないだろ」


 イズモはきっかり五秒考えこみ、ポンと手を打った。


「確かに」


「というか、なんで書き込むときは考えなかったんだよっ」


「必要なことだと思いましたので」


「さよか……」


 ツカサは諦めてため息をつき、セイラの方を見た。


「な、なんですか。私を拷問する算段でもつけたんですかっ!?」


「いや、違うって。ただ、アンタに魔王城の突破方法を教えてほしいってだけだ」


 ツカサの言葉に、セイラは信じられないとばかりにまばたきを繰りかえした。






「そういうことだったら、最初から言ってくれたらよかったのに」


 と、無数のホログラムに目を通しながらセイラが言った。


「魔法の対処法を教えてほしいと、ワタシはきちんと言いました」


 数十分前に、イズモが発した言葉が、イズモのおなかのあたりから発せられた。まるで、録音していたものを、腹部スピーカーから発したかのように。


「魔王城とは一言も言いませんでした」


「むむむ」


「とにかく」ツカサは、二人の会話に割り込んだ。「どうにかできるか?」


 ツカサは、ホログラムを指さす。そこには、魔王城の攻撃と防御の映像が映しだされている。それが、ネットの海でお祭り騒ぎとなっているスレッドのものと一致していることに、セイラの口が広がる。それがオリジナルだとわかって、セイラは興奮したようにホログラムをつかんだ。


「こ、これっ。もしやあなた方が……?」


「まあな」


「へー! じゃ、じゃあですよ。ここに映ってる卑猥戦艦のこともなにかご存じですかっ!!」


 言われてツカサは、ホログラムを見る。なるほど確かに、白くて長い砲身がところどころに映り込んでいた。映像は、船体後部のブリッジから撮影されており、どうしても、でっかいブツが入ってしまうのだ。


「…………」


 隣のイズモが無言で、こぶしを構えた。


 どうどうどう、とツカサが制止してなければ、アンドロイドの100トンのパンチが、セイラの頭を吹っ飛ばしていただろう。


「俺とこのイズモが、動かしてんだよ」


「うわあ! ついにミームになってるディック号と出会えました。握手お願いします握手」


 そのくらいならば、とツカサは握手に応じようと手を伸ばす。が、その手はいっこうに握りしめられない。


 セイラを見れば、不思議そうな顔をしている。


「あなたがディック号なのですか?」


「そんなわけあるかっ!?」


「ミームによれば、ディック号はイカしたナイスガイで、いつも厳めしい顔していているが、いかがわしいことを考えて、イカくさいって」


 セイラが、パソコンを何度か操作し、そこに表示されたサイトを指す。確かに、そのようなことが書かれていた。


(俺たちこんなふうに思われているのか……)


 そう思うと、ツカサはちょっぴり悲しくなった。だがその悲しみも、すぐに怒りの波に飲みこまれて、消えていく。


 こぶしを振り上げ、怒りの声を上げようとした瞬間、パソコンがバチバチと音を立てた。閃光が飛び散り、プスプスと黒煙が上がる。響くセイラの悲鳴。


 隣を見れば、イズモは目を細めて、笑っていた。


「おまっ、何かしたな」


「いえ何も」


「嘘つけ」


「本当に、ちょっと問題を解いてもらおうとしただけで、まさか火を噴くとは」


「やってんじゃねーかっ!?」






 ツカサはセイラに事情を話した。


 こちらのアンドロイドが、あなたのパソコンをハッキングし、宇宙の謎を計算によって求めようとした疑いがある……と。


(怒られるだろうなあ)


 とツカサは思っていた。だが、実際は違った。


 セイラは目を輝かせ、パソコンをぶっ壊したAIを見て。


「それも魔法なんですか?」


「魔法ではなく、純然たる科学技術の粋を集めたAIです、どうも」


 イズモは頭を下げる。いつも通りの深い一礼だが、言葉はいつもよりも鋭利。


(こっちは間違いなく怒ってんな……)


 頭が痛くなってきたツカサは、眉間をもみもみ。


「あー、それで、どうだ。どうにかできそうか?」


「あ、はい。多分ですけど。魔力的な力を持った攻撃をすればなんとか」


「それはワタシも考えました。ですが、具体的な方法は?」


「えっと、その」


 困ったようにセイラは目を伏せた。イズモの無言の圧力に負けてしまったのかとツカサは思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「なにか、話せない理由でもあるのか?」


「……バカにしませんか」


「あなたはディック号(ワタシ)をバカに――」


「静かにしてろっ」


 と、ツカサはイズモの口をふさぐ。セイラににっこり笑みを向けて。


「しないさ。俺たちだってバカにされてるからな」


 早口でツカサがいえば、セイラはもじもじソワソワしはじめる。話すか話すまいか悩むかのように。


 少しして、セイラの口が開く。


「私っ、魔女なんです!!」

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