第1話

「出ろ」


 そう言われて、ハムロ・ツカサは檻の中から出た。ひさしぶりに光を浴びたツカサは、天井から降り注ぐ白色光を見上げる。


「やっと、俺の無実を信じてくれたか」


 だが、返事はない。ツカサはため息をつく。


「なあ、ホントに向こうが悪いんだって。いきなり『チンチン!』だとか『お前の宇宙船は地球人のイチモツに似てるよな』って言われたら、だれだって怒りたくなるだろ」


「…………」


「言うだけムダか。じゃあ教えてくれ、俺はどこに連れていかれるんだ?」


 やはり返事はなかった。






 ツカサがいたのは懲罰ちょうばつ部屋だった。


 宇宙時代といえどもそういった部屋は存在しており、なぜツカサがぶちこまれたかといえば、スペース居酒屋で大喧嘩になったからである。


(ちょっとやりすぎたかなあ)


 ツカサのなかにも後悔があった。バカにされたからといって、ビール瓶で殴ったのは流石にやりすぎだったかもしれない。だが、それくらいしなければ、甲殻類の頭をかち割ることはできなかっただろう。


 ケンカした相手は、真っ赤なザリガニである。いや、地球人からすれば、アメリカザリガニにしか見えない宇宙人だった。


 付けくわえるなら、アメリカザリガニだった。






 手錠は外されているので、逃げ出そうと思えばいつでも逃げだせた。だが、何をされるか、わかったものじゃない。


(みょーな雰囲気してんだよな)


 手錠を外した男は、真っ黒な制服に身を包んでいる。ただようオーラはまるで死神だ。逃げだそうとすれば、腰にぶら下げた銃で、サイコロステーキにされそう。


 不承不承、ツカサは男の後についていく。


 迷路のようにくねりにくねった廊下を長いこと歩いて、ようやく男は立ち止まった。


「ここだ」


 男の前には扉があった。大きくていかにも高級そうな装飾が施されているその扉の先には、偉い人かボスでも待ってそうである。


「ここは?」


「あの方が、お前を待っている」


「あの方……?」


 ツカサの問いかけに、答えはない。男はロボットであるかのように、立ち尽くしている。


 ツカサは肩をすくめて、そうかい、と扉のノブに手をかけた。






 中に入ればそこは、シンプルながらも豪奢な部屋。入ったこともないような部屋だが、トロフィーやら表彰状やらがいくつも飾られている。


(偉いやつの部屋か……?)


 ツカサがきょろきょろ辺りを見まわせば、見知った声がした。


「お久しぶりです、艦長」


 声がした方を見れば、ソファに少女が座っていた。彼女が立ち上がれば、かすかに電動モーターが軋む音がする。


 彼女のはイズモ。ディック号を管理・運用するAIである。


「イズモまで呼ばれたってことは」


「ええ、ワタシが必要となったようです」


 ツカサはイズモから視線をそらし、前方の、背を向けている人物を見た。


 椅子がくるりと回転し、そこに座っている女性がツカサたちを向く。


 勲章がぶら下がった上着を肩から掛けた女性は、


「君たちにやってもらいたいことがある」


 と切り出した。


 そのよく切れるナイフみたいな精悍な顔、ハスキーな声で、ツカサは彼女の名前を思いだした。


「げえっ!? あ、あんたメア少将か!」


 女性にして、少将――これより偉い人は数えるほどしかいない――に上りつめた女傑中の女傑。入隊したばかりのツカサでも知っているくらいには有名だった。


 そんなメアは眉間にしわを寄せ、


「いかにもその通りだが、もう少し、礼儀というものをわきまえてはくれないか」


 メアは少将、ツカサは少尉。どのくらい差があるかといえば、横綱と幕内、カニとカニカマ、パラワンオオヒラタクワガタとコクワガタくらい違う。


 そんな殿上人てんじょうびとを『アンタ』などと呼んだら、そりゃあ怒られる。怒られるどころで済んだのはいい方で、プッチンしやすいあのアメリカザリガニだったら、ストリートファイトが始まっていただろう。


 ツカサは、すいません、と頭を下げる。メアがひらりと手を振った。


「そんなことはどうでもいい。とにかく、てんでダメダメな君たちに依頼したことがあるのだ」


「おいおい、ダメダメて、言い方ってもんがあろうが」


「チンチン呼ばわりされただけで、惑星一つ消し去ったにも関わらず、よく言えたものだな」


「…………」


 ツカサは何も言えなかった。信じられないことに、事実だった。


「メア少将」


 助け舟を出すように、イズミが口を挟む。

 

「なんだ」


「艦長はダメダメかもしれません。確かに、原住民から『チンチン』と指さされたことを、バカにされたと考え、主砲を発射したのは紛れもない事実です」


「おいっ。なんで説明してんだっ!」


「――ですが、ワタシにはなんの落ち目もありません」


 イズモが無表情でいう。ただただ事実を伝えようとしただけというふりをしているが、そうじゃないとツカサにはわかる。


(コイツ、自分だけ助かろうとしてるな!?)


 ツカサは、イズモの人工皮膚におおわれた脚をひっぱろうと、ありったけの罵詈雑言を脳内辞書から引っ張り出して、口を開こうとした。だが、それよりも早くメアが言葉を発する。


「いや関係あるな。まず一つ、君は、艦長をサポートするのが仕事のはずだ。であるならば、ハムロ少尉の暴走を止めるべきだった」


「……それはそうですが」


「もうひとつ。――君の宇宙船は、あまりに注目を浴びすぎる」


 ポンという音ともに、ホログラムが浮かびあがる。


 それは一隻の宇宙船だ。ひとつの棒に、ふたつの球体をくっつけたような見た目だ。


 あるいは、地球という今は亡き惑星に生息していたという知的生命体の男性器そっくり。


 船首――棒の先端側だ――には、左から『でぃっく号』と書かれている。


 この、奇妙で風変わりでスケベな宇宙戦艦を誰が使うというか。


 言うまでもなく、ここに集められたツカサとイズモであった。






 ツカサとイズモは、揃ったようにメアへ文句を吐きだした。


「なにを言いたいのですか、メア少将?」


「いやね、苦情が多いんだ。『あの船は景観を損なう』だの『目が腐りそうになる』だのね。――私が言っているわけではないから、そのこぶしは降ろしてくれないか」


 イズモは渋々といった調子で、鋼鉄のこぶしを収めた。かわりにツカサがローテーブルをバンバン叩く。


「あんたたちがつくったんでしょーが!」


「正確には、メカニックが、だが。それに彼らを責めないでほしいわ。まさか、地球人の――ふふふっ――アレと一緒だなんて」


「あーもう怒りましたっ、軍の偉い人まで俺たちの船をバカにするなんて――クーデターしてやるからなっ!!」


「まあまあ、落ち着いてください」


 と言ったのはイズモ。彼女はすました表情で、出されていた液化ヘリウムを飲み下し。


「その前に、主砲一発ケツにぶち込んでやりましょう。そうしたら、文句の一つも言えなくなるでしょう」


 そりゃあいいな、とツカサはイズモとハイタッチ。


 不意に、鳴りひびく銃声。耳がぶっ壊れてしまうような音に、ツカサは飛びあがった。


 音がした方――メアを見れば、どこに隠し持っていたのか、ごっついリボルバーを手にしていた。


「いいから聞け! このバカヤローどもっ!!」


 煙をくゆらせる拳銃を前に、ツカサはガクガク頷いた。






「お前たちには魔王城へ行ってもらう」


「はあ」


 斜めになっていたメガネをかけなおしたメアが、ツカサを睨む。


「さては信じてないな?」


「そりゃそーでしょうよ。いきなり魔王城って、今をいつだと思ってんですか。20XX年ですよ? それが魔王って。ちゃんちゃらおかしい」


「……穴を増やしてやろうか?」


「冗談っす。わかってるっす」


 うっすうっすとツカサが何度も頭を下げれば、メアはため息まじりにリボルバーを下した。


「魔王というのが、本当だとして、それがいったいどうしたのですか」


「そうだな……これを見てくれ」


 またしてもホログラムが出現する。そこに映しだされたのは、一つのお城である。


「あ、これ、ワタシが艦長を拾ったとき、近くにあったやつですよ」


「そうなのか? 知らなかったんだけど」


 ツカサは、ポリポリと頭をかく。イズモに拾われたときの記憶はまったくない。後から地球がなくなったと聞いてびっくりしたくらいなのだ。


(つーか、なんで俺だけが助かったんだ?)


 と、ツカサはそう思わずにはいられなかった。覚えていることといったら、逆三角形の建物の中で、一冊の同人誌をめぐって押し合いへし合いしてたことくらいなのだ。なんにも覚えていないのと一緒だった。


「ああ、突如地球圏へ出現したその構造体を、私たちは魔王城と呼称することにした」


「どうしてまた」


「そこにいるやつが、魔王と名乗ったからだよ。――音声を」


 と、メアがいえば、魔王城から発せられた音声が再生される。「童は魔王アザトー」うんぬん。


 それを聞いたツカサの脳内に電流が駆けめぐる。浮かびあがるシルエットは、ちょっとツンケンしたところのある少女。


「かわいい声……12歳くらいか」


「うわぁ」


 棒読みの声がイズモの口から飛びだした。


「なんだよ、あ、手を出さないから安心しろ」


「ハムロ少尉の気持ち悪い感想はさておき」

「さておくなよ!」

「……このアザトーというやつを殲滅してきてくれ」


「はあ……宣戦布告してきているやつを暗殺してこい、と?」


「別に暗殺じゃなくてもいい」


「ムリですね。魔法という未知なる手段を用いるやつに挑めだなんて、銀河連合軍はいつから自殺志願者になったのですか」


 イズモがそう言って立ち上がろうとする。そんな彼女へ向けられるメアの視線はツララのよう。ツカサの体は睨まれてもいないのに、ぞわりと恐怖を感じた。


「それなら、ツカサは反逆罪で牢屋へ逆戻り。A級強襲揚陸艦一番艦<ディック>ならびに、その中枢AIである君は、再びスクラップ処分となるが」


了解イエッサー、行きましょうやりましょう」


「かっる!? そんなに自分の命が大切なのかよっ」


「なに当たり前のことを言ってるんですか、浣腸じゃなくて艦長、早く行きますよ」


「おい引っ張るな、首絞まってる!」


「絞めていますので、あってます」


 そんなことを言いながら、二人は勝手に部屋から出ていこうとした。その背中に、ちょっと待て、とメアの声がかかった。ツカサは無視しようとしたが、


「上官命令だぞ」


「はっ、何でありましょうか」


 首にイズモが抱きついたまま、ツカサは振りかえった。上官命令を無視したら厳罰である。振りかえるしか選択肢はなかった。


 メアは咳ばらいをひとつする。


「魔王アザトーが、地球を爆発四散させたという噂があってだな……」


「よっしゃあ!! 復讐じゃあ!!!」


 そう叫んだツカサは、ロケットみたいに勢いよく部屋を飛び出していった。


 地球最後の生き残りである彼にとって、地球を爆発四散させたやつに復讐することは、生きがいのひとつだった。






 バタン。


 嵐が通り過ぎた後のような静けさの中で、メアは首をユルユル振った。


 疲れた。全身にずっしりとのしかかる倦怠感は、まるで、子どもを相手しているときのようだと、二児の母はため息をもらす。


「まあ、辞令を受け取ったみたいだからいいか」


 そう口にはしつつも、メアは自問自答せずにはいられなかった。


 アイツらで大丈夫か、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る