❀ エピローグ ❀



 数年後、大学を卒業した俺たちは、それぞれの道に進むことになった。


 詩音しおんは附属の大学には進まず、ヘアメイクの専門学校に通い、好きなことを職業にすることにしたらしい。みやびは大手銀行に就職が決まった。似合いすぎだろ、ふたりとも。


 俺はイベント企画や制作、運営などをする企画会社に就職をし、白兎はくとは大学在学中に幼稚園教諭免許を取って、就職のために公務員試験を受けて合格した後、春から近くの公立の幼稚園で先生として働いている。


 就職が決まった後、俺たちはお互いの両親を前に自分たちのことを話した。一緒に住むこともそうだが、恋人同士であることも。どんな反応が返って来るかは覚悟の上で、俺は白兎はくととのことを話した。


「まあ、カイくんったら、結婚報告かと思ったのに同棲報告? でも、そんなの今更よね〜?」


「いつ言ってくれるのか、どきどきして待っていたのに、そっちの方?」


 俺の母親と白兎はくとの母親がにやにやと顔を見合わせている。


「え? ママたち、なんで教えてくれなかったんだい? というか、知ってたの?」


白兎はくと海璃かいりくんと····? 全然気付かなかったよ」


 父親たちはかなり驚いていた。こっちが普通の反応だろう。けど、誰ひとりとして嫌悪感を表すことはなく、なんなら微笑ましい視線を俺たちに浴びせてくる。


「びっくりしたけど、でもなんだか腑に落ちたというか。海璃かいりは昔から白兎はくとくんのことばかりだったからなぁ」


「うちの白兎はくとはなんにも話してくれなかったのに、どうして君は気付けたの? もしかして、母さんにだけ内緒で教えてたのか?」


「ち、違うよ? 俺もびっくりしてるんだから!」


 白兎はくとはぶんぶんと首を振って否定する。母親たちは「だって、ね~?」とにやにやしているだけで答えは教えてくれなかった。


 こうして、俺たちは親公認姉公認友だち公認の仲となり、現在に至るのだった。



 あの時のことは白兎はくともキラさんもまったく憶えていなくて、もちろん話題に上がることもなく、俺もあえて口にすることはなかった。ナビも俺の告白を見守った後、なにも言わずに消えた。


 まるで夢みたいな現実。せめて俺だけは、あのセカイで出会ったみんなのことを、ずっと憶えていてやろうと心に決めた。



******



 海璃かいりと同棲をはじめて半年が経った。園での仕事もだいぶ慣れてきて、俺は子どもたちから「うさぎ先生」なんて呼ばれていたり。他の先生たちともうまくやれていると思う。子どもたちはすごく元気で、一日があっという間だ。


 高校二年生の夏休み。海璃かいりから告白された。俺のことを好きでいてくれたなんて、夢みたいだった。それに、乙女ゲームのことも聞いた。渚さんは海璃かいりで、あれは俺だけのために作ってくれたんだってことも。あの後、隠しルートがどういうゲームなのかも聞いた。海璃かいりはBLが好きなんだってこと。


 俺はBLはよく知らなかったけど、海璃かいりが好きなものを知りたいと思って、おすすめの本を借りたりして何冊か読んだんだけど····意外とその内容に感動したりして。


 その隠しルートを、絵師のキラさんがシナリオを担当した千夏せんかさんと共同で漫画化(商業化ではなく個人的に)したと聞いて、WEBサイトで思わず読んでしまったのも記憶に新しい。


 今は夏休み。たまに園に雑務をしに午前中だけ出勤することもあるけど、今日は完全に休みだったので、掃除をした後は夕方までのんびりと好きなように過ごしていた。


 海璃かいりは希望休がない限り休みは不定期なので、シフト次第。今日は仕事だったので、そのまま現地集合ということになったのだ。


白兎はくと、ごめん! 少し遅れた」


「大丈夫。俺も今来たところだから」


 今日は夏祭り。毎年この公園に屋台が並ぶ。花火など派手な演出はないが、一列に向かい合うように並んだ様々な屋台は圧巻だった。薄暗くなった空とは正反対に、この辺りだけ異様に明るいし賑わっている。


 海璃かいりの会社は特に決まった服装の指定はなく、基本私服(イベントによってはスーツ)なので、いつものデートとあまり変わらない。スーツ姿もすごく格好いいんだけど、背が高くてスラッとしてるから、昔からなにを着てもお洒落でモデルみたいなんだよね。


「こんなに人が多いと、手を繋いでも誰も気付かないかも?」


 言って、俺の左側に立ち自然に手を繋いでくる。指を絡め合うようにしっかりと繋がれた手に、熱が伝わってきた。俺たちはあの日からずっと、恋人同士で。今は一緒にマンションで暮らしている。


 家賃や光熱費や食費、生活に必要な費用は半分ずつ払う。家事はお互いに得意なことを。たまに時間があれば、一緒に料理をしてみたりもする。


 くやしいけど、料理の腕は海璃かいりの方が上なんだよね。あ、お菓子作りなら俺でもそれなりにやれるんだけど。それは好きなものだから、かもしれない。


 仕事は俺は基本的に定時だけど、海璃かいりは忙しい時期は残業があったりして遅くなる時もある。でも朝ごはんは一緒に食べようって約束しているので、すれ違うことがあっても大丈夫。


「毎年、白兎はくととこの夏祭りに来るのが、俺の楽しみなんだ」


 それは俺たちが付き合ってはじめて、ちゃんとしたデートをしたのがこの夏祭りだったからだろうか。あの時はみやびちゃんや雲英きらさんも途中まで一緒だった。はじめてキスをされたのもこの時だったから、かなり感慨深いかも。


 海璃かいりは大人っぽくなって、ますます格好良くなった。会社のひとたちにも可愛がられているようで、ちょっと心配だ。そんなひとの隣に俺がいてもいいのだろうか、といつも思う。


 自宅以外では眼鏡をかけて欲しいという、海璃かいりのお願いにより、外出する時や仕事の時は眼鏡をかけている。せっかくコンタクトに慣れてきたのに、海璃かいりは眼鏡の方が好きってこと?


「あ、うさぎ先生だ!」


 ぎく、と俺は思わず海璃かいりの手を解きそうになる。しかし海璃かいりは離す気がないようで、逆にきゅっと力が込められる。目の前にやって来た子どもは、俺が担当しているひまわり組の男の子だった。


「こんばんは、りゅうくん。あ、気を付けて? はい、しっかり持ってね? ええっと、お父さんとお母さんも一緒かな?」


 りゅうくんは持っていたリンゴ飴を落としそうになり、俺は慌てて空いている方の手でキャッチする。中腰になって目線を合わせようとしたら、海璃かいりがすっと手を離してくれた。


 気を遣ってくれたのかな? 俺はそのまましゃがんでりゅうくんを見上げる形になった。


「ママはあそこ! パパはね、お仕事いそがしいんだって」


「そっか。一緒に来れなくて残念だね」


「うさぎ先生は、おともだちといっしょ?」


 そうだよ、と俺は眼を細める。俺たちは恋人同士だけど、世間一般からみれば友だち同士でしかない。こういう時、ちょっぴり悲しい気持ちになる。


「めっちゃかっこいい! げーのーじん⁉」


「そうだよ。だから、ママには俺たちと会ったこと、内緒だぞ?」


 なんでそんな嘘つくんだろう?


「わかった! 男と男の約束だねっ」


「そうそう。じゃあ、俺たちはお忍びだからここでバイバイだ。りゅうくんも、寄り道しないでママのところまで戻れるかな?」


「はーい!」


「か、海璃かいり?」


 りゅうくんは大きく手を振って、それからまっすぐに母親のところに戻って行った。俺の腕を掴んで立たせてくれたのはいいけど、あんなことを言った理由をちゃんと説明して欲しい。俺は海璃かいりをじっと見つめ、話してくれるのを待った。


白兎はくとが子どもに先生って言われてるの、なんだか新鮮。けど、今は俺とデート中なわけで。単純に嫉妬した」


「子ども相手に?」


 俺は呆気にとられる。仕事以外の時間は、ぜんぶ海璃かいりのものなのに。こんなことで嫉妬するほど、俺のことを想ってくれてるってこと?


「笑うなって。俺はものすごく嫉妬深いんだからな。知らないとは言わせない」


「はいはい。じゃあ、デートの続き、しよ?」


 くすくすと笑いながら、俺は海璃かいりの指に自分の指を絡めた。スピーカーから流れる時々音割れする祭囃子。家族や友だち恋人たちの姿に掻き消されて、俺たちも風景のひとつでしかないことを知る。


「帰ったら、いっぱいえっちなことしような? 明日休みだし」


海璃かいりのばかっ」


 耳元で囁かれた台詞は、俺の耳を真っ赤にさせるには十分だった。ふざけて言っているのは百も承知だったけど、不覚にも想像してしまった俺は、当分顔を上げて歩けない。


「俺の隣は白兎はくと専用だし、白兎はくとの隣は俺だけのものなんだって。ちゃんとわかってもらわないと」


 言って、海璃かいりは優しく笑った。

 この先、何年、何十年経っても、海璃かいりの隣にいたい。俺たちの出会いは運命だったんだって、いつか言えたらいい。


白兎はくと、こっち」


 賑わう公園から外れた場所。花壇の前。ここは昔、海璃かいりと秘密基地を作った場所。でもすぐになくなってしまった、思い出の場所。そして、はじめてキスをした場所でもある。


 海璃かいりは俺の空いているもう片方の手も取って、両手で包むように握りしめた。なんだか真剣な面持ちで、俺まで緊張してしまう。


「あの時の願い事は捨てられちゃったけど、なにを書いたかは憶えてる?」


「····うん、憶えてる」


 俺たちはお互い、願い事を書いた紙をお菓子の缶に入れたんだ。


「俺は白兎はくとのこと、ちゃんと笑顔にしてあげられてるかな?」


「うん、」


 海璃かいりの願い事は知らないけど、俺の願いは実は叶っていたりする。遠回りはしたけど、俺の願いは『かいりとずっといっしょにいられますように』だったから。


白兎はくとが好きだ。世界中の誰よりも」


「うん、」


 海璃かいりがなにを言おうとしているのか。


 俺はじっとその瞳を見つめて聞き入る。握られた指先がどんどん冷たくなって、少しだけ震えている気がする。緊張しているのかな? 俺もなんだかどきどきしてきた。


「ずっと一緒にいて欲しい」


 同じ気持ちを確かめ合うように、少しずつ言葉にしてくれる海璃かいりの優しさが好きだ。


「俺と、結婚してください」


 子どもの頃の約束。誓い。ずっと、胸の奥にしまっていた想いも。ぜんぶ、海璃かいりがくれたもの。俺はいつも貰ってばかり。頷いた俺に、海璃かいりはそっと口付けをした。まるで誓いのキスみたいだった。


 俺たちは見つめ合って、思わず笑ってしまった。

 この先なにがあろうと、きっと乗り越えて行けるって信じてる。


 ふたりなら、きっと――――。




◆ 最終章 ~了~ ◆




✿❀✿❀✿❀


〜感謝〜


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。コメント、♡、★評価をくださった皆さま、そっと見守ってくださった皆さまに感謝♪

また、『あとがき』のようなものをつらつらと近況ノートに書きましたので、よろしければ↓

https://kakuyomu.jp/users/yuzuki02/news/16818093086604385279


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皇帝の溺愛する花嫁が、負け確定イベントを回避した元モブ暗殺者だった件。 柚月なぎ @yuzuki02

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