それでもあなたは、ミニチュアペンギンを愛でますか?
- ★★★ Excellent!!!
掌でころころと転がせるサイズの小さなペンギン。さて、今回はどんな道化を演じてもらおうか、今宵も私の掌の上で踊るが良い! ゲヘッゲヘッ……なんて下世話な想像は、ごみ箱にポイしまして。
柔らかな日差しに包まれる社内に差し込む光。円らな瞳で何かを訴えるペンギン。ペンギンを小突いたように、(嫌ペン家だけに)自身がペンで小突かれそうになる主人公。どうか、ペン先だけは出さないように、お願いしたいものですね。……と思ったら、ペン先でなく釘を刺されてしまいました……これは痛い……(違
一人一ペンギン。小さなペンギンを飼うのが当たり前な世界線。私はこの先の展開に対してウェットではなく、ウィットに富んだ感想を書いていきたいと思うような、そんな物語の幕開けでした。
遡ること二年前。古民家に居を構えていた、新種のペンギン。ミニチュアペンギン。世紀の大発見だ! と歓喜する気持ちがある反面、何かしらの突然変異なのでは……とも思ったりもしつつ。
可愛いは正義! との言葉があるように、そんな最強の武器を振り乱し、さらには愛嬌もばら撒くという……かつて、歴史上に於いて、こんな暴君が存在したでしょうか……否、いない。さらに気になったのは、その発見場所。古民家ということはごくごく普通の家なわけで、主なペンギンの生息地とは似ても似つかないような場所で繁殖しているというこの事実……。さらに研究が進むにつれ、その生態がだんだんと明かされていき……。
ついに一億羽という大台にまで上り詰めたその数は当たり前のように膨大で、さすがにそろそろ歯止めをかけないと、歯が立たなくなりますよ……という杞憂も吹き飛ばすほどの急成長。国が立ち上がらなければ、だれが立ち上がるんだ! と思わず喝を入れそうになりましたが、これは失礼しました。可愛い! に喝をいれるなどと……。可愛い! に勝つなどと、なんと愚かな考えか……。出すべきは、「歯」ではなく、国を挙げての「推しペンギンに対する並々ならぬ愛」だったのですね。
家でペンギンと戯れる成海とは対照的に、素っ気ない鉄平。
多数決の悪、とまでは言い切れないですがそりゃあそこまで興味を持てない人だったいます。多数決の悪 ではなく、多様性の良 とでも言いましょうか。
マスコット的な可愛さだけでなく、ペンギンを据えておくことによるメリットは私生活全体にまで良い影響を与えているようですね。ぺ、ペンゲル係数……。まさか住宅ローンが(羽目だけに)換羽期を迎えるとは課長も想像だにしていなかったでしょうね……。いやむしろ、それでも恩恵の方が大きいということでしょうかねぇ。
ペンギンという存在を持ち上げて、愛でて、恩恵を受け取る。一石何鳥にもなりえるような素敵なその仕組み。可愛い は正義ですが、果たしてこの先その正義は最後まで貫かれるのか……?
刷り込みにも似た、ミニチュアペンギンの生態にはその愛くるしさが伝わってくるようなかわいさが秘められていました……これはポケットに入れて、一緒に連れて歩きたくなるのも首がもげるほど頷けますね。ペンギンはその目で、生涯を共にするパートナーをきちんと見定めているのかもしれませんね。「この人ならば、私のペン愛を受け取ってくれる!」と。これを人間同士でやってしまうと、共依存と捉えられかねないですが、何せペンギンですからね。仕事に支障がなければ問題なし!
どころか、ヒーリング効果をもたらしてくれるなら、ポケットにイン!
有袋類のごとく(といっても人工的な袋ですが)持ち歩くことで気分も上向けば、もうこれはスキップしてどこまででも行けちゃいそう! みたいな感じですね。
(ここまで読んで(書いて)、中の人がだいぶ癒されているため少々、文章が雑になっているかもしれません。
セロトニン・オキシトシンktkr! 一億総ペンギン社会の構築は、一日にしてならず。しかし、ミニチュアペンギンと過ごすことによる癒し効果は、右肩上がりに上昇し、ストレス社会 という言葉すら癒してしまいそうになるほどで。ペンギンをギュっとすることにより、ストレスを手放す。これまで震えていた手がペンギンに触れることでそのモフモフに包まれ、浄化されていく。そんなイメージをふんわりとしながら読み進めました。
人も歩けば、ペンギンにあたる。なんちゃって、ではなく本当にそんな慣用句ができそうな世の中になった現代社会。勿論、犬も歩けば~のような意味ではなく、この場合の意味としては、「すさんだ心も、ふらりと歩くだけであなたを癒してくれるペンギンにきっと出会えますよ」です。
バリアフリーかのように、フリーWI-FIのように、ペンギンフリーのようだと思いました。ペンギンと共存する世界は、言い換えればペンギンにとっても最適化された世界なので。
なんと……ラベンダーの香りまで……どこまでパートナーを骨抜きにするつもりなんだ、ミニチュアペンギンめ(最高かよ
ミニチュアペンギンがすさまじい成長スピードを見せるように、わずか一年で制度が確立し、様々な取り組みが生まれ、ほぼすべての人にミニチュアペンギンをいきわたらせることができたのは、ミニチュアペンギンはもちろん、国の全面的なバックアップと徹底した研究に基づいて裏付けられた確かなデータであることを思えば、私も書き手の一ペンギンとして(え?)全力の拍手を送りたいと……拍手を……くっ……パタパタするばかりで、フリッパーを合わせることすらできないなんて……。
確かに、ペンギンに依れば、精神科や心療内科は確かに必要とされなくなりますね。淘汰……とはあまり言いたくありませんが、これも時代の流れといいますか。
そして、カミサマペンギンとまで呼ばれるようになるのも、ごく自然な流れだと思います。人は何かと何かにすがりたいもので、今回はそれがミニチュアペンギンだったということですから。神格化された存在として崇めるのも、その功績を思えば何ら不思議ではありません。
そんな世の中に、影を落とすように。あるいは一石を投じるように。発生した、凄惨な事件。幸福に溺れるがあまり、神格化するがあまり、盲目的になり本質を見失う。世論こそ、多数決の悪を振りかざし、けれど彼らにとっては「悪ではない」と主張を繰り返すのでしょうけれど。
心の拠り所を作るのは非常に大事ですが、そこに「心」を埋めてしまうのは非常に危険であると警鐘を鳴らしているように感じられました。心はむき出しだからこそ、美しく、だれからも愛されることができるのだと思います。もちろん、それはあくまでも権利であって受け手が良しとするかどうかはまた別の問題として。
彼女も世論に靡く一人で。度肝を抜かれた次は、魂を抜かれるんじゃないかと戦々恐々としました……。
人の心は、とても脆く壊れやすい。だからこそ、周りを優しいクッションで覆ってあげたり、ペンギンが巣を作るように、柔らかい素材で包んであげたりが必要であり。
ただ、目の前が真っ暗になるほどの大げさなカバーをかぶせてしまうと、また違った意味で、心が荒んでしまうのかもしれませんね。