格差も、地位も、感情も。容易く真っ二つにはできないものである。

 カラフルな建物とは対照的に、そこに住まう人々の顔つきや所作がどんよりとしているというのは、どうにも居心地が悪い。
 東西ドイツ統一から時間が経っているとはいえ、それこそ新鮮な玉葱を(それも新玉葱を)包丁で真っ二つに割ったように、東側も西側も瑞々しいとはお世辞にも言い難いか。……いやもともとの包丁の切れ味が悪ければ、断面もガタガタでなんとも歯切れの悪い結果になってしまうのだろうけれど。
 そんなガタガタの地を、私は訪れた。百聞は一見に如かず。百個の玉葱を見るよりも、一個の玉葱を割ってみる方が話が早い。……勿論、話はそんな単純じゃないし、早くないし、何より玉葱に置き換えている場合ではない。二つ向こうの席で、テーブルいっぱいに紙を広げてブルーオニオンを描いている女性に、私の視線は釘付けだった。絵にかいた餅ならぬ、絵に描いた玉葱の方にこそ、むしろ目を向けるべきだと私は思う。
 そんな私を皆、変人というだろうか、しかし構わない。私の探求心の前には、羞恥心などありはしないのだから。玉葱を切ったくらいで目が痛くなったりはしない。それくらいの強さは常に携えている。
 しかし、なんだ……この女性の描く絵は! ブルーオニオンを基調としながらもそれを引き立てるように動植物を描いていく……。あまりの鮮やかな手つきに、私はついここまでの文章で、何回「玉葱・オニオン」と書いたのか気になって数えるという作業を忘れそうになっていた。(いや、勿論数えはしないのだけれど)。
 さて、ここで私が魅せられた陶器の説明に移ろうじゃないか。季節はそろそろ秋に移ろうころだが、今は説明に移らせてほしい。
 マイセンの王に仕える職人たちの努力の結晶と中国の品の模倣であることに由来する深い青を使った、独特な模様。そして、ブルーオニオン。もともとタマネギではなかった、というのは非常に驚きである。
 パチモン・劣化版と十把一絡げに行ってしまえば、芸がないが、それでも無から有は生まれないという絶対的な法則は、こと陶器においても例に漏れず。漏らすことなくしっかりとその事実を陶器の中に収めている。文化や進化の過程で、芸術が洗練され昇華されていく様を見ていくのは、時代の移ろいを感じさせてとても味わい深く感じるものだ。青く深く。
 そんな折、絵付けの女性に促されるまま座った私。吸い込まれるようなその魅力に自然と前のめりになる。
 しかし、その背景にはとても後ろ向きな事情が見え隠れしていて。何であれクリエイターにとって表現の自由を侵害されるのは何よりも許せないことであって、それでもお金を得るために、生活のために自分の信念を曲げてまで、(筆を曲げてまで)お上や世間の目に従って、商品を生み出していく作業はどれほど苦痛なことか、想像に難くない。
 魅せられている私だからこそ、そのデザインを忘れることは一生ないだろうと胸に刻み、店を出ようと……何やら外が……っておい!
 彼女の芸術を生み出す手を……いや、もはや芸術そのものと言っても良い手を……。
 気になる単語はあったものの、ひとまず立ち去ってくれて良かったと言うべきか……。

 後に知るIMS。しかし、そんな事実を知った程度では、私の美に対する意識も価値観も揺らがない。美を生み出す人の力は、それだけで私にとっては尊敬に値する価値があるのだから。

 それでも元IMSという烙印は決して消すことができず、大事に張った根のように粘り強くその土地に根付いて、抜くことも叶わず。自分たちが気づいてきた伝統も、誇りも、アイデンティティも。壁一枚隔てた向こう側から押しつぶされるように、淘汰されて。地面から顔を出すそれらは、容赦なく蹂躙されて元IMSという烙印だけが残る……。

 そこで、私が思いついた妙案。ルーツィエを同行させて、絵付け体験をさせてその腕を認めてもらう。これは賭けだ。コインの裏表のように、シンプルな。どちらに転んでも、ルーツィエの今後を大きく左右する。……もう、東西のドイツに左右を隔てる壁はないのだけれど。目に見えない「壁」こそ、本当に壊さなければいけない。

 絵付け体験を経て、完成したルーツィエの作品。私の睨んだ通り、誰もがその魅力にとりつかれていた。それはそうだろう。何せ、私の目に狂いはない。コインは表を向いたというわけだ。……いや、厳密にいえば、どちらも「表」のコインなのだけれど。

 彼女の功績はやがて、世界中を駆け巡り、それを見ない日はないだろう。鮮やかなブルーオニオンが、皿の上で踊り、周りの動植物たちもそれに合わせてそれぞれが自分の存在を主張する。
 それを私もいつか手に入れて、今度こそ切れ味の良い包丁で玉葱を真っ二つに割って見せようじゃないか。それまでは遥か東の玉葱模様に思いを馳せながら、今度自前の包丁を持って、包丁研ぎと包丁の「腹」にブルーオニオンを彫ってもらいに行こうと思っている。