第11話 いざ、世界の表側へ
瞼を開ける。鮮明にヒナさんが夢に現れたのはいつぶりだろうか。恐ろしくリアルな夢であった。まだ鼻にほのかな甘さを感じるような気さえする。全身に気怠さを覚えながら、体を起こす。
ここはライラックに用意してもらった個室である。ベッドはふかふかで、壁や床も清潔感があって、居心地が良い。寝るだけであれば、こんなに理想的な空間はないと思ってしまう。こんな大きくて、様々な部屋を有する工房を持っている彼は何者なのだろうか。私は個室から出て、一番最初に来た白い部屋へ向かった。
部屋に着くとネリネ以外のメンバーがいた。彼らは傷を癒すために別の部屋で治療を受けていたらしい。私は彼らの病室にお見舞いには行かなかったので、少し気まずさを感じる。
というか私が普通で、ネリネが異常なのではないだろうか。仲間といえど私たちは会ったばかり。素性も年齢も知らない仲。それに魔法使いだ。警戒して当然だと思う。
「みんな! 元気そうでなによりだね!」
私はとりあえず手を振りながら近づいた。「うん、おかげさまで」とドラセナが、「こんなんでくたばっていられないわよ」とローズが。それぞれの返答を受け取る。狼くんは私に近づくと、頭を下げる。ネリネをありがとうとでも言っているのだろうか。
「ルガティくんも元気そうだね!」
挨拶を済ませた所でネリネがやってきた。珍しく慌てながら走ってきた。
「ネリネちゃん、おはよー! 昨日は良く眠れたかい」
「はい、おかげさまで良く眠れました」
彼女は一目散に狼くんの方に駆け寄る。仲睦まじそうに身を寄せ合う1人と1匹を見ているとなんだか羨ましいという気持ちが湧いてくる。
「よし、みんな揃ったな。改めまして私はライラックだ。同じ調査隊のメンバーでこの工房の主だ。訳があって姿をさらすことが出来ないが全面的に協力するつもりなので安心してほしい。ネリネが太鼓判を押してくれるそうだ」
みんなが集合した所で、黒い外套に身を包んだライラックが場を仕切り始める。自己紹介の後の一言で、私たちはネリネに視線を向ける。
「ひゃい! 私が、保証、します」
ネリネは盛大に噛んだ。あまりに分かりやすく噛んだのでフォロー出来なかった。
「コホン──」
それからライラックは昨日居なかったローズとドラセナに今の状況を全て説明した。
陥没穴は獣人の住処の入り口になっていること。
黒い外套の者たちは獣人であること。
この世界の本当の姿は大魔法によって上書きされていること。
そのテクスチャを剥がさなければ獣人たちの好きなタイミングでこちらへ襲撃ができるということ。
そんな大魔法が使えるのは四大魔女しか存在しないこと。
四大魔女は第一次陥没穴調査隊であること。
黒いヘドロは彼女たちが調査を始めたタイミングで地上に噴き出してきたこと。
今回の陥没穴発生の首謀者は四大魔女なおではないかということ。
彼の話はとにかく長く……。急に頭がピキリと痛んだ。
「この話。二人は信じたのよね?」
「まぁね、私の場合はネリネちゃんが一つずつ道筋を立ててくれたから、そういうことなのかなって受け入れた」
「なるほどね」
「僕は大体予想通りの話だったからあんまり驚かなかったかな。ただ首謀者が四大魔女だって話は飛躍しすぎな気もする。もしそうならまだ隠している内容がある気がする」
「この話を信じる信じないというよりかは。これからテクスチャに穴を開けて獣人だらけの世界に行くことになるんだけどその覚悟はできた? っていう話だ。もし行かなくても見えない敵とこちらで戦うことになるから。私としては有無を言わさず全員連れて行こうと思うけどね」
私たちは自力で突破口を見つけられていないのが現状だ。なので、どちらにせよ彼の作戦に乗るしかないないのだ。ここで何もしなくても敵との交戦は避けられないのなら目視が出来る一応フェアでアウェーな所で戦った方がまだ勝算はある気がするのも事実だ。
私たちはお互いの顔を見合って決意を固める。
「私は行きます。お母さんに会える確率が少しでもあるなら」
「私も! ここまで来たからには真相を突き止めたい」
「私も行くわ。もともと神のいる場所には行きたかったし好都合よ」
「僕も助けたい人がいるから」
それぞれが決意を言葉にする。
「よし、では今からテクスチャに穴を開ける」
ライラックは詠唱を始める。
ここは彼の工房内である。
魔法使いが最大の力を発揮出来るの場所が自身の工房内である。
ここでテクスチャに干渉をすることができなくてはどこでできるというのだ。
周囲の空気が一変して凍りついたような感覚がする。
彼は詠唱を終えると右腕を虚空に突っ込んだ。私がハルバードや大槌を即座に手にする力と似ている。彼の場合は魔力を使って、どこかの格納庫にアクセスしているのだろうか。
彼が腕を引き抜くとそこには一振りの剣が握られていた。ウネウネと刀身が波打っている。
禍々しい魔力のうねりを感じる。剣からは魔力をひしひしと感じるが、その周囲からは全く魔力を感じない。まるで剣だけを世界から浮き出ているみたいだ。
「さぁ、今から破る! 私の後ろへ来て」
私達はライラックの後ろへと集まり固唾を飲んで見守る。
「はー!」
掛け声と共に彼女は逆手に持ち直した剣を虚空へと突き立てる。
先程の剣を取り出した時とは異なり虚空が七色に光りだした。彼女は剣を両手で持ちおもいっきり下へと切り裂いた。
すると、そこには人一人やっと入れるくらいの空間が発生した。
「さぁ私は最後に入るから早く入って。もしかしたら外套の奴らが待ち構えているかもしれないから気をつけてね!」
「みんな。絶対無事に帰ろうね」
私はそう言うと空間へと足を踏み入れた。
少女は辺境の眠り姫を救うために陥没穴へ。変身魔法で無理ゲーすぎる魔女と相対っす シンシア @syndy_ataru
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