第6話

 勇者コレアは神の御子だ。生まれたその瞬間からこの大陸に覇を唱える絶対的強者だった。齢六つにして大岩を砕き、十を過ぎた頃から魔物を狩り続けてきた。


 それが勇者としてあるべき姿だったからだ。弱い民間人のために聖剣を振るい、時には魔王とだって戦ってみせる。その勇敢な魂を持ってこそ人は勇者と呼ぶのだ。


「コレア様、こんな大物を狩るなんて流石ですなぁ! オークの五倍はありますぞ!」

「あ、ああ……そうだね」


 そんな勇者コレアは忌まわしきあの森へ戻ってきていた。最強の勇者に守られていると安心しきっている街の人々を見れば、逃げろだなんて言えなかったのだ。


 だから咄嗟に、こう告げた。


 ――謎の魔物なら倒してきたよ。もう問題はない。


 そうごまかして、自分達はとっとと逃げる準備をしていたが……何も覚えていない様子のジョシュアが自分がいかに勇敢に戦ったかを宴の中で話したのがマズかった。それなら死体を見に行こうじゃないかと街総出で森に入っていったのだ。


 そして……その果てには、倒れた鬼と冒険者達の姿があった。そこにあるはずの、ツィーシャの死体はない……運良く逃げられたのか? とコレアは気が気でなかった。


 あんな、あんな勇者としてあるまじき失態を誰かに知られたら……。


「こ、こいつ……人を食ってやがる! 何人かが食われた形跡があるぞ!」

「なっ……そんな魔物がいるかよ!?」


 それを聞いてコレアは……「しめた」と思った。おそらくは、あのままツィーシャは食われたのだろうと考えたのだ。もし生きていれば街に帰ってこない理由がない。


(戦力としては惜しいけど……問題無い。帝国に行けば勇者の俺についてくる仲間なんていくらでも出来る)


「しかし、街の人間が食われなかったのが幸いか……この冒険者達の墓を作ろう」

「ああ……しかし、見ろよこの綺麗な斬撃の跡を! さすが勇者様だぜ、樹よりも太い腕がぶった切られてやがる!」


 そう、それだけが気がかりだった。魔法で相打ちになったなら、まだ分かる。だけど、あまりに鮮やかに切断された腕……あのジョシュアの斧でさえ傷一つ付かなかったあの体を……。


(誰がこの化物を殺したんだ……?)


 流浪の『剣神』でも現れたか……何か天変地異でも起きたか。そうでもないと、説明がつかない。


「勇者様、帝都に行ったらたらふく稼いで街に貢献してくれよ。うち一番の出世頭になってな!」

「馬鹿野郎、勇者様みたいなイケメンで強くて箔もある男がこんな寂れた街に帰ってくるかよ。帝都で大出世するに違いない」


 だが、まあ……今は窮地を凌いだといってもいいだろう、とコレアは安心していた。自分の失態は闇の中、この化物を討伐した実績は自分のもの。


 なんて素晴らしい結果だろう。やはり天は自分に味方しているに違いない。神に選ばれたこの自分こそ、大陸で一番の存在なのだ。


 そんな高揚感から、コレアは些事を忘れて周囲からの賛美を受け取っていた。


「……」


 その中で、唯一……じっと傷跡を見ていたのは『神眼使い』弓使いのサラだった。鑑定など遥かに超えるその瞳に映っていたのは……鬼がいかにして殺されたか、だった。


 腕からの出血は少なく、致命傷は首を飛ばしたもの……それぞれが、ただの一太刀で斬られている。そのためには急所を的確に狙った迷いのない神速の一撃が必要だ。


 しかも、それは一般で使われている剣では無理だ。あれらは太すぎる。こんな精密な斬撃……細く薄く、それでいて最上級の刀身が必要になる。そんなものが、この世にあるのだろうか……。


「サラ、ジョシュア。俺達はこれから帝国に向かうぞ! 君達は勇者パーティに相応しい。頼りにしてるよ」

「おう! 全部この俺に任せておきな!」

「……ん、了解」


 そんなやりとりがあり……勇者パーティもまた帝都へ向かって出発した。日程としては、スラッグ達が帝都に着いてから数日が経ったタイミングで帝都に着く事になるが……その数日が、致命的な差となる事をコレア達はまだ知らなかった。

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