第20話
「サムライ様か……持ち上げられすぎなんだよな」
「まあ、いいじゃないか。それよりアナタ、何でここに残ってるんだい?」
『ヘストファイ』の最上階。そこで俺はロナと二人きりになっていた。
「女の子同士の方が仲も深まるだろうと思って、飯食わせに行ったんだよ。俺は美味い酒場をカストに教えてもらってから行こうと思ってな」
「それなら、ここに居座る必要はないだろう。カストに場所だけ訊いてくればいい……何か、わたしに言いたい事があるのだろう?」
お見通しか。ならまあ、手短に尋ねよう。
俺はロナのデスクに手を置くと、身を乗り出して口を開いた。
「ミスエルの件だ。片翼の堕天使……どうしてそんなものを、俺の下へ送った?」
「何だい、人を悪者みたいに。サークルに入ったのは両者同意の上だったろう」
「俺達はな。一人でも多くの人員が欲しかった。だが、ミスエルの方は違うだろう? 天使族なんて、どこに行っても引く手あまただったはずだ。それがどうして、新設サークルに入らなければならなかったんだ?」
「……それこそが、彼女の夢だったからだ」
ロナは書類から目を離して、両手で肘をつくと顎を支えたまま俺の目を見透かすようにまっすぐ見た。
「あの子が抱えてる問題は根が深い。本人もそれを分かっているから、敢えてあんな依頼を出したのだろう……」
「問題、ってのは聞かせてもらえるんだろうな?」
「そうだねえ……アナタに教えて失敗して、長年飲み友達だったミスエルとの仲を裂かれるか……アナタを信用せずにミスエルをぬるま湯のような闇に浸からせ続けるのか……どちらがいいのかな」
そこまでの話か……。確かにおいそれと聞いてはいけないものなのだろう。だが、既に俺はサークルの部長だ。もしミスエルの存在が危ういものであるなら、把握しておかなければならない。
「聞くまで帰る気はないって顔だね……いいだろう、話そう。ミスエルはね、天使族の中じゃ元から異端だったのさ。天使族の中じゃ、人間を助けるなんて馬鹿らしいと考えられている」
「……天使って名が付きながらそれかよ」
「だって、人間は天使に祈りはしても、天使を助けたりしないだろう。ならばなぜ、天使族だけが人間を助けなきゃならないんだい?」
それは……その通りだ。神様に祈るは億千万、神様を助けるは皆無とはよく言われる。
「だけど、ミスエルは優しすぎた。領地内に傷だらけで入ってきた少年を助けられないくらいにはね。だけど、その少年のせいで天使族は居場所を知られた。そして、起きたのは天使族を奴隷にしたい奴隷商だとか研究材料にしたい学者とか……まあ、色んな人間と天使族との戦争さ」
「ミスエルは、そうなることが分かっていたのか?」
そう尋ねると、ロナは「そんなわけがないだろう」と首を左右に振った。
「しかし、ある意味で愚行だったとも言える。親切には感謝を……両親からとっておきのお返しを用意してもらおう、と少年は思っていた。倒れた人間は助けなければという優しさがミスエルにはあった。ただそれだけなのにね……」
「それが原因で……堕天使に?」
「ああ。天使族は決してミスエルを許さなかった。だが、ミスエルは自分が間違っていたとは思っていなかった。人間を助ける……それ自体は、絶対に間違いなんかじゃないと。助けられるなら、目に映る全てを助けたいと、そう言っていたよ」
だが、それはひどく難しいものだったとロナは溜息を吐く。
「ミスエルは天使族の里から追放されても善行を行い続けた。天使族の力は並大抵のものじゃない。それこそ何でも出来ただろう。だが、人間達はミスエルが天使族だと分かると態度を一変させた。『ここが戦場になっても困る。出て行ってくれ』とね」
「胸くそ悪い話だな……」
「そして、実際にそこは天使族を求める者達の戦場となった。良いことをして知名度が広まれば広まるほど、戦場は広くなっていったんだ。だから、ミスエルは天使族である事を止めた……最悪の種族、堕天使になることを決意したんだ。同時に落ちた片翼を囮に、人間の中に身を潜めたんだ」
俺はロナの机にあった砂糖菓子を口に含み、コロコロと転がしながら話の次を待った。じゃないと、血管がぶち切れて罪なんかあるはずもないロナに怒鳴りかかってしまいそうだったからだ。
「それからは、うちの依頼を個人的に受注して生活費を稼ぎ、どこにも属す事無く暮らしていたよ。『他人を助けるのに種族なんて関係無い』って言いながらね。実際、ミスエルに救われた人は多いはずだよ」
「じゃあ……もう一度同じ質問をさせてもらおう。そんな奴が、どうしてうちに?」
「見てられなかったんだろうね。オリハルコン塊を粉々にし、モノノケにたった一人で立ち向かうアナタは強すぎる。そしてミスエルは強い力を持ったが故の孤独を知っている。だから、放ってはおけなかったんだろう」
なるほどな……本当に、善意が百だったのか。少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしい。
俺のそんな内面を察したように、ロナは笑った。
「ははは、あんな急に仲間になられたら逆に戸惑ってしまうよな。だけれど、あれにも理由があってのことだ……と、アナタにだけは知っていて欲しい」
「分かったよ。納得がいった……」
「ミスエルの依頼は、完遂できそうかい?」
俺はしばし考え込む。
――私だって、愛されたい。
それを俺は、彼女のSOSだと受け取った。人は人に優しくした分だけ、愛されるべきだ。なのに、今そうなっていない。
そんなのは間違っている。だから、俺は……。
「何があっても、完遂するさ」
最古にして最強のサムライ~異世界で唯一怪異を斬れる男は斬れば斬るほど強くなる~ @sakumon12070
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