第19話
そして、俺達は『ヘストファイ』までやってきた。すると、偶然一階に居たカストが迎えてくれた。
「おーおー、また随分なかわい子ちゃん連れやがって……何だ、オレに自慢しにきたのか?」
「そんなに暇じゃない。ロナさんから何か仕事はないか聞きに来たんだよ」
「なんだよ、つまんねえ。部長なら最上階だ。連絡しといてやるから行ってこい」
「あと、話が終わったら今度はこの子……レイラの装備を整えたいんだけど」
「わーってるよ。ただし、もう奢らねーからな。デカい仕事してきたんだろ? もうあちこちで噂になってるぜ」
そうなのか……故郷の村じゃ昨日の晩ご飯のメニューまで翌日には知れ渡っているものだったが、王都でもそれなりに情報の拡散は速いって事か。
そして俺達は最上階まで上り、ロナの部屋のドアを叩いた。
「どーぞ。スラッグ達だろう。話は聞いてるよ」
「どうも……って、あれ。取り込み中だったか?」
そこには、銀髪を長く伸ばして蒼色の鎧を身につけた……そう、おとぎ話で出てくるヴァルキュリーのような女性がロナの対面に座っていた。
彼女から感じる魔圧……だけど、これは魔力じゃない。もっと別の力だ。何なんだ、この人……。
「あっ。君がスラッグ君? 初めましてぇ、お姉さんはミスエル。よろしくねー」
「スラッグだ。ミスエル……エルの名を持つんだな」
「うん。天使族だからねー。君、神々の間ですごい話題だよ? この世界のリーサル・ウェポンなんて呼ばれてるんだから」
そう言って、ミスエルは立ち上がると俺達に向かって片翼の白い翼を出して見せた。これが天使族……王都にはこんなものまで居るのか。凄まじいな。
「生憎、神様の友達は居なくてね……天使族ってのは、神の声が聞けるのか?」
「中にはそういう子もいるけど、お姉さんは噂話を聞くくらいかなー。旧文明を滅ぼした魔物が再発生して……また世界が崩壊するかと思いきや、ズバッと切り裂いた君が現れたもんだからさ。それはもう大騒ぎだよ」
そう言われても、実感が湧いてこないな……。俺は俺にできることをしただけだ。
「それで、俺を見に来たわけか? 悪いけど、ショーを見せる性格じゃないぜ」
「ううん。ロナにその話をしに来たら、ちょうどオリハルコン塊を粉々にしたってのを聞いてさ、そんなに凄い人が……人手不足らしいじゃん?」
ミスエルは爪まで異様に綺麗な手で羊皮紙をペラリと。それはサークルメンバー募集の記事だった。
「お姉さんも入れて欲しいな、このサークル。空からの援護射撃は結構便利だよ? モノノケには流石に効かないだろうけど、対魔物戦では大活躍しちゃうかんね?」
「スラッグ、あくまでわたしの意見だけど……天使族の助力が望めるなんて、これ以上無い奇跡。承認しない理由はないと思う」
「これでやっとサークル立ち上げの人数に達するわけですし、構わないのでは? 男女比がやや気になりますが……」
レイラもツィーシャも乗り気らしいけど……大事な部分が抜けている。
俺はミスエルから紙を受け取ると、一番下に書かれた部分を指さす。
「ここに書いてある……『見返したい誰かがいる人へ』。お前は、その条件を満たしてるのか?」
「……んふふ、そだよね。気になるよねー。実は、その依頼も持ってきたんだ。この翼を見れば分かるでしょ。お姉さんは片翼、堕天使なの。だからって悪魔族を頼れるわけもないし、完璧な天使族でもない。祈られず、神とのコネもなくなった天使に……どんな意味があると思う?」
それは疑問形だったが、きっと自分へ問うたのだろうと思い、話を聞く体勢を崩さない。
「ないんだよ。ちょっと飛べて強い魔法が使えるだけ……そんなお姉さんを見て、皆言うよ。天使族の面汚しだとか、処刑すべき背徳者だとかね。だけど……片翼になった事をお姉さんは悔いてないんだ。だけど、ムカつくじゃん。鬱陶しいじゃん。だから、誰か……っていうのは難しいけど、片翼だろうが悪魔紛いだろうが生きる意味はあるって……そう、証明したいの」
そう言って、依頼が書かれた紙を俺に渡す。その手は僅かに震えていた。
『私も、愛されたい。その願いが達成できたら、永遠の従属を誓います』
そんな、メチャクチャな依頼。何度も何度も書いては消したのだろうかすれたインクだらけの紙に……幾度こぼしたのだろう雫によって歪んでいた。
「……長期的な依頼になるな。確かに、サークルに入ってもらった方がやりやすそうだ」
「受けてくれるの……?」
「当たり前だ。今は仕事なら何でも欲しいからな。ただし、この希望を叶えるためにはミスエルからも動いてもらわなきゃならない。何もしないままじゃ、達成できないぜ」
「うん……うんっ。あー、良かった。ロナの言葉を信じて良かったよー」
ミスエルは後光が見えるような笑みを浮かべて翼をしまい、俺に右手を差し出してきた。契約は成った。その手を取って、俺は一つだけ警告しておいた。
「レイラもよく聞けよ。ミスエル、お前がどんな立ち位置に居るのかは分からない。だけど、もしこの先謂われなき罵倒を受けたなら、俺はそいつを殺すぜ。仲間が受けた傷を俺は絶対に許さない」
そして、と俺はツィーシャも含めて四人で手を取り合った。
「これからは、そういう仲間同士だ。実感なんて後でいい。信頼関係を築くのもこれからだ。だけど、まずは……サークル結成を祝おうぜ。これから先、どんな事があっても俺達は孤独になることはない」
それぞれがそれぞれを見合って、誰が言い出すわけでもなく……俺達は声を張り上げていた。
――よろしく!
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