最古にして最強のサムライ~異世界で唯一怪異を斬れる男は斬れば斬るほど強くなる~

@sakumon12070

第1話

「スラッグ。君の職業は『サムライ』ですね……聞いたこともないものですが、頑張ってください」

「は……?」


 十五の成人式。人間には自分の就くべき職業が授けられる。それは決して悪いものではなく、天職と呼ばれるほど本人に合致したものが与えられるのだ。


 だから、十五までにはできる限りの努力をしておけと言われている。勉学に鍛錬……重ねておけば重ねるほど職業の質が上がるから、と。


 この世界では職業が全てだ。世界一の剣豪は『剣神』の職業に就いているし、ありとあらゆる魔法を使う魔術師は『魔導師』の職業に就いている。


 そんな強い職業に就ける事は珍しいが、人生を左右する職業を選ぶ日は誰もが落ち着き無く、人生の大逆転に賭けたり努力が実るだろうかとそわそわとしている。


 これは紛れもなく、これまでの人生が報われる瞬間なのだから。


「見たところ、従来から持っていた魔力も無くなってしまっているようですね……強い職業なら間違いなく魔力は強化されるはず。しかし……今のスラッグからは一切の魔力を感じません。もはや、プチファイアさえも使えないでしょう」

「な、何だって……!?」


 ところが、俺に授けられたのは旧文明の一文字で書かれた謎の職業。旧文明の職業なんて、今残されてる歴史には存在しない……すなわち、ランク付けさえできないのだ。


 だが、周囲の意見だけは一致していた。一度滅びた世界の職業なんて、大したものではないだろう、と。


 前例がないのだから……職業ランクはGだ。並の冒険者が就く職業がCランク以上な事も考えれば、スタートから遅れきってしまっている。


「しかし、どうやら武器もその身に宿しているようです。『サムライ』としての力が……それを見れば、どれほどの強さかが分かるかもしれませんよ」

「……武器、召喚」


 神官の言うとおり、俺の胸の内には異物が混じったような感覚があった。それを右手に集中させて具現化する。すると、そこには錆まみれで刃もボロボロな……刀身も細く薄く、いかにも弱そうな剣が現れた。


 ――はは、何だあれ。あんなもんで何を切れるってんだよ。やっぱりハズレ職業だな。

 ――スラッグは頑張ってたんだけどなあ……才能ってのは残酷なものだ


 その声に、かあっと顔が熱くなるのを感じた。しかし、それも仕方ないと思える。だって……この剣からは、魔力の欠片も感じないのだから。


 そんな俺を見て、幼馴染みのコレアは大笑いして嫌味な笑みを浮かべた。


「ははっ、お前にはお似合いの職業だな。頭でっかちで修行馬鹿なだけ……この世界じゃ才能が重要なんだよ。見てな、次は僕の番だ」


 コレアはほどほどの長さの金髪をなびかせて神官の前に向かう。すると、神官はぎょっと目を剥いて震える声で告げた。


「ゆ、『勇者』……SSランク認定の職業ですぞ! こんなへんぴな村からこんな大物が……素晴らしい! コレア、君こそこの村の救世主です!」


 その声に周囲は俺の事など忘れたように色めき立った。それもそうだろう。勇者の職業を得た者は例外なく偉業を成し遂げている。最強クラスの職業なのだ。


 かつて魔物を牛耳る魔王を討伐したのもこの『勇者』だったと聞く。


「ありがとう、ありがとう! 僕はきっとこの力で強くなってみせるよ!」


「次……ツィーシャ。おおっ! これは珍しい……『スノーフェアリー』。あの精霊族から加護を受けることができる職業ですな!」


 俺が失意の中で立ち尽くしていると、続いてパーティの魔法使いのツィーシャの儀式が行われた。ああ、それも聞き覚えがあるな……Sランク職業じゃないか。


「……っ!」


 そして、不意にパン! と頬を張られた。いつの間にか地面に突き刺さっていたらしい視線が強制的に上げさせられる。そこには、褐色の肌と透き通るような銀髪をしたツィーシャが……人形のような美貌を台無しにする怒りの表情を浮かべていた。


「腑抜けてる場合じゃないですよ。貴方の心血注いだあの苦労は、貴方を裏切りません。神様なんかに、貴方の人生を終わらせられていいのですか?」

「……ツィーシャ。ありがとう。そうだな……ここでお別れだろうと、俺は俺で頑張っていくよ」


 その返事もツィーシャの納得は得られなかったようだが……彼女は不機嫌そうな顔つきのまま去って行った。


 俺の姿を見て、周囲からはまた嘲笑を買う。仲間に叩かれるほどの無能なのだと……しかし、違う。ツィーシャは俺に発破を掛けてくれたんだ。こんなことで挫けるな、と。


 ◇


 そして、その日の夜。村は何かの祭りのように盛り上がっていた。理由は一つ、大出世頭の勇者が生まれたからだ。


 俺は当然その輪の中に入れず、せっかく解禁されたというのに酒も飲まずに出来損ないの剣の錆でも落とそうと必死になっていた。


「スラッグ……大丈夫?」


 そんな俺に声を掛けてきたのは、幼馴染みのリーネだった。茶髪を長く伸ばしいつも小綺麗に化粧している、俺の初恋の少女だった。


「……まあな。これも俺の力なんだ、人生を投げたりしないさ。リーネは何の職業に就いたんだ?」

「私は……『聖女』。癒やしの上位職業みたい」

「へえ、そりゃすごい……」


 俺とリーネとコレアはいつも一緒だった。このちんけな村で年の近かった俺達は、いつかこの村を出て皆でパーティを組んで冒険者になるんだって誓ったっけかな。


「ねえ、あの日の約束、覚えてる……? みんなで一緒に冒険しようって」

「もちろんだ。それを夢見て頑張ってきたようなもんだからな」

「あれ……無かったことにしない?」


 だが、その言葉は予測していなかった。いつも。いつも一緒だった。コレアはサボリ魔で、リーネと一緒にたたき起こしては村の中で冒険者ごっこをしていた。


「ど、どうしてだよ……」

「……あのさあ。言わなきゃ分かんない? 『勇者』と『聖女』だよ? そんな二人が揃ったのに、聞いたこともないゴミ職業のスラッグを連れてちゃ、恥かくだけじゃない。これから明るい冒険者未来が待ってるっていうのに、どうしてあんたを介護しなきゃいけなの?」

「そんな……俺にだって、出来る事はあるはずだろ! 俺の職業が未知って事は、可能性の塊って話だ!」

「魔力が欠片もなくなっちゃったのに? そんなの、何の役にも立たないじゃない。それに、勇者なんてものの一番傍に居られるなんて光栄だもの。二人で最強のパーティを作って……そこに、魔力ゼロの無能がいたら邪魔でしょ?」


 綺麗に、スパッと……何かが切れるのを感じた。それは俺の血管じゃない。俺達の絆だ。


「そうか……。それじゃ、頑張れよ」

「言われなくもそうするわよ。じゃあね」


 リーネは本当に俺になど興味は無くなったとばかりにジョッシュのいる方へと去って行く。


 俺は騒ぎの中から抜け出して……村の外、森の方へ歩き出した。もう、この村にいる理由はなくなってしまったから。


 ◇


 ――誰か、誰か勇者様を呼べ! アレはSクラスの魔物だ、俺達だけじゃ手に負えねえ!


「……何だ、向こうからか?」


 森をどこに行くでもなく歩いていると、そんな叫びが聞こえた。向かってみると、そこには既に数人が事切れている村の斥候達が見えた。


 その後をズシリズシリと重い足取りで追うのは見たことも無い異形だった。筋骨隆々の人間を片手で潰せるほどの体躯を持ったナニカだった。大きな人型魔物といえばオーガがいるけど……あの三倍はある。


「助けに行かなきゃ……」


 俺は咄嗟にそう思った。だが……そんな義理が俺にあるか? 俺を揃って馬鹿にしていったあいつらを……命懸けであんな化物と戦わなきゃいけないのか?


 そんな迷いが、俺の足を重くした。人でなしと呼ばれても構わないが……なら、これで助けに行くお人好しもまた人じゃないと俺は思う。


「こっちから魔力反応が! リーネ、彼の傷を癒やしてやってくれ!」


 そうだよ、こうやってすぐに勇者様がやって来るんだ。なら、俺なんかの手じゃ何もできない。無能な働き者ほどいらない者は居ないという。そう、そういう話だろう。


 ――っ。俺だって……誰かのために戦えたらって、思わないわけがない!


「うおお!」


 そんな俺の事など気にもせずコレアは異形に向かって突進した。だが、刃はパキンと折れてしまい、それでいて異形には傷一つ付いた気配がない。


「こ、こんなの聞いてないぞ……僕は勇者だぞ! 斬れないものなんてないはずだろ!?」

「コレア、落ち着いて。とにかく相手を……」

「っ――そうだ、お前が居たな……」


 コレアは背後に下がり、リーネを抱き上げるとそのまま逃げる、でもなく……異形の方へ放ってしまった。


「いたっ……な、何のつもりよ!?」

「うるさい! 僕は勇者なんだ! こんな所で死ぬ器じゃない。そうだ、今は職業に就いたばかりだからだ……全ての責任を引き受けて、死んでくれ……リーネ」


 いつもの余裕綽々とした様はどこにいったのか……コレアは唾を飛ばしながら情けない姿でその場から去って行く。


 残されたのは、傷ついた斥候と生け贄にされたリーネとツィーシャ……。


「だ、誰かぁ……! ねえ、ツィーシャ、ツィーシャ!」

「分かっています。見殺しになんてしません。ですが、アレは……!」


 リーネやツィーシャの切ない声を聞いて、俺は思わず奥歯を噛みしめていた。俺にアレを倒す力さえあれば……!


 ――そいつは逃げだぜぃ。相棒。あいつはモノノケだ。旧文明を滅ぼした悪鬼。あいつぁ鬼だな。この世界のちんけな刃は通じないだろうぜ?


 瞬間、そんな声が脳内に響いた。どこか軽い感じもする、真意が読み取れない飄々とした口調。


 ――侍はもはやお前さんたった一人だ。さあさあ、オレ様を呼びな。叫べよ相棒、オレは――。


「来いよ……祢々切丸ねねきりまる!」


 俺の右手から現れたのは、昼間にも見た錆びだらけで朽ち果てたような様……が、俺がなぞっていくと月に照らされるように研がれていった。


 細長い片刃の剣……鈍色に光る刀身に柄の部分にはヒモが幾重にも巻かれている。綺麗だ……本当に、ただただそう思った。


 そうだ、諦めちゃダメだ……俺にも、誰にでも、戦う意思はあるんだから!


「ツィーシャ! 俺に任せろ!」


 俺はそのカタナと共に身を投げ出し、ツィーシャに迫ろうとしていた鬼の腕を斬りつけた。それはまるで綿を裂くように……あまりにあっさりと鬼の腕を両断した。


 ――GAAAAO!


 鬼が吠え、腕の痛みを訴えるより先に反対の腕を伸ばしてくる。だが、こうしてみれば動きは大ぶりでひどく緩慢だ……いや、違う。俺の感覚が速くなっているんだ。


「ス、スラッグ!? なんであんたが……」

「話は後だ。今度こそ、あの斥候さんの傷を治してやりな。こいつは、俺がやる」

「む、無理よあんなの!」


 リーネの悲鳴さえかき消す大音声で鬼が吠える。もう片方の腕を横薙ぎに振り回してくるが、その動きの線が何故か俺には見えた。


 なら、そこに祢々切丸を置くだけ……それだけで、鬼は両腕を失った。


「スラッグ!!」

「片は付いた……安心しろ、リーネ」


 俺がそう返した時には……鬼の首がずるりと落ちていた。人型を模していたなら、おそらくは致命傷だろう。


「サムライ……この力が、そうなのか?」


 ――おうとも、相棒。オイラの事はネネとでも呼ぶがいい。そのカタナ一本が、お前さんの力だ。


 カタナ……なるほど、ふっ。笑いが出てくるな。何がGランクスキルだ。何でも斬れるようになれば、魔力の有る無しなんて何の問題にもならない。


「リーネ、無事だな?」

「スラッグ……あんた、そんなに強く……」


 リースはよろよろと立ち上がり、ぐっと俺に迫ってきた。その甘ったるい香りにも、今は胸が微動だにしない。


「やっぱり、一緒に行きましょ! 女を置いてけぼりにして逃げる男には用はないわ!」


 俺はその作った声が何故か気に入らなくて、きっぱりと言い放った。


「……俺みたいな奴が一緒にいるとみっともねえんだろ? そう言ったのはお前だぜ。今回は立場が逆転したみたいだな。聖女だろうが勇者だろうが、あっさり他人を見捨てる奴は俺には必要ない」

「そ、そんな……」


 この顔も見納めだろう、と俺は踵を返して森の向こう……王都と繋がっている乗り継ぎ馬車の駅がある方へと歩き始めた。


「な、何よ! せっかく見直してやったってのに! ねえ、謝るから! だから、お願い。あたしと一緒に……!」


 背後から聞こえてくる声は無視して、ただただ歩き続けた。


 これは一歩目だ。俺がサムライとして生きるスタートライン。生まれ変わりは、既に終えた。


「……スラッグ」

「ツィーシャ、お前なに――」


 俺は彼女に手を差し伸べ立ち上がらせると……がばっとその体を抱き抱える形になった。「何やってんだよ」と言いかけて……ツィーシャの体がひどく震えていることに気付く。


 そりゃそうだ。仲間に見捨てられ、あんなものと対峙して……怖くないわけがなかった。


「怖かったっ……!」

「……大丈夫、大丈夫だ。ツィーシャのおかげで俺は戦えた。ありがとうな」


 これより始まるのは、この世にたった一人生まれたサムライの一斬物語。拍手も脚光もいらない。俺が今日この日を忘れなければ、それでいいのだ。

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