第16話

 夢を見ていた。夢だと分かったのは、俺には目を動かす以外の何も出来なかったからだ。


 壁を焦がすほどの炎の中で真っ赤になった金属をカンカンとハンマーで叩く男の姿がそこにあった。


 ――侍は孤高であり、信じられるものは己が刀のみ。だから俺達ぁ決して折れぬ刀を作らなければならない。


 膜を隔てたように聞こえる声。火花を飛ばしながら打たれる鉄は次第にカタナの形を取っていく。


 ――物の怪なんてものが跋扈するこの世界、戦えるのは侍だけだ。人類が滅ぶ前に、彼らに力を与えねば……。


 そして場面は入れ替わり、見たこともない木造の壁と藁の屋根をした家が立ち並ぶ中、あちこちが傷だらけになった人々がある男を送り出そうとしていた。


「任せとけって。オレ様が全部斬ってきてやんよ。こんなすげー刀をもらったんだぜ。期待には応えなきゃ男じゃねえよ」


 茶色の髪を長く伸ばしたその男は、身の丈ほどもある刀を鞘に収めたまま肩に乗せ、飄々としたように笑っていた。


 そこへ襲いかかる多種多様なモノノケ。それぞれが口元に人間の破片をくっつけていた。


「――『螺旋の斬』!」


 その全てを、一回転で全て斬り伏せる男。その破壊力たるや今の俺とじゃ比べるまでもないものだった。


「じゃあ、行ってくるぜ。お梅」

「お前さん……人類のために死んだりしなくていいんだよ? どうか、帰ってきてね……」

「はっはー。オレ様が負けるわけなんかあるもんかよ。安心して暮らせる世界に戻してやっから、楽しみに待ってな」


 そして、男はたった一人でモノノケ退治の旅に出た。三歩進めばモノノケが襲ってくるような旅路を長く、長く送っていた。それは決して楽な旅路ではなく、むしろ傷を負う方が多かった。


 そして、隻腕になり腹に穴を開けた男はついにこう言った。


「物の怪の王……見つけたぜぃ、斬り殺してやらぁ!」


 対峙するモノノケは俺には見えなかった。だが、とてつもない圧を感じる。ボロボロになったカタナと男は、それでも立ち向かった。


 もちろん、片手でカタナを振りまともに動ける体じゃない男は次々にダメージを受けていく。


「ちっ……ここまでか……?」


 もはや血にまみれていない箇所は存在しない。そこまでして戦い、そこまでして勝てなかった。


「死ぬまで立ち向かうのが侍って奴だが……オレ様の肩にゃあ、そんな自己満足が許されねえほど多くのモンが乗っかってんだよなぁ」


 そう言うと、男は自分の心臓に向かって刀を逆手に持って突き刺した。その瞬間、魂が肉体からカタナへと移っていくのが気配で分かった。


「悪いな、皆……約束を果たすのは、数千年後になりそうだぜぃ。だが、この刀を持つに相応しい人間が現れたら……その時は、必ず……! 必ず、誰かを助けられる奴に育ててやっからよぅ……!」


 そして、視界はどんどん暗くなっていき、代わりに現実世界の音が聞こえ始めた――。


 ◇


「……なあ、ネネ」


 ――なんだい、相棒。


「お梅って子、知ってるか?」


 ――……さあなぁ。今、お前さんの体内では毒素に対抗する薬が回ってる。妙な夢を見たならそのせいだろう。もう少し眠っておきな。


 そうか。それならそれでいい……別に、昔話を聞かされても俺には何も出来ないのだかあ。


 そう話を落ち着けて、俺はまた眠りにつくのだった。

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