第17話
「……ああ、そうか。寝てたんだ」
俺は目を開けて周囲を見て、ベッドに寝かされている事に気付いた。病棟のようだが、幸いにも他に寝かされている人は居なかった。
「スラッグ、おはようございます!」
「お、ツィーシャ。俺はどのくらい眠ってたんだ?」
「あのモノノケを倒してから三日くらいですかね? 他の皆さんは既に処置しました。スラッグはひどい毒を受けてたので血清を使ったんですけど……」
「血清……そんなものも作れるのか」
「いえ、作ったのは私ではなく……いえ、話した方が早いでしょうね」
俺はまだわずかに痛む体を起こしながら続きを促す。
「騎士団の皆さんは魔物の処理とモノノケから受けた住宅の修復に当たってます。モノノケと立ち会えなかったのが悔しいのか、みーんな表情が暗いんですけどね」
「へえ……あ、そうだ。ツィーシャに渡した騎士は?」
「彼女こそが、血清を作ってくれたのですよ。どういう原理でモノノケから血清を作れるのかは分かりませんが……今は、まだ眠っていますかね?」
心配はしてるけど……それよりは、まず現状を確認したいな。
俺は立ち上がり大きな穴が空いた皮鎧を身につけると、ツィーシャを連れて外に出た。そこには多くの住民と騎士達が協力して牛鬼の後処理をしていた。
「あっ、サムライ様!」
とある騎士が俺の姿に気付くと、その場に居た人達が揃って俺の下へやってきた。
「ありがとうございます。ありがとうございます……! 本当に死ぬかと思いました。おサムライ様っ……!」
「ご協力感謝いたします! さしあたっては騎士団から相応の報酬が……」
口々に言われても、俺はただ「ああ、どうも」と受け取る事しかできなかった。そもそも、俺はこの場にいる人間を誰一人知らないのだ。
なのにサムライと呼ばれている所を見ると、ツィーシャ辺りがまた適当な事を言っていたのだろう。まあ、それはいい。
だけど、一つだけ気になった事があった。
「騎士団の人が居たら教えて欲しいんだが、あの英雄はなんて名前なんだ?」
「はっ。英雄……ですか?」
「たった一人で牛鬼と戦ってた奴が居たろう。あれはお前らの先兵なんじゃないのか?」
それを聞くと、騎士団員達は顔を見合わせて気まずそうな顔をする。何だ、どうしたことだ?
「彼女はレイラといいます。しかし、英雄とは……?」
「レイラか。今回のモノノケ退治、レイラの足止めがなきゃこの街は滅んでいただろう。魔法使いなのに真正面から向かい合っていて、格好良かったぞ。俺が来るまでレイラはずっと食い止めていた。俺みたいな奴が来るかどうかも分からないくせに……本当、素晴らしい騎士だ」
「なっ、レイラがですか……!?」
騎士団員は戸惑いを見せるが、わっと沸いたのは住民の方だった。
「俺も見たぞ! あの化物に一歩も退かなかった!」
「まあ、そんな素敵な……私、怖くて窓も見られませんでしたわ」
「避難誘導してくれた騎士様にも感謝だが、そういう事ならその英雄様にはもう足向けて眠れねえな……」
そこへ、タイミング良く背後の扉が開いた。そこには、まだ顔色は悪いものの意識を取り戻したらしい水色の髪をした少女……レイラが立っていた。
それを見て、住民達が俺から彼女の方へ視線を向けて、口々に感謝の言葉を贈り続けた。しかし、それを受けてもレイラは戸惑ったような様子を見せる。
「ええと……ねえ、どういう状態?」
「安心しろ。俺はきっちり目覚めた」
「そっか……なら良かった。じゃ、わたしはこれで……」
「何言ってるんだ。今回の件の手柄はほとんどお前のものだぞ?」
「えっ……?」
レイラは口に手を当てて目を見開き、改めて住民と話をしていた。そして、騎士団員を見て察しが付いたらしく、改めて俺に向き直った。
「わたしは何もできなかった。あの巨大魔物を倒したのは君でしょ」
「俺は美味しい所を掻っ攫っただけだ。剣も魔法も通じない相手に、よくあそこまで粘った」
「そんな、わたしなんて――」
と、顔を俯けようとした所で騎士団員の中から飛び出てきた女騎士の一人が深く頭を下げた。
「ごめん! 見捨ててごめんなさい! 私、レイラがそこまでの覚悟をしてるなんて知らなかった……レイラこそが本当の騎士よ。今まで本当にごめんなさい……!」
「馬鹿野郎、真っ先に逃げ出したのは俺だ! 俺を責めろ! 本来なら先輩として皆を守らなきゃならなかったのに……!」
「レイラ、見直したぜ! お前の取り柄は無限の魔力なんかじゃねえ、不屈の心だったんだな!」
……見捨てた? あれ、俺ずっと何かを勘違いしてたか?
だが、レイラはその言葉が効いたらしく頬を赤らめて口元をもごもごとさせていた。
「皆、そこまでだ。私は今回の作戦の最上位騎士。にも関わらず、現場を放棄した。私がその場に残っていれば、あそこまで騎士の逃げを誘う事はなかっただろう。サムライ様の言うとおり、今回の英雄はレイラだ。もちろん、サムライ様にも莫大な報酬が与えられることだろう……だが、それ以上にレイラを尊敬しよう。彼女こそが真の騎士だと」
ああ、そういう事だったのか……真っ先にモノノケに飛びかかっていくなんて勇敢な、と思っていたが味方が全員逃げ出してたのか。
まあ、俺は責めはしまい。そんな権利は俺にはない。だが、余計にレイラの価値が上がった。
「本当に……すまなかった! そして、騎士の面目を保ってくれてありがとう、レイラ……」
「……いえ、わたしだって気づけた部分は沢山ありました。だけど……何だか、やっと報われたような……」
レイラはその涼しげな顔つきを崩し、ポロポロと涙を零し始めた。
そっと背中を撫でているのは、ツィーシャだった。きっと、彼女は全てを知っていたのだろう。何気にツィーシャも大活躍だったんだよな……報酬をもらったら、美味い飯でも食わせてやるか。
「わたし……本当の騎士になれた……」
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