僕、勃起する

 僕は勃起した。

 必ず、この邪智暴虐の男性器を取り除かなければならぬと決意した。


(……って、なんで男が半裸になって走り回る歴史的公然猥褻小説の一文を思い出す場合じゃないだろ、僕……⁉)


 僕は女装をして女学園に潜入するだなんていう変態まがいの行為をやらかしているけれども、男性なので自身の勃起に対しては、人1倍に敏感であった。

 

 そりゃあ、そうだろう。

 だって、自分の男性器が直立不動の態勢を取るだなんて、男性であれば何度でもあるような行為だし、1年前にも僕は国の義務で精子の提供を月に1度した事もあるぐらいだから、そういう知識は当然ながらある。


 だがしかし、僕は男だというのに男に性的に襲われてしまったという精神的ショックの所為で勃起が出来ない身体になってしまい、その所為で男子校から追放された挙句の果てに女装をして女子校で生活を送る羽目になった……筈だというのに!


 僕は!

 今!

 勃起を!

 してしまっている!


 やったぁ! 勃起だぁ!

 勃起が出来て嬉しい! ……って、そんな事を思う訳ないだろ⁉


 ここは女子校だぞ⁉

 勃起しちゃいけない場所だぞ⁉

 いやどこでも勃起して良い訳なんて無いのだけれどもね⁉


 ここは男女比1:99の世界で、男女比が0:100というお嬢様学園!

 まぁ、僕の所為で男女比は1:99になってしまった訳なのだけど……って、今はそんな事なんかに考えている暇なんてない!


「みみみ、光輝、さん……? これ、は、その、えっと……まさか……アレ、なんですか……?」


 見慣れた無表情ではあるけれども、顔面に耳まで真っ赤っ赤にしては、今にも泣いてしまいそうなまでに目端に涙を溜め込んで、口の端をぴくぴくと動かしてしまっている琴見硝子がたどたどしい様子で僕に勃起アレしたのかと問い尋ねてくる。


 ついつい反射的に学内でも最高の美人であらせられる琴見硝子を胸元にまで寄せてしまった挙句に勃起させて、スカート越しから彼女の身体に触れさせてしまっているという最低すぎる行為をやっている僕なのだけど、言い訳をさせてくれ! 


 これは不可抗力だ!

 女性として魅力的が過ぎる彼女がふらついて地面に倒れてしまいそうになったから腕が勝手に彼女を捕らえた挙句に、生殖器が勝手に勃っただけなんだ!


(……変態犯罪者の言い訳じゃないか、ソレ⁉)

 

「百合! 百合ですわ! 光輝お姉様×硝子お姉様がマジで尊ぇ尊ぇ過ぎて豚になって鼻血出て死にますわブヒィ!」


「いやぁぁぁぁ!!! 硝子お姉様が……! 私たちのクールビューティな硝子お姉様が……! いつもの無表情なのにメスの顔をお浮かべになられてますわぁ……⁉ ああっ、駄目っ、そんな事されちゃったら私がお二人の子供を妊娠して死んでしまいますわっ!」


「硝子お姉様が攻めじゃなくて、受け……なるほどそういうモノもあるのですね……やべぇですわなんか興奮してきましたわ……あの無表情鉄仮面を崩せるのは光輝お姉様だけだと思うと……そうだ、同人誌書こう……! この尊さを布教して生きとし生ける女どもを想像妊娠させなければ……! それが私の産まれた意味ッ……!」


(……相変わらずうるさいな、この自称お嬢様どもっ……!)


 幸いにもぴったりと僕に貼り付いてくれている琴見硝子のおかげでスカートから山のように盛り上がる部分は隠せてはいるけれども……いや、これ幸いなのか⁉


 確かに彼女のおかげで僕が男性だってことはバレないかもだけど、僕は現在進行形で彼女に男性器を服越しに擦り付けるだなんて最低最悪大変態な事をしでかしているんだけど⁉


 不幸中の幸い⁉

 こんなの不幸中の大不幸の間違いなのではないのかなぁ⁉


「……光輝さん……」


「ひっ⁉ ごめっ、ごめんなさいっ……!」


「いえ、ありがとうございます。おかげ様で私は倒れずに済みましたが……少々足首を捻ってしまったようです。お恥ずかしい限りですが、早々に保健室に連れて行きなさい」


「え、あ……え?」


「何を呆けていらっしゃるのですか、光輝さん。怪我人である私を人前でいつまで放置なさるおつもりですか」


 ぷるぷると未だに震えながらも、彼女は毅然とした態度と声色でそんな事を言うや否や、先ほどよりも強い力で僕を抱き返しすだけでなく自分から進んで更に密着していく。


 ……ふにゃり、と。


 初めて体験する女性の胸の柔らかい感覚に脳神経が焼き切れそうになってしまいそうになるし、彼女の体温と良い匂いが先ほどよりも強くなったしまった所為で僕の下半身に更に熱くなっていく。


「だ、駄目です……! い、一体何をやっているんですか琴見さん……⁉ これ以上近づいたら、僕は……!」


「ご自分の心配よりも怪我をしてしまった私の心配をしてくれませんか」


「そ、そうは言ってもですね……⁉」


 もしや、彼女は男性が興奮する要因を知らないのか⁉

 男女で付き合うだなんていう文化が形骸化したこの男女比世界で暮らしてきた彼女は一体何をすれば男が興奮してしまうのか知らないのか⁉


 むしろ、彼女が僕に身体を密着すればするほどに加速度的に僕の興奮を促すというのに、一体いつになったら気付いてくれるのか……!


 そう悶々とした感情を抱え込み、必死になって御しきれない興奮を制御しようと奮闘する僕に対して、琴見硝子は囁くような本当に小さな声で意思疎通を図ってきた。


「……我慢なさってくださいませ。私だって、は、恥ずかしいのですよ……?」


「そ、そんな事、言われても、ですねっ……⁉」


「……貴方と私は、互いに大事なところを寄せ合っていますよね?」


「そ、それはそうですけどっ……⁉」


「これで、お互い様、でしょう」


 目や口を必死に無表情になるように取り繕っている彼女は余りにも劇物だった。


 そんな彼女を視界に入れるだけで心臓が本当におかしくなってしまう。


 今の自分が置かれている状況は本当に絶対絶命だというのに、周囲の女子生徒たちにそそり立つ男性器を隠さないといけない筈なのに、目の前にいる彼女の事だけしか考えられなくなってしまう。


「……っ!」 


 時間が何百倍も遅くなったか、あるいは時間が何千倍も速くなったか……自分でも言っていて訳が分からなくなるぐらいの錯覚を覚えてしまった僕の心臓は更に加速度的に鼓動していく。


 流石にこれ以上脈動してしまえば壊れてしまうのではないのだろうかと逆に不安になるぐらいに、全力疾走した後のように……いいや、生涯で経験した事がないぐらいに、痛いぐらいに心臓が胸の中で暴れ回っていて、頭が本当におかしくなってしまいそうになる。


「……深呼吸、しましょう」


 いつぞやの屋上でそう口にしたように、彼女は僕に目掛けてそんな事を口にした。


 だけども、深呼吸が必要なのは僕だけでなくて、彼女もそうだった。

 僕たちは全く同じのタイミングで一呼吸を吸っては吐き、互いの頭に冷静さを取り戻そうと努める。


「……光輝さんは大丈夫ですか」


「……そういう琴見さんの方こそ」


「まさか。生まれて初めての事ですので」


「それは僕の台詞なんだけど」


「おや、レディーファーストという古き良き文化をご存知ないのですか」


 互いに軽口を叩きながら、いつもの日常を過ごすような気軽さでお互いに言葉を、他の誰にも聞かれない程度の小さな音量で、他の誰もが間に入り込めないぐらいに肉体を密着した僕たちは、周囲に人だかりが出来ているというのに2人だけの時間を過ごしていく。


 いつも通りの、周囲を騙していくだけの、お互いの本心を隠すような、そんな時間を過ごしていく。


「……」


 琴見硝子が女性として魅力的だという事実を彼女に知られたくないからなのか、あるいは存分に彼女との時間を触れ合った所為なのか、それとも必死になって自分の性欲を抑えんと努力したからなのか、身体の奥から湧き出るマグマのような熱は段々と冷えていき、ついには男性器の主張は少しずつ控えめになっていく。


 まだ硬さを感じるとはいえ、それでも気を付けて歩く分には問題がないぐらいの大きさに収まったのを肌で感じた僕と彼女は全く同じタイミングで、安心による大きな嘆息から口から漏らした。


「……さぁ、足首を捻った私を早く保健室に連れていってくださいませ」


 全く足首を捻ったようには思えないぐらいに軽く、それでも先ほどよりかは安心して見ていられるような足取りで僕から距離を取った彼女は再び僕に振り返ると同時に、手を僕の方にへと差し向ける。


 ……手を取れ、という事だろうか?


 というか、勃起しない筈の自分の男性器を彼女に向けたというのにも関わらず、彼女に劣情を向けてしまったというのにも関わらず、どうして彼女は僕にいつも通りに接してくれるのか。


 いや、周囲を欺く為だからこそ、逆にいつも通りに振る舞うのか。

 だけど、こうして彼女から手を取るように促すような事は今までに無かった筈だけれども……いや、今はそんな事を考えている暇はない。


 一刻も早く、集まりに集まってしまった女子生徒たちの好奇の視線から逃れるべく、僕は彼女の手を取ると、琴見硝子は社交ダンスの場で手を取るような優雅さでその手を握り返す。


 いつも無表情で、能面を思わせるぐらいに感情を露わにしない彼女が、少しだけ、本の少しだけの微笑みを浮かべて――。


「おーい、お2人さん。いや、本当に何をやっているのかな、お2人さん」


 聞き覚えのある声が聞こえたの同時に、僕たち2人は全く同じのタイミングで宙に飛んでしまいそうになってしまうぐらいに跳ね上がりそうになったが、互いに手を握り合っていたからか未然で終わったが、彼女の手からドクドクと鳴り響く心臓の音が聞こえてくる。


「何やら騒がしい様子だったから隣の教室から遊びに来た訳だけど……いや、本当に何をやっているのさ、硝子に金城さん。まぁ、ボクが言えた義理ではないかもだけどそういうのは公衆の目が無い所でやるのがマナーじゃないかな?」


 涼しい声の中に戸惑いの感情を僕たちに向けたのは、以前に僕を女子トイレにへと拉致しては服を脱がしに掛かった金色の髪の美少女だった。


 名前は確か……。


「に、二条院さん……⁉ い、いえ、これはその、私が怪我しただけですので……! そういう訳、では……⁉」


「いや、逆にそう必死に反論されると逆にそう思わざるを得ないと言うか……それにしても、本当にキミ、あの硝子? ボクの知っている硝子って目に入るモノ全てが気に食わないっていう冷酷極まりない人間だったと思うんだけど」


 またしても感情を露わにしてしまう琴見硝子とは対照的に飄々とした態度を崩さない二条院という名前の金髪の少女。


 確か彼女は演劇部の人間だとは先ほど聞いたばかりではあるけれども、そんな二条院と名乗る少女の目はまるで芸術品を評価するかのように動き回っており、僕たちを舐め回すように見ていたではないか。


「うーん、やっぱりそうなのかな?」


「な、何がでしょうか」


「あぁ、そんなに緊張しなくていいってば硝子。ほら、人間ってよく言うじゃん? って」


「……恋愛? ……誰が?」


「キミが」


「……誰と?」


「そこの彼女と」


「……何だと、言うのです?」


「恋人」


金髪の彼女がそう口にするや否や、琴見硝子の表情は一気に真っ赤になっては、頭から湯気が吹き出てしまいそうなぐらいにまで全身という全身が熱くなり……色々と限界を迎えてしまったのであろう彼女は再びバランスを崩しては間近にあった僕の胸の中に飛び込んだ。


「こっ⁉ こ、こ、こ、こここ……っ⁉ 私が……え、あ、ち、違っ、それはちょっとまだ早いといいますか、まだ全然そういう関係ではありませんし、そのっ! み、み、み、光輝さんっ⁉ 私たちは恋人なんかじゃありませんよね⁉ 全然! 全く! 誰が! どう見ても! 恋人なんかじゃ! ありませんよね⁉」


「え、あ、うん。はい、そうですね」


「――――――――え」


「え?」


 僕の返事が気に食わなかったのか、あるいは暴走に暴走を重ねる感情をコントロールする事が出来なかった為なのか、彼女は絶望に近い表情を浮かべては即死でもしたかのように失神してみせた。


「ほ、保健室――ッ⁉」 


 その後、僕は二条院さんと一緒に彼女を保健室にまで運んでいったが、意識を無事に取り戻した彼女は暫くの間、いつもの無表情だというのにどこか不満気だと言わんばかりに、僕に口を効いてくれなかったのは別の話。


 

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