お嬢様の悪友様が変態な訳がない
聖エーテルフィギュア女学院での1日は実に濃密だ。
というのも、辺り一面が女子しかいないというのは……実は男性である僕にとっては衝撃的な内容としか言いようがないのだから。
もしも、仮に僕が勃起不全でなければ危なかったのではないのかというシーンは何度もあった訳で、その度に精神的ショックで勃起不全になって良かったと思う反面、そもそも勃起不全にならなければこんなところでしなくてもいい気苦労をせずに済んでいたのではないのだろうかと思わざるを得ない。
まぁ、それはそれとして今日も今日とて無表情でクールでかっこよくて、僕の事を全然男性として見てくれない強力な協力者である琴見硝子と共に女装生活を営んでいた訳なのだけど――。
「んぅっ……! んっ……! や、やめてっ……! やめて、くださっ……! 触るの、やめっ……!」
「女同士なのだから別にいいと思うけど……ほぅほう……ふーん、イイ筋肉してるね。どう? 演劇部に入らない? ボクと一緒に男役とかやってみない? 才能あるよ、男の」
――世界史の授業が終わり、休み時間になった廊下から自分のクラスに向かおうとした矢先に、僕は女子トイレに見ず知らずの女性に拉致された挙句にセクハラを受けていた。
自分でも何を言っているのか意味が分からないけれども、実際にそうなのだから仕方がない。
「Aクラスに美少女が編入したって言うから前々から興味があったんだけど、これは中々の逸材。ボクと同じ僕っ子だと聞いていたから、あ、これキャラ被ってるじゃん訴訟しよ……と思っていたけれども、訴訟は撤回にしよう。ここはボクの演劇部に詫び入部で手を打とう」
男らしい口調で喋っていて、低い声だったから今まで断言できなかったけれど、僕の目の前でそんな事を口にしたのは僕と同年代ぐらいの美少女であった。
「という訳、で。どう? スケベしない?」
女性の経験が疎い自分でも分かるぐらいに引き締まった体型はモデル顔負けという言葉が本当に相応しくて、そんな神々しいまでに均整の取れた美しい体から物凄く汚い言葉が飛び出ていて、思わず耳を疑ってしまうけれども生憎と耳は正常そのもの。
「お断りさせて頂きますっ……! ぼ、僕は、演劇部なんかに……ひぃっ⁉ 手慣れた手つきで制服のボタンを外さないでくれませんか……⁉」
恐らく彼女は純粋な日本人でないからか、ついつい見惚れてしまう程の美しい金髪の持ち主で、一目見ただけでも彼女のロングストレートの髪はちゃんと毎日手入れをしているのが分かるレベルで輝いていたのだが、そんな美しい金髪の美少女が物凄く手慣れた手つきで僕の女子制服を脱がしに掛かってきた。
「おや、抵抗するのは口だけで身体は全然抵抗しないものだから、てっきりキミはそういうのを望んでいるものとばかり……おっと? へぇ、これはこれは……ブラを付けていないんだねキミ。人は見かけによらないと言うけれど、どうもキミはボクと同じ悪い人間の部類に入るらしい」
異国の姫のような雰囲気を醸し出している彼女がそんな意地の悪そうな笑みを浮かべるや否や、実に嬉しそうな声音でそんな事を口にしてみせた。
「そ、それには深い訳がありましてっ……⁉ いや本当に不味いですからやめてください! 本当に不味いですからやめてください!」
ボーイッシュな口調をしている所為で頭がこんがらがるけれど、彼女の大きな胸が真正面から僕の胸元にまで寄せに来ているものだから、頭という頭が恥ずかしさの余りに一瞬にして沸騰しそうになってしまう。
本当に、ここが誰もいない女子トイレで助かった……って!
なんで僕が女子トイレにいるんだよ⁉
僕は毎日毎日我慢して女学園内ではトイレに入らないように努力していた筈なのに!
そんな僕の努力が目の前の名前も知らない金髪碧眼美少女の所為で穢された!
どうしてここには男子トイレが無いんだ……って、女学園なのだから仕方がないね!
そもそも業者とか教職員の方々も基本的に女性だもの!
流石は筋金入りのお嬢様学校!
男性への配慮がまるで足りていない!
「そう口答えする割には随分と好き者じゃあないか、キミ。その気になればボクなんか簡単に振りほどける癖にそうしないのは……キミが優しいからなのか、それともボクに乱暴にされたいからなのか。さて、どっちかな。出来ればキミの口から教えてくれると嬉しいな?」
ぐぐいっと更に身体に寄せてくる彼女を前にした僕は気恥ずかしさで身体を更に縮めてしまいそうになる。
抵抗したい筈なのに、抵抗する為の力が入らない……というよりも、自分からそういうのをされたがっているとでも言うべきか。
自分からでは絶対にしないようなイケナイ事を、相手からされてしまうというのは酷いぐらいに背徳感があって、酷いぐらいに興奮せざるを得なかった。
確かに脳裏には同級生の男子に襲われたという映像がちらつく訳なのだけど、性別が違うだけでこんなにも違うものなのかと驚きと戸惑いと興奮を隠せないでいたのが正直なところだった。
もしも、仮に僕が勃起不全でなかったとしたならば、すぐさま僕は目の前の女子に男性であるという事が言葉にせずに伝えてしまっていたであろうというのも想像に難くない。
「だ、駄目です……こんなの……だ、め……ですよ……」
「おや、いつ誰がそんな事が駄目だって言った? 常識なんて時代の流れで移ろい行くモノだ。昔は男と女が付き合うモノだっていうのが常識だったけれど、そんなモノはもう形骸化したじゃないか。今の時代、人工授精して作った子供を女性2人で育てていくのが普遍的だろうに」
ぎゅうと瞑った瞼から涙が零れそうになりながらも、僕は半開きにした目で彼女の行動に本の僅かな期待感を持ちながら見守り、完全に身を委ねようとしてしまっている。
駄目なのに、これ以上されたら僕が男子だって事がバレてしまうのに、僕は抵抗らしい抵抗が出来ずにいて――ついに、スカートが脱がされる。
「ななな……⁉ 何をやっているんですか、二条院さんっ……⁉」
しかしながら、思わぬ乱入者……僕の女装事情を知っている琴見硝子の出現によって僕のスカートは完全には脱がされず、ようやく理性を取り戻した僕は乱れたスカートを整えて、二条院と呼称された女子生徒から距離を取る。
「おや、硝子じゃないか。来るタイミングが悪すぎやしないか。ところで演劇部に再入部しないかい?」
「お断り致します! いつまで経っても光輝さんが教室に戻らないものだから学園中を探していたら……貴女は光輝さんに何をやっているんですか……⁉」
「何って、セクハラだけど?」
「学園内でそんな事をしたら駄目に決まっているでしょう⁉」
いつも無表情の彼女が、今この一時の瞬間だけ、感情という感情を露わに、いや、まるでいつも制御して見せている感情を暴走させるかのようにしていたものだったから、そんな彼女の姿を初めて見た僕は呆気に取られていた。
「光輝さんも棒立ちしないでください! 早くしないと授業に遅れますよ⁉」
やや乱暴気に、彼女は僕の手首を掴むだなんていう絶対にしないような行動を取っては、僕の手首を引っ張って女子トイレから引き摺り出そうとする。
「え? ……え? あ、はい?」
本当の本当に理解が追いつかない僕は突然の事で頭が全然動かなくなっていたのだけれども、僕はそのまま彼女に引っ張られるがままになっていた。
そして、そんな彼女の変わり様に僕だけでなく、金髪のセクハラ美少女もまた呆気に取られている様子であった。
「……珍しい。いや、本当に、珍しいね。あの硝子がそんなに感情を露わにするだなんて……益々気になるね、その子。ねぇ、硝子。良かったらその子と一緒に演劇部に――」
入らないか、だなんて言う言葉を、食い気味に、反射的に、栗毛色の髪をたなびかせるお嬢様が言葉を発して、かき消す。
「……これっ……! わ、私の……! 私のものだからっ……! 光輝さんは私のものなんですっ……! 何があっても私だけのものなんですから……!」
耳も、頬も、顔全部を真っ赤っ赤にしながら、いつもの無表情ではなく、今にも泣いてしまいそうな必死な表情でそんな事を口にした彼女は信じられないぐらいの力で僕を引っ張ってはその場を後にした。
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