お嬢様のクソ強い鉄仮面がクソザコに壊れるまでの日常恋愛譚

お嬢様は真面目なので恋愛小説なんて読まない

 聖エーテルフィギュア女学院に通学する事になって、早くも3日が経とうとしていた。


 聖エーテルフィギュア女学院は日本の近代化に合わせて、女性にも男性相応の教養を学ぶ必要があるという理念に基づかれて、大正時代に創立されたという歴史を有する私立の女子校であり、世間一般での評価はとして落ち着いている。


 そして、男女比1:99の現代社会において、聖エーテルフィギュア女学院に通う女子生徒というのは大変に頭が宜しくなるように勉学にも力を入れているだけでなく、ボランティアなり常日頃から献身活動に参加していることから大学受験においてでも多大なアドバンテージがあり、実際に指定校推薦という席を数多くの大学に用意されている。


 指定校推薦とは大学と高校の信頼関係の上に成り立つものであり、それだけ聖エーテルフィギュア女学院は社会から認められるような功績を多数排出している訳なのだが――。


「僕の事がバレたら絶対に問題になって、そういうのって全部消えますよね」


「何を仰っているのか私には分かりかねますが、大抵の問題は金で消せるものだと存じ上げます」


 屋上で倒れそうになった学校での1日が終わった後の買い物帰り。 

 夕暮れ時の東京都内はいつも通り、見渡す限りの女子に女子に女子で、先ほど寄ったスーパーの客も店員も店長も全員が女子であった。


 沢山の食材を詰め込んだ買い物袋を手にした僕がそれとなくそう口にすると、彼女はいつも通りの仏頂面のまま、そう答えてみせた。


 因みに彼女、琴見硝子は女性の制服を着た僕が女子ではないという事を知っている人間であり、一瞬の共犯者的立ち位置にある訳なのだけど、いつも無表情でいるものなのだから、何を考えているのかが分からない時がある。


「金で解決するのなら、せめて住む場所ぐらいは女子寮以外の場所が良かったと思ういますけど、やっぱり駄目……ですよね?」


「駄目です。重ね重ね申し上げますが、貴方にはサンプルとして有益な情報を国に提供する義務がございます。同時に常日頃から歴史ある聖エーテルフィギュア女学院としての女子生徒としての自覚を有する為の必要性もあります。使2。それに――」


「あ、はい。色々な人からそれは何度も聞きました」


「――であれば、結構」


 結論から言うのであれば、僕は男女共学化プロジェクトの為に女装をして、聖エーテルフィギュア女学院の生徒として振る舞っている。


 詰まる所、僕は学園の為、社会の為、世界の為、ひいては未来の為に女装をしている訳なのだ。


 そう思うとまた嘆息を吐いてしまいそうになるのだが、僕がため息を吐こうとする度に無表情の彼女がちらりとこちらに視線を向けるので、我慢するように努める。


(そりゃあ女装して女学院に通うだなんて普通に考えて嫌だけど……それを言ったら琴見さんの方が何倍も嫌に決まっているよね)


 考えてみても欲しい。

 自分から共学化プロジェクトに協力を申し込んだとはいえ、男と、それも何が嬉しくて女装をした気持ち悪い男と一緒にいたがるだろうか。


 しかも、そんな僕みたいな異物と寝食を同じ屋根の下で過ごすだなんて、女性相手にとっては余りにも酷い拷問か何かなのではないのだろうか。


 先ほどから彼女は顔色が伺えない無表情ではあるけれども、それでも不愉快そうな嘆息を僕の前で1度たりとも吐いてなんておらず、それなのに簡単に嘆息をしてしまう自分が女々しいように思ってしまって、だからこそ僕はため息を余り吐かないように努めていた。 


「……とはいえ、その懸念は当然です。しかし、何度も言いますが、どうかご安心を。聖エーテルフィギュア女学院の生徒に寮を利用する生徒はおりません。というのも、家から離れて生活をしたいだけでしたら高層マンションを借りればいいだけなのですから。というのも、当然ながら寮は学園の管轄。寮生になった以上、当然ながら寮内でも聖エーテルフィギュアの生徒として立ち振る舞いが求められます」


「……寮則に縛られたいだなんていう酔狂なお嬢様はいないって事ですかね?」


「平たく言えばそうなりますでしょうか」


 言われてみれば、金があるのであればわざわざ寮則だとか門限が設定されている寮に入るよりも、ある程度の自由が約束されている1人暮らしをした方が楽そうではある。


「加えて言いますと、私が寮を利用している時点で好き者以外はやってこないかと」


「なんでまた?」


「私は冷たく、面白味に欠けた人間ですので」


 きっぱりとそう断言してみせた彼女の表情はやはり能面のように無表情であった。

 頬を赤くもしないし、逆に青ざめたりもしない彼女の顔は本当に芸術品のようにしか見えなくて、それ以外の表情をする事を許さないと言わんばかりに引き締まっている。


 確かに彼女は意図せずこちらに威圧感を与えてしまうぐらいに大人びた容姿をしている所為で、こちら側から近づいても拒絶されてしまいそうで思わず尻込みしそうになってしまうだろうけれど。


「でも、今日、僕を助けてくれましたよね」


「目の前で倒れそうになっている人を前に何もしないなぞ、琴見家の名折れでしかありません。それに何度も申しますが仕事なので」


 やはり、表情を変えないままにクールに言の葉にしてみせた彼女だけれども、いつもと違って小さく1回だけ咳払いをしてみせた。


「……すみません。少し用事が思い出しましたので、先に女子寮にお帰りください。それではまた後ほど」


「あ、ちょ」


 今日の屋上での出来事のように、彼女は淡々と告げたと同時に人混みの中にへと足早に消えていこうとした。


 先に帰れと言われたものの、もしかして僕は彼女に何か不味い事でも言ってしまったのだろうかと危惧した余りに反射的に追いかけようとして。


(……いや、女性モノの下着を買うだとか、そういうのだったらどうしようも出来ないし……うん、流石に追いかけるのは止そう。大人しくここは帰ろう)


 そう思い至った僕は両手で持つ2つのレジ袋を手にしたまま、真っ直ぐに帰路に就く事にした。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




 私、琴見硝子は東洋の芸術と称されるような美少女である。


 かつての栄光から没落したとはいえ、琴見家の一員として教育を施された私は知識と気品を兼ね揃え、只々学校で成績優秀なだけでなく、多くの女子生徒から支持されるにたり得るカリスマをも持ち合わせた才女の中の才女。


 常日頃から学術論文に目を通し、男女比世界になった事で二転三転するマナーの全てを把握し、御家再興の為にも社会と経済の流れを理解しなければならない身としてはそんなモノは出来て当然。


 そして、そのようなモノは一朝一夕で成り立つものではない。

 それらは常に血反吐を吐くような研鑽があってこそ成り立つものであるからこそ、私は最新の知識を取り入れる事に妥協しない。


 故にこそ、私が立ち寄った先は書店。

 選別された数多くの情報媒体を取り扱う書店内にて、今の私が欲する情報を探しに探し、見つける。


「……ふむ」


『噓だって絶対に言われるけれど噓じゃない! 1:99の世界で男性と付き合ってみた女性特集!』だとかいう馬鹿げたタイトルが目に入ってくる。


 やはりそういう内容の為か余り売れているとは言い難い商品であるらしく、場所は店内の一番端の箇所。


 そんな情報雑誌に手を伸ばし、軽く中身を閲覧し、感想を漏らす。


「くだらない。やはり、恋愛は時間の無駄でしかありませんね」

















(とか余裕そうに言ってみないと無表情で読めないのですけれど⁉ え、え、え、えぇ……⁉ なにこれ、なにこれ、なにこれぇ……⁉ ひぃ……⁉ 性行為って実在するんですか……⁉ 性行為って作り話ではないのですか⁉ まずそれが驚きなのですが! え、待って、嘘でしょ、男性のアレを……体内に⁉ そんなの絶対に痛いですって、死にますって⁉ 何を考えたらそんな狂った事をやらかすんですか⁉ そんなので気持ち良くなれる訳がないでしょう⁉ 頭おかしいでしょこの人たち……⁉ み、未来に生きてるっ……!) 


 ただひたすらに最初の10ページ辺りを立ち読みしただけで、衝撃的な情報の前に頭の中が真っ白になってしまうのに、両頬が真っ赤になっていく感覚を強制的に覚えさせられてしまう。


「ふ、ふん……べ、べつに、たたた、たいした、こと、ありませんね……?」


 未知なる情報の所為で全身を震えさせてしまった私はその情報から逃げる様に、その本が元にあった場所にへと戻そうとして……戻すのを止めて、近くにあった買い物かごを手にしてはその中に投げ入れた。


(……情報1つだけを盲信するのは情報弱者が行う行為。そも、この情報雑誌に乗っている内容が脚色されている可能性も否めません。であるのであれば、私は賢くて優秀なので、別の情報雑誌を読むことで――うわぁコレさっきの情報雑誌に乗ってる内容と一緒ですぅ⁉ 避妊用具⁉ え⁉ 子供を作る行為なのに子供を作らない⁉ 意味が分からないのですが⁉ この人、頭大丈夫ですか⁉ 私と同じ世界に生きているのですか⁉ 最近の悩みは需要が無い所為で避妊用具が高価格化している事……って、どうして子供を作る行為でわざわざそんな事を⁉ ねぇ⁉ そんな事をするのはどうしてなのか言ってくださいません⁉ ほら、インタビューする人も困ってるのが字面から見て取れますよ⁉)

 

「こここここ……こわいっ……! 男女のカップル、こわいっ……⁉ 理解がとても出来ませんっ……!」


 頭から湯気が出そうになりながらも、私は買い物かごの中にそのイカれた内容が記載された2冊目の雑誌を放り込む。

 

 情報は、大事だ。

 今の自分では理解できない内容だったとしても、数日後の自分が欲する内容になっている事だなんて良くある事。


 であるのであれば、この情報社会に生きる上で必要なのはその情報をいつでも引き出せることが出来るか否かなのである。


 そんな冷徹で冷静極まりない合理的判断から私はこの卑猥な内容が書かれた情報雑誌を購入した次第であり、別に続きが気になったから購入した訳ではない。


(……とはいえ、これらは全てパートナーとも言える殿方を会得した女性ならではの体験談。会得する前の女性たちの情報ではなく、それらをテーマにした情報ではありませんね……)


 そうなのだ。

 私は欲するべき情報を十全に手に入れられたとは口が裂けても言えないような状況にある。


 私が欲しい情報とは、どうすれば男の人のパートナーになれるかどうかであって――って!


(そんなの! この琴見家の令嬢にして、東方の芸術と賞賛される美貌を持つこの私が! まるで! たかが顔と声が良くて滅茶苦茶にタイプの殿方と! 結婚したい! だなんて思っているみたいではありませんか⁉)  


 訂正。

 私が本当の本当に欲しい情報とは、今の私が抱えている感情が金城光輝への好意なのかどうかを判断する為の材料だ。


 であるのであれば、私が向かうべき場所は……恋愛小説コーナーだった。


「……ふん、どれもこれも頭が悪そうな下品な内容ですね。これを書く人間と読む人間の知識の程度が手に取るように分かります」


(ひゃああああああ……⁉ 生まれて初めて恋愛小説コーナーに来ちゃったぁぁぁ……⁉ 今まで参考書とかそういうのしか見てこなかったから、どれもこれもが劇物すぎますってば……⁉ って、うわぁ⁉ 表紙に裸の男性がいらっしゃいますぅ……⁉ 怖ぁ……⁉ 本当に男女が恋愛するヤツなんだコレぇ……⁉)


 恋愛小説コーナーに置かれていた本をタイトルを見ずに手に取り、少しだけ中身を拝読しただけで……私の頭からまたもや湯気が出そうになった。


「あ、あ、あ……あばばばばばばばば……⁉」


(作者ァ! ねぇ作者ァ! 何ですかこの内容⁉ 卑猥が過ぎますよ⁉ 男女が、男女が、男女が……! ててててててて、手を! 手を繋ぐだなんて⁉ こちとら男性の頭を膝に乗せただけでおかしくなったんですから、手を繋いだら死ぬに決まっているではありませんか⁉ こんなのフィクションです! というか男女比1:1ってそんなのファンタジーではありませんか⁉ リアルを描いてくださいリアルを! フィクションだからと言って現実味に欠けた内容を記載しないでください! まぁ買いますが!)


 その後、私は初めて目にした情報を御する事だなんてとても出来ないまま、取り敢えず店頭にある恋愛関係の書物を全て購入したのであった。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「ねぇお聞きになられまして? 先日、都内の書店で硝子お姉様の姿を! あろうことか! 異性恋愛小説コーナーで! 見たお嬢様が! いるらしいですわッ!」


「う、嘘でございましてよ⁉ あのクールな硝子お姉様が男という生き物にうつつを抜かす訳がありませんことよ⁉ そんなの解釈違いですわ⁉ お姉様はきっと私たち豚妹たちを調教する為の調教本を読んでいるに決まっておりましてよ⁉」


 翌日、僕たちの教室はそんな話題で溢れ返っていた。


 いつも仏頂面でいる彼女にも、こう言ったら悪いのかもしれないのだけど、意外な趣味があるものだな、と僕はそれとなく思ってしまったし、それなら確かに男である僕と一緒に寄るのは嫌だったというのも確かに頷ける話なのであった。


「……とまぁ、クラスの女子たちが噂にしてるんだけれども、あの後、書店に行ったんですね、琴見さん」


 朝からそんな話題で溢れ返っていたので、休み時間になった僕は『読書をしているから絶対に誰も近づくなオーラ』を出している琴見硝子に事の真相を尋ねてみる事にしてみた。


「くだらない情報ですね、光輝さん。確かに私はあの日、書店に寄りました。ですが、私には恋愛小説だなんていう俗世に塗れ、何の役にも立たない妄想しか入っておらず、情報媒体としての価値が低劣である産物を会得する必要性がないのですが」


 やはりいつも通りの仏頂面を浮かべたまま、僕にそう淡々と告げるや否や、ブックカバーで覆われた本に視線を向け直して、彼女は読書を再開した。


 きっと、あの本は僕なんかには分からないような高尚な内容が書かれた詩集だとかあ哲学書だとか参考書に違いないけれど、いつもの彼女にしては両頬が赤味を帯びているので、読んでいる本の内容がやけに気になったが、とても集中している様子であったので追求しないでおく事にした。

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