死んだ男性器が復活してしまった僕はどうすればいいですか(2/2)

 「随分と下手な自殺の真似事ですね、光輝さん」


 そんな言葉を背後から言ってのけたのは、僕の心という心を狂わせに掛かってきた人物その人で、夢にも思わなかった訪問者の登場によって冗談抜きで心臓が口から飛び出そうになってしまった僕ではあるのだが、そんな僕の気も知らないで彼女はいつも通りの仏頂面に無表情を浮かべたまま、立ち入り禁止の屋上の扉に鍵を掛けていた。


「……琴見さん」


「基本的に、何かあった際にはいつもここにいますね、貴方は」


「そりゃあ、ここは立ち入り禁止の屋上ですからね。でも、いいんですか? 僕はともかくとして、あの琴見硝子さんが朝早くから校則違反なんかして」


「私はこの程度では別に何も。違反とはバレずにやれば別に何だっていいのですから……それに、それを仰るのでしたら光輝さんの方は如何なのですか」


「僕は、校則云々の事をやらかしてしまっている訳ですからね」


 なるほど、と定型句だと言わんばかりの無関心……もとい、彼女の無表情ぶりを声に込めたようなそんな応答をしてみせた琴見硝子は足音で分かるぐらいの優雅っぷりで屋上に佇む僕の横にまで歩いてきた。


「悩みでも?」


「あるでしょう、人間なんですから」


「なるほど、人間」


 思わずずっと見てしまいたくなるような横顔を見せてくる彼女を見過ぎるのはいけない事だと分かっていても、僕の両の目は文字通り彼女に釘付けになってしまっていた。


 どうか彼女に僕が胸の中で秘めている事がバレてくれませんようにと、只々僕が彼女の横顔を見ているだけであると判断して欲しいと、この生活で女装がバレないようにと祈るような心地で心臓をバクバクと鳴らしていた訳なのだけど……この感覚はいつも味わうような焦燥感とはまるで違っていた。


 本当に、何なのだろうか、この感覚は。


「……このケースの悩みは基本的にという理由では無い気がするのですが」


 まるで実際に体験してきた人間が言うような声音でそういう事を口にしてみせた彼女の横顔はやはりいつも通りの無表情ではあるのだけども、横から見える真白の頬が僅かに紅潮しているのが目に取れた。


「光輝さん。貴方のその悩みは性別から来ているものなのではないのでしょうか」


 心臓が鷲掴みにされてしまうという言葉があるけれども、その言葉の使いどころはまさしく今この瞬間だろう。


 彼女はまるで僕の悩みなんて見え透いていると言わんばかりの的中率抜群の発言の前に、僕は分かりやすく呼吸を忘れかけたし、何なら言葉を出してもいないのに口がパクパクと勝手に開け閉めを繰り返していた。


「ふむ、図星ですか。何とも貴方は分かりやすいのですね光輝さん」


「ち、違いますけど……⁉」


 あぁ、もう。

 僕は何でこんな分かりやすく言葉にしてしまうのだろう。


 いつもであれば、此処にいる女子生徒たちに女性だって演技が出来ていて、見た目も相まって容易く彼女たちを騙せているって言うのに、今の僕は目の前にいる1人の女の子すら騙し抜く事すら出来ずにいた。


 この調子であれば、僕が彼女に向けている感情が露わになってしまいそうで、僕の想いを琴見硝子が知ってしまいそうで、それを知った彼女が僕に軽蔑の視線を向けて来そうだっていうのに、それでも僕はこのどう扱っていいのか分からない未知の感覚の取り扱いに難儀せざるを得なかった。


「……ふふっ」


「えっ」


 目に入ってきた光景に、僕は思わず言葉を失いかけた。


 というのも――笑ったのだ。


 あの琴見硝子が無表情ではなく、いつも浮かべているような仏頂面でもなく、人間であれば面白い瞬間になった時に零してみせるような笑みという表情を見せた。


 人間ならば笑うのは当然だろう。

 だけど、彼女の場合は訳が違ってくる。


 彼女は本当に笑わない。

 赤面したり、涙を流したり、動揺したりはするけれども、笑う姿だけは絶対に僕なんかに見せたりしなかった。


 そんな彼女が、まるでおかしいと言わんばかりに破顔してはささやかな笑い声を口に出したのだ。

 

「ふふ、ふふっ、ふふふ……申し訳ございません、思わず笑ってしまいました。ところでどうかしましたか? 光輝さんがそんな呆気に取られたような顔をなさるだなんて珍しいですね」


「……いや、その、あの……琴見さんでも笑うんだなって……」


「酷いですね。光輝さんは私が血も涙もない人間ではないかのような扱いをなさるのですか」


 先ほどの微笑は夢や幻の類だったと言わんばかりに彼女は見慣れた無表情を浮かべてみせるが、僕個人としてはそっちの方が好きだった。


 いや、自分で言っておいてなんだが、好き……というのには少しだけ語弊がある。

 先ほどのような花咲くような笑みを見ただけだっていうのに僕の心臓は先ほどの何百倍もうるさくなっていて、あんな素晴らしい笑顔をいつも浮かべていたとなれば文字通り僕の心臓が殺されてしまうから、そちらの表情の方が嬉しい。


「しかし、その戸惑いは必然でしょう。何せ私は基本的に感情を露わにしません。感情に左右されてしまうだなんて琴見家の当主として不相応。故に笑う必要性がなければ、当然笑いません。私はそういう人間です」


「…………まぁ、そういう事にしておきますね」


「お待ち下さい。その沈黙は何ですか。この私が感情に左右されるとでも言いたいのですか。私は貴方にそう思われているのですか。であるとすれば、些か、いえ、かなり不本意なのですが」


 いつもの無表情のくせに、相変わらず感情を沢山詰め込んだ視線で僕を射抜く彼女の姿はもう見慣れたものだ。


 最初に出会った時はなんて冷たそうな人間なのだろうと思ったものだけど、2週間ぐらい彼女と同じ屋根の下でやり取りをしているとそれこそ思い違いであるのだと、当時の自分に説教したくなってしまう。


「そういう琴見さんは、僕にどう思われたい感じなんですか?」


「……難しい質問ですね」


 こめかみをしかめるだとかそう言った表情を浮かべてもいないし、難しいだなんて本気で思っていないような声色と表情でそう言ってのけた彼女は口元に指を添えて、考え込むような動作を取り。


「……第一に。当然ながら、琴見家の現当主としてあるべき姿を。かつての栄光から没落した琴見の家を元あった栄光の座に。或いはそれ以上の天上に導く事が我が役目にして責務。それらを全うするに値する人間、と」


「第一に? 他にもまだあるんですか?」


「えぇ。私は人間ですので数多くの野望を秘めております」


「それは何とも穏やかじゃなさそうで」


「穏やかな野望だって、ありますよ」


「人間だから?」


「いえ――、でしょうか」


 そう言って彼女はいつもの無表情ではなく、殺人級の笑顔を少しだけ見せては引っ込めた。


「さて、私の番は終わりましたね。次は光輝さんの番ですよ」


「……僕の番? え? まさか僕もそういうの言う感じですか?」


「当然です。まさか、私にだけ辱めを与えるつもりだとお考えですか」


「今のに辱めを与えるような事あったんです?」


「ありました。本当に、恥ずかしかったです」


 絶対にそんな事なんて無かったであろう彼女が僕に解答を促してきたので、先ほどの琴見硝子がやってのせたように顎に手を添えて考え込む。


「……」


 僕が、琴見硝子に、どう思われたいか。


 そんなの、決まっている。

 そんなの、言える筈が無い。

 そんなの、駄目に決まっている。


「…………ぼ、くは――!」


 あぁ、言ってはいけない。

 駄目だ、言ってはいけない。

 彼女への好意を明らかにするような、その行為だけは、しちゃいけない。


 だけど、あぁ、駄目なのに。

 したくて、したくて、したくて溜まらない自分がいる。


 成功確率が100%でもないというのに、その感情を言葉にして、彼女にへとぶつけてしまいたくなる自分がいる。


 知らない。

 僕は、こんな自分を知らない。


「こ、琴見さんっ!」


「ど、どうしたのですか、いきなりそんな大声を出して」


「僕は、僕は……! 本当にこんな事を言っても琴見さんの迷惑でしかないかもだけど……! 僕は! 琴見さんに――!」


 ――好きだって思われたい!


 そう言葉にしたかったのだけれども。

 運良く、あるいは運悪く、その言葉を発そうとしたその瞬間に、朝のホームルームの開始を告げるチャイムの音にかき消されてしまった。


「……良く聞こえなかったのでもう一度聞きたいところですが、朝のホームルームに遅刻でもすれば琴見家の名折れ。私はこれにて失礼させて頂きます」

 

 僕に背を向けた彼女はそう冷たく言い放ったのと同時に、もう話す事なぞ無いと言わんばかりに足早にその場から去っていこうとした。


「え、あ、ちょ、ちょっと待ってくださ――」

























「私は貴方が思うその何倍も、貴方の事が大好きですよ」


 彼女はそんな言葉を僕に向かって振り返りながら、恥ずかしさが混じった満面の笑みで言い放ってみせたのであった。








―完―

後書き

https://kakuyomu.jp/users/doromi/news/16818093075893284029

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