落ち着けない静養(三)

 ガヤガヤ、ざわざわ……。

 にわかにテントの外が騒がしくなってきた。


「何だ?」


 側近のリュウイさんが確かめようと外へ行こうとしたが、その前にテントの外から元気の良い声が届いた。


「マサオミ様、真木マキイサハヤ様の隊が到着した模様です! 東宮トウミヤ連隊長がお出迎えに行かれました!」

「ほあっ!?」


 マサオミ様の口が、顔に似合わない間抜けな高い音を発した。


「オッサンもう来たん!? はえぇよ!!」


 合流日を一日前倒しして、更に午前中の到着。確かに早いやね。

 でも私の胸は高鳴った。イサハヤおじちゃん……。父さんの親友で私の淡い初恋相手。その人がすぐ側まで来ているなんて!


「俺も迎えに出る。いいかおまえら、さっき打ち合わせた通りエナミは疲労っつーことで……」

真木マキさま、医療テント前までいらっしゃいました!!」

「だから早いんだよ!!!!」


 テント前の警備兵へマサオミ様が大声で突っ込んだ。テンポがいい。


「お通しして構いませんか!?」

「あーもうクソッタレ! 解ったよ、来やがれ! そこのせっかちジジイをここへ通せ!!」


 ヤケクソ気味にマサオミ様が吠えた。

 次の瞬間、テント入口の布が巻き上げられ、大柄な男性を先頭に五人の戦士がテント内へ足を踏み入れた。


「聞こえたぞマサオミ。ジジイとは、よもや私のことではないだろうな?」


 低く心地良い声。威厳たっぷりの男性が美しい白い鎧に身を包んでいた。イズハ国王が積極的にイザーカ国の進んだ技術を取り入れている為、州央スオウ兵団の兵士は西洋風のよそおいなのである。

 東洋人である私達にはチグハグな感じだが、長身で端正な顔立ちのこの男性にはとても似合っていた。


「おー、よく来たなイサハヤ。直接会うのは実に二年振りだよな。元気だったか?」


 白々しく無駄に明るい声を出してマサオミ様が手を振った。


「誤魔化すな」


 間違いない。絵本で見た西洋の騎士といった佇まいのこの鎧武者が、私に優しくしてくれたイサハヤおじちゃんなんだ……!

 知っている昔の彼とは違い若々しさが消えているが、代わりに人生経験によって培われた渋みと重厚さが加算されていた。

 うわぁカッコイイ。超イケオジさんだ。


「ご苦労だったな東宮トウミヤさん。明日部隊を動かす。準備をしておいてくれ」

「かしこまりました。それでは私は自分の持ち場へ戻ります」


 桜里オウリの高官らしき六十歳くらいの男性が、来たばかりなのにすぐテントを出ていった。彼がおじちゃんを出迎えた連隊長か。マサオミ様の年上の部下だな。


「軍医の霧島キリシマアキラと申します。すみませんが皆さん、テント内には傷病者が寝ているので消毒にご協力下さい」

「おっと俺がやってやるよ!」


 スプレー容器を構えたアキラさんの手から、焦ったようにマサオミ様が消毒液を引ったくって、大将自ら客人の全身を優しく清めていた。

 イサハヤおじちゃん、赤髪のアヤト、州央スオウの女性兵、そしてセイヤという顔ぶれだった。


「傷病者が出たということはマサオミ、国王軍と戦闘が有ったのか?」

「あー、まぁ、斥候せっこう兵と? まだ大掛かりな戦闘はしてねぇよ」

「もう偵察が来ていたか。国王は何処まで我らのことを掴んでいるのか……」


 イサハヤおじちゃんが軽く咳払いした。


「ところで話は変わるのだが、エナミもこの師団に所属しているんだよな? 挨拶をしたいのだが何処に居る?」


 おじちゃんは寝ている兵士がエナミだと知らなかったみたい。最高責任者のマサオミ様が居る場所へ取り敢えず案内された感じだ。


「ああ、エナミはだな……うん、その……」


 マサオミ様が口籠った。


「エナミならそこに居ますよ! ほら、あそこで寝てるのがエナミです」


 ひょこっとセイヤがトップ同士の会話に割り込んできた。度胸有るな彼。


「な、エナミ!?」


 おじちゃんはキリリとした目を見開いた。


「傷病者とはエナミのことだったのか!? 早く言えマサオミ!!」


 ガシャガシャと鎧の音を立てておじちゃんが大股でエナミの寝台へ近付いた。


「エナミどうした! 怪我か? やまいか!?」

「お、お久し振りですイサハヤ殿……。あの、大したことはありませんので」


 引きりつつエナミが愛想笑いをした。


「ああエナミ……、更にイオリに似てきたな……」


 目を細めてイサハヤおじちゃんは、親友の面影をエナミの中に見た。

 しかし寝台の横に立ちお辞儀をするシキに気づいた途端、お怒りモードへ移行したのだ。


「シキ、エナミに何が遭った! 護衛のおまえが付いていながらこのザマはどういう事だ!」


 おじちゃんは滅茶苦茶エナミを心配している。愛されてるなぁエナミ。ちょっとだけ羨ましいかも。


「面目ありません。実は……」

「シキを責めないで下さい!」


 またもやセイヤが割り込んだ。ヤバイ。彼とはまだ口裏合わせをしていない。どうからんことを言いませんように。


「シキがやったから、エナミは半殺しで済んだんです!」


 言った────! 一番隠しておきたかった部分を抜粋して言ったよこのコ!!


「は…………?」

「ばっ、セイヤ!」


 マサオミ様が止めたが時既に遅し。イサハヤおじちゃんからユラリと陽炎かげろうが立ち昇った。殺気だ。


「シキが……のか? エナミを、……?」


 ゴゴゴゴゴ。肌がピリピリする凄まじい気がテント内に充満した。イサハヤおじちゃん以外の皆の背筋が冷えたはずだ。戦闘員ではないアキラさんも感じただろう。

 州央スオウの女兵士と余計なことを言ったセイヤがあわあわして、アヤトは真顔で、キキョウ姐さんは私の寝台の敷き布を掴んで震えと戦っていた。

 しかし私達は余波を浴びたに過ぎない。殺気を向けられているのはシキだ。


「………………」


 シキは落ち着いていた。流石は元隠密隊の隊長! ……とか私は感心したのだが違った。あれは「俺はもう終わった」って死を悟った顔だよ。


「おいイサハヤ、ちょっと落ち着けよ」

「黙れマサオミ。シキ、そこへなおれ……!」


 地獄の管理人以上の死神となったイサハヤおじちゃんが、シキへ一歩近付いた。「が来た」。大怪我で動けずどうすることも出来ない私は、くだらない駄洒落を思いついてしまっていた。


「いけません!!」


 しっかり者のエナミが上半身を起こしておじちゃんを抱き留めた。


「シキは俺の命令に従い、協力してくれたんです! 姉を助ける為に!!」

「姉…………?」


 殺気が弱まった。


「そうです。姉のキサラです。今ここに、俺達と一緒に居ます……!」

「! 何だと……?」


 イサハヤおじちゃんはエナミの視線の先を追った。そして寝台にうつ伏せ状態で、顔だけそちらへ向けている私と目が合ったのであった。

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2024年11月27日 20:08

空に月 地のこだま 水無月礼人 @minadukireito

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