落ち着けない静養(二)
「ええと……、キキョウさんはあの侍のことが気に入ったの?」
「はあぁ!? どうしてそうなるのよ!」
怒られた。
「御庭番としてマサオミ様の側に怪しい奴を近付けたくないのよ。知っていることを洗いざらい話しなさい!」
「は……はい」
私はキキョウに、アヤトが絶倫とかそういう部分だけ伏せてあの晩のことを話して聞かせた。
「……んで、イサハヤおじちゃんがお忍びでサクヤの街へ入るって情報をアヤトさんから入手したんだけど、おじちゃんは五百の兵と一緒に方向が違うここを目指している訳だから、完全にガセ情報だったね」
「……そう。一応はあの男、解放軍兵士として裏切り行動は取っていないようね」
まだ懐疑的なキキョウへ私は逆に尋ねた。
「キキョウさんがアヤトさんと会ったのは今日が初めてだよね?」
「まぁね。でも噂は聞いていたわ。目立つからね、あの赤髪は」
「アヤトさんは警戒するような怪しい身上なの?」
「………………」
黙ったキキョウへ無垢に見える瞳を向けた。
「私は全部話したよー?」
「あざとい女ね。忍び相手に純粋そうな演技をしても効かないからね?」
チッと舌打ちをしてから、キキョウは再度私を睨んだ。それでも話してくれた。
「マサオミ様から伺ったんだけど、アヤトと言う侍はたった三ヶ月前に、革命軍へ参加したばかりの新参者なのよ」
「えっ、そうだったの!? 新人がトップ同士の連絡役を任されているの!?」
イサハヤおじちゃん達が蜂起したのは半年前だが、革命軍の主戦力は王国兵団でおじちゃん達の部下だった人達だ。つまり何年も付き合いの有る信頼のおける相手。その彼らを差し置いて、ぽっと出のアヤトが使者に任命されるなんて。
「三ヶ月前に
「それ知ってる。私が所属する隠密隊は出動しなかったけど、かなりの大捕り物となって、革命軍兵士が何十人も死んだんだよね……」
「何十人で済んだのはアヤトのおかげなの。その場に居合わせたアヤトと仲間の侍が、革命兵を逃がそうと飛び入りで戦闘に参加して、その剣技で王国兵を牽制したんですって。結果、大勢の革命兵が命を拾い、アヤト達は英雄として革命軍に迎え入れられることになったのよ」
「そんな経緯が有ったんだ……」
アヤトは管理人をしていた大工の青年のように、後から革命軍に加わった侍だったんだ。
「腕が立つとはいえ、よく知らない者を組織の上層部に据えるべきじゃないわ。ましてや大将に近付けるなんて危険過ぎる」
「それは確かに」
「気が合うわね。だから私はあなたも出来れば排除したい」
「ぐっ……」
話はそこへ着地したか。だけどもっともだ。忍びが死守するのは
……隊抜けした私には
「私も、イサハヤおじちゃんや弟に怪しい人物を近付けたくない」
「ああ、あなたはイサハヤ殿と家族ぐるみの付き合いをしていたそうね」
「うん。だからアヤトと彼の仲間のこと、私も出来る限り探っておくよ」
「…………。そう」
信用してもらえたか判らないが、キキョウはもう睨んでいなかった。
これで早く身体を治す理由が増えたな。アヤトの存在が革命軍に不利益をもたらしそうなら私が始末しよう。それが忍びの仕事だ。
☆☆☆
翌日。
シキは幸い悪化することなく起き上がれるようになった。
エナミも舌の痺れが取れて微熱にまで下がった。まだ寝ているようにアキラさんから指示されたが、順調に回復していると言えよう。
私は……まぁ相変わらずだ。一日二日で治る怪我じゃないからね。
そんな私を一つ年上らしいキキョウ姐さんが、意外にも丁寧に世話を焼いてくれる。文句付きだけど。食事の補助や着替えなど素晴らしく手際がいい。
「邪魔するぜ」
本日最初の面会人は、マサオミ様と彼の側近のリュウイと言う人だった。彼らは消毒を済ませてから私達へ近付いた。
「おはようさん。シキはもう大丈夫そうだな」
「はい。ご迷惑をおかけしました。本日より隊に復帰できます」
「よし。エナミもだいぶ顔色が良くなったな」
マサオミ様は二人の回復を喜び、そして真顔で言った。
「いいか、自殺行為で地獄に落ちたこと、イサハヤには絶対に言うんじゃねぇぞ?」
「はい」
「口が裂けても申しません」
エナミとシキも真剣な表情となり頷いた。
「あのオッサン、エナミが死にかけたなんて知ったら鬼神の如く暴れ回るだろうからな。エナミは部下の指導に熱が入り過ぎて、疲労で倒れたことにしよう」
「承知。セイヤにも口裏を合わせるように言い含めておきます」
彼らのやり取りを呆気に取られながら見ていると、マサオミ様が困ったような顔を私へ向けて説明した。
「イサハヤはな、エナミを実の息子のように思っているんだよ。養子縁組しようとしているし」
「そうなんですか!?」
「おまえさんもたぶん標的になる。娘として扱ってくるだろうから気をつけろ」
「標的って……。おじちゃんに娘と思ってもらえたら嬉しいですよ?」
「はははは……」
マサオミ様が乾いた笑いを見せた。
「あのオッサンの愛は海よりも深く、そして暑苦しい。ウザイことこの上ないからな」
暑苦しい? イメージが湧かない。私が知る若い頃のおじちゃんは、スマートな物腰の貴公子然としていたけどなぁ。
「マサオミ様、
私は私で心配事をマサオミ様へ伝えた。テントの外へ漏れないように声を少し潜めて。
「アヤトと言う侍、私が安全かどうか調べますのでどうか、あまり
マサオミ様がニヤリとした。
「ふ。キキョウから聞いたか。だがな、重傷患者のおまえさんはそんなこと気にしてないで寝てな」
「ですが……」
「安心しろ。俺は疑い深いって言ったろ? アヤトのことはまだ信用してねーよ。そもそもイサハヤがアヤトを使者にしたのは奴を見張る為だ」
マサオミ様も声を小さくしている。
「イサハヤはアヤトの他にも別の使者を派遣している。秘密裏にな。んでアヤトともう一人の使者の情報がくい違っていないか、毎回俺達は答え合わせをしているんだ」
「あ……そうだったんですか」
私と、少し離れた所に控えているキキョウが安堵の表情を浮かべた。良かった。マサオミ様もイサハヤおじちゃんも冷静な大将だった。
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