落ち着けない静養(一)
とにかく安静にすること。それが私の目下の急務だ。
しかしそんな私の安眠を妨げる者が現れた。私とは系統が違うクールタイプの美人が、腕組みをして不機嫌さを隠さずに寝台の前に立っている。
私はこの人を知っていた。
「えと……、キキョウさん……だよね?」
「そうね。キサラさん」
涼しげなシュッとした切れ長の眼で睨まれている。無理もない。彼女はマサオミ様に仕える忍びで、弟のヒサチカと共に私達
「あの……どうしてここへ?」
赤髪アヤトより先に彼女がお礼参りに来ちゃったか? 軍医と衛生兵が居るテント内で
「マサオミ様からここに居る間、あなたの介助をするように命じられたのよ! 第六師団に従軍している女は、私一人だけだからって理由で!」
吐き捨てる、その表現がピッタリな口調でキキョウは愚痴た。
アキラさんが薬の調合の手を止めて、のほほんと返した。
「それはありがたいなぁ。キサラくんは妙齢の女性だからね、僕達の介助じゃ恥ずかしいだろうなと心配していたんだ」
軍医と衛生兵には手術の際におっぱいその他を既に見られているだろうけど、これから排泄問題が出てくるからね。うん、私も男性に
キキョウには悪いが正直助かる。マサオミ様ってばこんな所にまで気を遣って下さるなんて……。お顔も素敵だしモテるだろうね。ま、家柄の良い奥様をとっくに貰っているだろうけどさ。
「言っとくけど、私はマサオミ様と一緒に数日後にここを離れるから! あなたの世話はそれまでだから!」
「ありがとう……キキョウさん。お世話になります」
プイッと横を向くキキョウ。
「ふん! さっさと治ってよね」
無茶言うなよ。死ぬ一歩手前の大怪我だぞ。
だけどキキョウの苛立ちは理解できる。
それらを踏まえた上で私は申し出た。
「早速ですがキキョウさん、オシッコしたいです」
実はずっと我慢していた。生理現象はどうしようもない。排泄しなくても済む地獄は便利だったなぁ。
「……くっ、遠慮の無い女ね! 軍医殿、
「あー……女性用の無いから、そこの手桶を使って。洗ってあるから」
アキラさんと衛生兵達が気を利かせて後ろを向いてくれた。私は用を足せてスッキリ。キキョウは桶を清めにテントを出ていった。ゴメンね。この恩もいつか返すから許して。
さて、いい加減に寝ないと駄目だよね。しかし
「アキラさん、身体を綺麗にしてきました! 入っていいッスか!?」
エナミの幼馴染みのセイヤだ。無駄に声がデカイ。
「どうする? 身体がつらいなら面会断るけど」
アキラさんがエナミに聞いた。
「入って……もらって下さい。あ、あいつには心配をかけちゃたから……安心、させないと」
だね。友だちと同僚が地獄へ落ちたんだもん。目覚めるのを待っている間、セイヤは気が気じゃなかっただろう。
「了解。いいよセイヤくん、中へ入ってきて!」
アキラさんが大きな声で呼び掛けると、入口の布が上げられてセイヤと……、特徴的な赤髪侍が一緒にテント内へ姿を現した。
ヒィィ!? こらセイヤあんた、何て背後霊を憑けてんのよ!
「エナミ、シキ、具合はどうだ?」
私の気も知らずにセイヤはすぐに二人の寝台の方へ行った。残った赤髪さんがゆっくりと近づいてくる。もちろんヤツのお目当ては私だ。
「よぉ」
赤髪アヤトが笑顔で挨拶してきた。マサオミ様が居ないので、アヤトの腰には長太刀がしっかり差されている。
「こ……こんにちは」
「さっき見た時にもしやと思ったが、やっぱりあの夜のくのいちだったか」
「……どうも。その節はお世話になりました」
「ハハハッ、世話になったのはむしろこちらの方だがな!」
ヤベェヤベェヤベェ。アヤトは私に暗殺されかけたんだもん、根に持ってるよねそりゃあ。
ねぇ聞いた? マサオミ様から事情をもう聞いた? 今の私は味方ですよって。
「マサオミ様から聞いたよ。国王側の忍びだったそうだが、生き別れの弟に再会して隊抜け、
よっしゃあぁぁ、聞いてた! これでひとまず殺されることはあるまい。
「……残念だ」
ん?
「国王の忍びとして再会できていたら楽しめたんだがな」
それってば、敵として容赦なく殺したかったっていう意味? ぞわぞわぞわ。完全に先入観だけど、こいつ変態的な拷問とかしそう。
「ああまったく、どうして私がこんなコト……」
ブツクサ言いながら、桶を片手にキキョウ
「おや、他にも女性が?」
アヤトがキキョウを見て好色そうに眉を上げた。こやつはマサオミ様とイサハヤおじちゃんを繋げる連絡員みたいだけど、マサオミ様付きの忍びであるキキョウとは面識が無かった模様だ。
「お初にお目にかかる。我は
白々しくアヤトが紳士的態度でキキョウに接した。
愛想の良いアヤトとは対照的に、キキョウは不機嫌さを更に滲ませた。言葉使いは丁寧だったけれど。
「……私は
一時的という部分に力が込められていた。そんなに嫌か。
「それはそれは。
アヤトは私の頭を手の平で撫ぜた。馴れ馴れしい。
「じゃあなキサラ。また見舞いに来てやるよ」
来なくていい。片手をひらひら振ってアヤトはテントを立ち去った。
ホッとしたのも束の間、冷たい視線に射貫かれた。キキョウだ。
「あなた、ずいぶんとあの侍と親しいようね?」
「いや~、親しくはないと思うよ? ただちょっと特殊な繋がりが有って……」
「へぇ? その繋がりとやらを詳しく話してもらおうか」
キキョウに凄まれた。何? 怖いよ姐さん。
詳しくって身体も繋がっちゃった辺りも話すの? 弟が居るから具体的な説明は勘弁して欲しいんだけどなー。
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