めぐり逢い(二)

 話を聞いたマサオミ様は腕組みをした。


「うん、まぁ俺の保護下にあるおまえさんを見たら、アヤトはそう考えるだろうな」

「すみません。先程すぐに私が訂正すべきでした。殺し合いをした相手と再会してしまい、動揺して正しい判断が出来ませんでした」

「ま、マサオミ様、俺からも謝罪致します。でででも姉は……決して貴方を欺く気は無く……痛っ」


 たどたどしい発声で割り込んできたエナミに、マサオミ様が軽いデコピンを見舞った。


「おまえはすっこんでろ。問題なのはキサラの気持ちだ。おいキサラ、おまえさんは今後どうしたい?」

「え……」

「傷が癒えたら国王の隠密隊へ戻るのか?」

「いいえ!」


 私は即座に否定した。アキオを見送った時に心は決まっている。


「もう国王の為には働きません! イサハヤおじ……、イサハヤ様が国を変える為に立ち上がって下さいました。私も彼の革命軍に参加したいのです!」

「隠密隊を抜けると?」

「はい」

「足抜けした忍びは命を狙われるんじゃないのか?」

「……これまでもずっと仲間達から見張られてきました。その状況から救い出してくれたのは弟とシキ隊長です。そして隠密隊の隊長だった男性が死の間際、私に本当の人生を生きるように言ってくれました。私は彼の期待にこたえたいと思っております」

「なら身を隠した方が良くないか? 革命に参加したらまた危険な目に遭うぞ?」


 マサオミ様が射貫くような眼で私を見ている。流石は大将だ、軽い口調なのに威厳が半端ない。しかし迷いが消えた私はひるまない。


「隠密隊に居る間、私は殺されることを恐れて命令に従うだけの人形でした。生きながら死んでいたのです」


 過去の自分と決別するんだ。たとえ短くても実の有る人生にしてみせる。


「今は違います。変わりたいと強く願っています。自分で考えて自分の意志で動く、それが私にとって生きるということです」


 言い切った。

 自分の心に響いた。スッキリした。口にしたことで私にとっての生きる意味が明確となったのだ。

 「ふ」と、マサオミ様が小さく笑った。


「なら問題ねぇ。アヤトには俺から話しておくよ」

「え。ど、どういった風に……?」

「そのまんま真実を伝えるさ。心配すんな、革命軍はみんな国王に見切りをつけた連中だ。似た境遇なんだから、おまえさんを責める立場にねぇよ」

「え、あ、そうなるのでしょうか……?」

「考えてみろ。イサハヤだって州央スオウ王国兵団の連隊長だった男なんだ。あのオッサンは国の財産である兵士をゴッソリ引き抜いて兵団から足抜けしたんだぞ。同じだろ?」

「あ……本当だ。イサハヤおじちゃんも足抜け仲間だった……」

「はははははっ!」


 マサオミ様が豪快に笑った。


「おまえさん忍びなのに案外抜けてんのな。それにしてもイサハヤおじちゃんか……。くくくくく、あの人、成人した女にそんな風に呼ばれてんのか。そうかそうか」


 悪い顔をしている。らん情報を与えてしまったかな?


「……マサオミ様は私とお立場が違います。貴方様は誰も裏切っていません。どうして簡単に私を信じて下さるのですか?」

「簡単じゃなかったぜ?」


 マサオミ様は笑うのをやめて、真面目な表情となった。


「俺はこう見えて疑い深い人間だ」

「では何故……」

「おまえさんが自分で示したからだ。信用に足る人間だと」

「………………?」

「背中の傷だよ」


 マサオミ様が包帯が巻かれた私の背へ手を伸ばした。触れられてはいない。うつ伏せ姿勢だから私にはよく見えないが、彼は触れるギリギリの所で指を止めたみたいだ。


「斬られた状況をシキから聞いた。エナミを庇う為にその身を投げ出して、仲間だった剣士に斬られたそうだな」

「……は、はい……」

「それで処置しなければ死ぬ怪我を負った。あの瞬間、おまえさんはもう国王の忍びではなくなった。変わったんだよ」

「………………」


 指は当たっていないのに傷口が熱い。あれ、目の奥も熱いような。


「アキラの話ではずいぶん深く斬られたそうだな。傷痕は消えずに残るだろう。だがこれは自分の意志を貫いた美しいあかしだ。生涯の誇りとしろ」

「────!!」


 りきんじゃいけないのに、握りこぶしを作ってしまった。だってそうやって耐えないと泣いちゃいそうで。


「それとな、エナミやイサハヤから話を何度も聞かされていたせいか、おまえさんとは初めて会った気がしねぇんだよ」


 そう言って再びマサオミ様は笑った。


「んじゃ俺はさっそくアヤトに話してくるから、三人ともアキラの言いつけを守ってしっかり養生しろよ?」

「あ……ありがとう……ございます……!」


 お礼の声が震えた。あぎゃー、泣いちゃったよ。最近は感情が揺さぶられやすいなぁ。忍びは感情をコントロール出来ないと務まらない職業なのにまいった。

 マサオミ様は私の肩をごく軽くポンポンと叩いた後、振り返らずにテントを出ていった。サッパリしたお人だ。


「大丈夫だよ。キミはここに居てもいいんだ」


 アキラさんも優しい言葉を掛けてくれる。うわあぁぁん。敵だった人達にこんなに優しくされるなんて思わなかったよ。


(ありがとう、ありがとう、ありがとう……!)


 感謝の念が凄い。マサオミ様にもアキラさんにも、世話してくれている衛生兵の皆さんにもいつか必ず恩返しをする。ああ、仲間を埋葬してくれたセイヤ達にも!

 桜里オウリの人達ってあったかいんだねぇ。州央スオウだって昔はのどかで人々の笑顔が溢れていたのに、軍事国と成った今では余裕が無くて国全体がギスギスしている感じがする。

 こんなに親切にされたら、そりゃあ隠密隊の元隊長だったシキも足抜けを決めるよね。亡命も納得だよ。だって忍びなんて州央スオウではさ、使い捨てのこまでしかないんだもん。


 このめぐり逢いを大切にしよう。

 ねぇシキ、情けないけど私達ってさぁ……、愛情に飢えている子供みたいだねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る