めぐり逢い(一)

「使者殿、すみませんがそこで止まって下さい。今日手術をしたばかりの重傷患者が寝ています。外の汚れに触れさせる訳にはいかないのです」


 軍医のアキラさんが手を前に出して停止を求めた。赤髪の男は気分を害した素振りは見せず、素直に従いテントの入口付近に留まった。

 マサオミ様が赤髪に尋ねた。


「明後日に会えるってのに、今おまえさんを伝令に寄こすとはどういうことだ。緊急事態でも起きたのか?」

「いいえ。計画はすこぶる順調です」


 赤髪が答えた。……この声にも聞き覚えが有った。私の毛穴という毛穴から、痛みのせいではない別の嫌な汗が湧き出てきた。


 間 違 い な い。


 赤髪はだ。私がハニートラップを仕掛けて殺そうとした彼。太刀も下半身も抜き身状態だった絶倫野郎だ。まさかこんな辺境の地で再会を果たしてしまうとは。

 横目で窺うと赤髪は、私へ向けたあの長太刀を腰に差していなかった。マサオミ様に謁見するということで、テントへ入る前に武器を預けてきたのだろう。


「可哀想にキサラくん。そんなに汗を搔くなんて相当つらいんだね。もうすぐ痛み止めが効くはずだからそれまでの辛抱だよ」


 親切なアキラさんが布巾で何度も汗をぬぐってくれる。ここで顔の向きを変えたら不自然かなぁ。赤髪から顔を背けたい。


「おや珍しい、桜里オウリにも女性兵士が居るんですか?」


 ヤベェ。赤髪が私に目を留めてしまった。

 軍事国と成った州央スオウは兵の数を増やす為に女性兵も募集しているが、桜里オウリではいくさは男の仕事という考えが根強く、基本的に男性兵士だけで部隊が構成されている。

 私は両目をギュッとつむってしかめっつらを作った。あの夜に赤髪が逢った妖艶な美女は私ではないんですよ~と思わせたくて。


「ああキサラくん、そんな表情になる程に痛むんだね。可哀想に可哀想に」


 アキラさんが大げさに騒ぐもんだから余計に注目を集めている気がする。


「女性兵士は数が少ねぇがゼロという訳じゃねぇんだよ。んでアヤト、おまえさんは何を伝えに来た?」


 マサオミ様がサラッと流してくれた。ナイス。赤髪はアヤトと言う名前なのね。どうでもいいけど。


「はい。部隊の到着は明後日の手筈でしたが予定が早まりました。真木マキイサハヤ様が明日、五百の兵を率いてこちらの陣へ合流されます」

「ぶっ!?」


 マサオミ様、シキ、エナミの三者が同時に噴いた。

 おおお。到着を待っていた友軍ってイサハヤおじちゃんの部隊だったのか! そうだった、シキが地獄でそんなことを言っていたよ。ああ私、おじちゃんにも会えるんだね。うわあぁ嬉しい!!

 歓喜した私とは逆にマサオミ様が渋い表情となった。


「明日……」

「そちらの都合が悪いですか?」

「いや迎えの準備は出来ているんだけどよ、明日か……。エナミの復帰は明後日以降だよな? イサハヤのオッサン、絶対にエナミ目当てで予定を早めたんだぜ。必死に仕事を片づけたな」

上月コウヅキ様、我らのリーダーをオッサン呼ばわりなさるのは……」


 赤髪のアヤトがマサオミ様の軽口に苦言を呈したが、そんな彼の口元はニヤけていた。本気で注意してないな。


「マズイな。だ~い好きなエナミが死にかけたと知ったらオッサン暴れるぞ」

「ほぉ、イサハヤ様には目を掛けている桜里オウリ兵がいらっしゃるので? 初耳です。どなたですか?」


 アヤトがエナミに興味を持った。奴の視線が私から逸れたのはいいけど、大変な状態のエナミを疲れさせたくないなぁ。


「俺の部下については折を見て紹介するよ。で、アヤトはまたイサハヤんとこに戻るのか?」


 またマサオミ様が流してくれた。ナイス。まぁエナミの話題を出したのもマサオミ様なんだけどさ。


「いいえ。私は残って、仲間と共に革命軍用のテントを設営致します。合流後に最低一泊はすることになりましょうから」

「そうだな。リュウイ、適した空き地へアヤトを案内してやってくれ。それと手が空いている何人かにテント張りを手伝わせろ」

「承知しました」

「ありがとうございます、マサオミ様」


 アヤトは深々と頭を下げて感謝の意を示した。そして私の方を見て一度ニヤリと笑ってから、リュウイと呼ばれたくらいの高そうな兵士と一緒にテントを出ていった。

 ……さっきの笑みは何だったんだろう。まさか私に気づいたとか?


(暗殺未遂のお礼参りをされたらどうしよう。今の私じゃ逃げることすら出来ないのに)


 サアッと血の気が引いた。


(いや、それよりも……)


 私を匿ってくれているこの人達に迷惑をかけてしまうのでは? 事情を話しておかなければ。


「マサオミ様。お話ししなければならないことが有ります」

「ちょっ……、キサラくん、動いちゃ駄目だって!」


 起き上がろうとした私はアキラさんに止められた。


「無理すんな。どうした?」


 ありがたいことにマサオミ様の方が来てくれた。師団の最高責任者である彼が敵国の忍びの為に。アキラさんもい人だ。この人達に隠し事はしたくない。


「私……先程の赤髪の侍と面識が有るのです。実は……」


 私は包み隠さず真実を話した。

 国王の忍びとして、革命軍(国王にとっては反乱軍)のことを調べていたこと。

 革命軍の侍であるアヤトに色仕掛けで近付き、情報を得ようとしたこと。

 アヤトを殺害しようとして返り討ちに遭ったこと。


 最後に私がもっとも懸念けねんしていることを述べた。


「アヤト殿は、貴方様を私の雇い主だと勘違いするかもしれません。自分の命を狙ったのはマサオミ様だったのかと……」


 これで近くで横になっているエナミにも、私が今までどんな仕事をしてきたか知られてしまったな。でも赤髪を誤解させて、マサオミ様の立場を悪くする訳にはいかないんだ。今回ばかりは計算じゃなくそう思った。

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