現世(二)

「先生! みんなの容体はどうですか!?」


 不意に上がった声の方へ視線を向けると、テント入口部分の布が上げられて、そこから大柄な男が顔を覗かせていた。


「ちょ、セイヤくん! その汚れた身体でこのテント内へ立ち入ることは許さないよ!?」

「解ってます。ここから先には行きませんから」


 セイヤ……。エナミの幼馴染で親友、そしてアキオを矢で射った青年だな。

 彼は兵士としての職務を果たしただけ。怒るな、恨んじゃ駄目だよ……私。


「何してそんなに汚れたのさ?」


 腕や顔、軍服の一部に茶色い染みを付けたセイヤへ、軍医が呆れ顔で質問した。


「あ……、俺達の隊が倒した敵兵を埋めてきたんです。隊のみんなと一緒に」

「敵兵の死体を?」

「はい。彼らはエナミの姉ちゃんの仲間だった人達だから……」

「!」


 会話を聞いていた私は驚愕し、泣きそうになった。

 アキオ、モロ……。忍びである彼らが敵地で埋葬してもらえたなんて。そんなことが有り得るなんて。


「あ、あり……がとう」


 私は広いテントの隅に居るセイヤに届くよう、頑張って声を張った。即座に近くの衛生兵に「りきんじゃ駄目だって!」と注意を受けた。

 でも嬉しいんだよ。感謝を伝えたいんだ。ありがとう。ありがとう。


「エナミの姉ちゃ……お姉さん? え? あ? 目覚めたんスか!?」


 セイヤが目を丸くした。軍医が今度は優しく彼へ話し掛けた。


「そうだよ。エナミくんとシキもね。まだ油断はできないけれど、三人とも現世へ還ってきたんだよ」


 その言葉を証明しようと、エナミとシキが片手を上げてセイヤに応じた。


「うわぁ、やったぁ! やったぁぁ!!」


 飛び上がらんばかりにセイヤは喜んだ。気持ちの良い青年だ。彼のような人が幼い頃から友達でいてくれたことは、亡命者であったエナミと父さんにとって大きな幸運であっただろう。


「おいセイヤ、そこをどけ」

「乱取り稽古でもしていたのか? 何で汚れている」


 セイヤの背後から男性二人の声がした。


「あっ、マサオミ様にリュウイ様! エナミ達が目覚めたんスよ!」

「知ってる。それで来たんだからな」


 マサオミ様……! 確かこの師団の司令で一番偉い人だよね!?

 私は一気に緊張した。だって敵兵だった私の生存権を握っているお方なんだもの。気分を害してしまったら首をスパーンとねられるかもしれない。せっかく死の淵から生還したばかりなのに。


「どうぞどうぞ中へ! エナミ、シキ、お姉さん、また後でな。俺は身体を綺麗にしてくる!!」


 バタバタバタと足音を響かせてセイヤは慌ただしく去っていった。彼は絶対に隠密にはなれない。


「いつも賑やかなヤツ」


 苦笑して入れ替わりにテント内へ入ってきたのは、四十歳前後の男性二人だった。色男と言ってもさわりの無い容姿の男と、彼に付き従う気難しそうな顔つきの男。


「二人とも消毒」


 軍医に言われた瞬間、男性二人は子供のようにまぶたをギュッとつむり口も閉じた。


「今回は手だけでいいよ。さっき全身消毒したばかりだし、消毒液も無限じゃないんでね」


 しかし軍医にそう言われ、男達は引きった表情で軽く軍医を睨んだ。どうしたんだろう?


「……アキラ、三人とももう大丈夫そうか?」


 軍医はアキラと言う名前なのね。


「いやいやまだ危ないよ。エナミくんは毒の排出があまり上手くいっていない。キサラくんは血を増やさないとね。シキが一番安定しているけど、この後に容体が急変するかもしれない。少なくとも今日一日は監視体制を取らせてもらう」

「頼むわ。んでこいつらが動けるように……いや、また戦えるようになるのはどれくらいだ?」

「熱が下がって神経系統にさえ異常が無ければ、シキは明日、エナミくんは明後日以降かな。傷が深いキサラくんに関しては、最低一ヶ月間は安静にしてもらわないと」


 そんなにかかるのかぁ。すぐに傷が治る地獄と違って現世は不便だ。エナミの必殺技も地獄限定っぽいし。


「そか」


 色男が私の寝台へ歩み寄った。


「よ。俺は上月コウヅキマサオミ。この師団を率いる者だ」


 物言いが軽い。この人がマサオミ様か。


「俺達は数日後に友軍が到着次第、別の場所へ移動することになっている。そういう訳だからわりぃがおまえさんは連れていけねぇ」

「ま、マサオミ様……、師団全体が移動するとなると……軍医のアキラ殿も? そ、そうなると姉のち、ちちち治療は……? ふもとのしゅ、集落には医者が……おりません」


 私を心配したエナミが無理をして言葉を発した。


「安心しろ、少し離れた場所にロウサってそこそこデカイ街が在るそうだ。馬車を手配してそこの医療所に姉ちゃんを送り届けてやるよ。治療代も持ってやる」


 え、私の為に馬車を用意して治療代まで? 敵の忍びなのに尋問とかしなくていいんですか?

 ……あれ? でもロウサの街って確か……。


「ロウサは駄目です。あそこでは熱病が流行っていると、地獄で知り合った男から聞きました」


 シキが進言した。だよね、ロウサはトキが滞在している街だ!

 トキには会いたいけれど、体力と抵抗力の無い今の私がロウサに行ったら、一発で熱病にかかる自信が有るぞ。


「そりゃマズイな。仕方ねぇ、どっかの街から医者だけ呼んでここへ来てもらうか。集落の家を間借り出来るよう頼んでおくよ。姉ちゃん美人だから医者が妙な気を起こさんように、護衛の兵も一人付けよう」


 ええええええ!? マサオミ様ったら超太っ腹!!

 私は寝台の上に身体を起こした。そして三つ指を付いてお辞儀した。いてててて。


「コラ、起き上がっちゃ駄目だと言っただろう!?」


 軍医のアキラさんが血相を変えて詰め寄ってきたが、私はマサオミ様に頭を下げ続けた。


「……マサオミ様。私などの為にお手を煩わせ、申し訳ありません……」

「まったくキサラくん、キミは本当に礼儀正し過ぎるよ!」


 全部計算です。これで少しはマサオミ様の好感度を上げられたかな?


「ああ、気にすんなよ。俺もエナミには世話んなってるからな」


 軽いな。

 私はアキラさんの補助を受けてまた寝転がった。痛みで浮かんだ額の汗をアキラさんが布巾で拭き取ってくれた。何だか軍医の好感度が爆上がりしているような気がする。それはそれでいい。


 その時だった。テントの外から見張りの兵士らしき声がした。


「司令、アヤト殿が伝令でいらしています!」

「おう、通せ」


 マサオミ様の許可を受け、またも医療用テントに男が入ってきた。

 そいつは三十歳前後で髪を燃える炎のように赤く染め、着物のえりに刺繡を入れた伊達男だった。


 ……んん? こいつすっごく見覚えが有るぞ……。

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