第六章 教会本部の混乱 517話

 王族との会議を終えた教会関係者は、三日後に緊急の会議を開くため、一日で来ることができる範囲の教会の責任者に招集をかけた。


 150年以上存在があらわれなかった神が、その意思を表したのだ。

 もっとも、ヘルメスやマルスが働きかけをしていたのだが、彼ら教会関係者の中では神の奇蹟だとは思ってもいなかった。口ではそう言っていたが、本心では神は死んだことになっていたから。



   ※  ※  ※


 約250前。王家が倒され、今の王家に変わった時。教会には前王の叔父であった枢機卿がいた。彼は新王を倒すために神父神官や信者を使い、安定していない新政権に戦いを挑んだ。

 その時、禁忌と言われる呪いを発動しようとした。


 呪いは発動しかけたが、計画を知った当時の王子に阻止された。

 しかし、神々の多くは、その呪いの起動に関し人間を裏切者として祝福を与えることを止めた。


 多くの神は悲しみと怒りによって、人とのかかわりを避けることにした。


 創造神の二人は、何もせず見守っていた。


 わずかに、人とかかわりを残した神と、眠ってしまった神々の眷属と精霊が世界を守っていた。


 教会組織は一新されたように見えたが、残った者たちの中には前王家に連なる者達が多くいた。

 また、追放されたものの中には、教会の援助を受けながら新世界で上り詰めるものも出てきた。


 彼らは教会に援助を受けてはいたが、神を憎んだ。

 教会も、神は死んだと思った。


 王都の教会は、それでも神を祀り神の威光を笠に着ることで勢力を保つことに成功した。

 祝福が減り、祈りが減ると、属性が整わない若者が増えた。

 魔法は威力だけがあがったいびつなものになり、生活が不便になっていった。


 新しい王家も、教会を改革することはできなかった。民衆を抑え込むには宗教を否定することはできなかった。

 ここに王家と教会のいびつな関係が出来上がった。


 一方、追放され成り上がった者たちは、神と王国を恨んだ。

 そのため、神を否定し、新たな神を作った。

 成り上がった者の一人が神に選ばれたものとして皇帝を名乗り始めた。


 想像の中で作った神は何の奇蹟も起こせない。

 しかしそこに一人の天才があらわれた。彼は小さい頃より神のいとし子として魔法の知識を得ていた。

 誰にも理解できない魔法陣を編み出し、道具に組み込むことでその性能を何百倍にも上げることができた。


 皇帝は彼に兵器を作らせた。


 巨大な船を作っては、魔石を動力にして動かす。

 大きな鉄の筒に玉を込め、遠くまで飛ばせる筒を作る。

 火を噴く手持ちの筒を作る。


 そうして、小さな国を蹂躙し帝国ができた。


 皇帝も代が変わり、王も代が変わっていた。

 魔法陣を作ることができる唯一の発明家も弟子が作れないまま亡くなった。


 武器はやがて減っていく。


 帝国は王国に宣戦布告をした。


 いびつな魔法は戦争の役に立った。魔法陣のついた武器は魔法に対抗できた。

 いつまでも戦争が続いてしまう。


 人の愚かさを悲しんだ創造神、ルミエル・サン・シリウスは、戦争を止めるため一人の女の子に祝福を与え大聖女の力を与えた。


 聖女は戦場に赴き、戦士の傷を治した。


 その光景は神々しいものだった。昼夜かまわず治療を始めると、空から複雑に何色もの色が混ざった明るい光が降り注ぎ、その光景を見た帝国兵の戦意を喪失させてしまった。


 帝国が和平交渉を始めた。

 王国も受け入れた。


 多くの神々は、人間の愚かさに呆れ眠りについた。


 聖女は王子と結婚し、王国の復興の象徴となった。

 だが、聖女の力は一気に失われた。そのせいで、神がいなくなった、神は死んだとの噂のもとになった。


 帝国の周りの聖霊は、他の土地に離れていった。

 帝国で魔物が減っていったのはそのせい。


 その後生まれた聖女の力は、光を出すことしかできないものになっていった。


 人々は教会に縋りながらも、神を心から信じることはできなくなっていった。

 そしてその歴史はゆがめられ、王室と教会とで異なったストーリーの歴史が出来上がったのだった。


   ※  ※  ※



「王家から報告があった。ターナー領、アクア教会で神託が降りたと」


 大司教が発言した。何も知らされていない司教や大神官は驚きの声を上げざるを得なかった。


「まさか!」

「何だって!」

「はああああ?」

「神託だと!」


「黙りなさい!」

 進行役の司教が木槌ガベルを叩いて叫んだ。


「ご発言をお続けください」


「よいか。これがその写しだ。読み上げる」


 大神官があの文面を読み上げた。


「偽物だ!」「そんな文面があるか!」「儂の方がちゃんと書けるぞ!」

「静まれ! 静まれ~!」


 カン・カンッ、と乾いた木槌の音が響く。だが簡単には止まらない。

 いくら大神官が本物を見たといっても、黒いインクの写しでは、しかもアクアのグダグダ文章では読んでいた大司教でさえ頭を抱える感情文章。


 【但し! 王子はレイシアに手を出すな! 結婚前も結婚後も! 結婚して三年たったら離婚だ、離婚しろ! その後はレイシアは好きにしたらいいから! 絶対手を出すなよ王子!】


 こんなひどい文面、神が命じる言葉だと誰が思おうか。


「しかし私は見た! 王が持っていた本物の神託の書を! 確かにあれは、あの文字は、教会の奥深くにしまわれた聖女の神託の書と同じ色だった」


 あの場に同席していた神官たちも頷いた。

 しかし、信じられないのも確か。


 会議は続けることが難しくなった。


 カン・カン・カン・カン・カンッ

 木槌の音が鳴り響く。


「静まれ」


 枢機卿が声をだし、ゆっくりと立ち上がった。

 人々は息をのんで声が出せなくなった。


「残念だが」


 最初の言葉が「残念だが」。会場に緊張が走る。


「本物であった。あれを偽書とはどうしても言えん。しかし、よりにもよってターナーか」


 聞いている者達にさらなる緊張が走った。生意気な領主が教会本部と争い、限りなく破門寸前に無視されている領地ターナー。


 これがもとで、災害の寄付を渡さず皆で横領などをしたことなどがばれてしまうのはまずい。


 

 枢機卿はほかに言葉を告げず、そのまま座り直した。


「とにかく、どのようなことが起こったのか。ターナーになにがあったのか。確認せねばなるまい」


 大神官が枢機卿の言葉をおもんばかるように発言した。


 オヤマーにいる司教が答えた。


「それでしたら、適任者がおります。以前潜り込ませた神官マックスに調査をさせましょう」


 スーハーの伝道師として良くも悪くも名が売れてきたマックス。一部の派閥にはスーハー同盟は目障りであり、しかし金と信者を増やした実績があり、人気を博した彼らの派閥を今更潰すわけにはいかないという厄介な存在。

 ターナーなどという田舎に調査をさせるのは、彼らにしたら罰ゲームに値することだった。


 なんの手立てもないまま、マックスを調査に出すことを決めた。



「私がターナーへ調査に派遣されるのですか?」


 マックスは上司から告げられ、王都の教会本部に向かわされた。

 普段会うことのない司教たちに囲まれ、レイシアが王子の婚約者になったこと、それに対する神託があったことを告げられた。


「レイシアさまが、王子殿下の婚約者に? 神からの神託がターナーの教会で?」


 レイシアがヘルメスから祝福を貰っているのは見ていた。本当は自分も貰っているのだが、マックスはレイシアへの祝福を見ていた口留めだと勘違いしたまま。つい最近も、リリーがマルスの祝福を貰っているのを見たばかりだ。


 これほど神が直接に出てくるとは。レイシア様の周りはどうなっているんだ?

 これは他の神官に調べさせるわけにはいかないなと思った。


「分かりました。この調査謹んでお受けいたします」


 マックスはよい機会だと思い、スーハー同盟の何人かと視察団を作りターナーに向かった。

 師であり尊敬するバリュー神父と会わせ、あの素晴らしい孤児院を仲間たちに見てもらえる。

 マックスは胸を膨らませながら、神に感謝し聖詠を捧げた。

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貧乏奨学生レイシア 閑話集3 教会関係 みちのあかり @kuroneko-kanmidou

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