マックスの活躍 393話
翌日はレイシアとマックス神官が、教会へスーハーの普及活動に行くことになった。お祖父様はヒラタの領主と話し合いがあり、クリシュはそこに巻き込まれる形でビオラの相手をする羽目になった。
サチはレイシアが教会に行くためまたしても隔離されている孤児たちに差し入れを持って行くことにした。料理長とメイド長は、今日も街の食材や珍しい道具を見に商店街へ行くことになった。
それぞれがバラバラに動く一日になった。
◇
「レイシア様はクリシュ様と一緒に行かなくてよかったのですか?」
マックスが聞くと、レイシアは笑いながら答えた。
「いいのよ。私が行くとクリシュがビオラさんに素っ気なくなるでしょう? 気を使わせないのがいいのよ。それに私が教会に行けば孤児院の子供たちにサチが差し入れできるからね。私はおとり役として教会に行くのよ」
レイシアはすてきなお姉様になるには、と考えてのクリシュへの配慮を目指していた。クリシュからすればどうでもいい配慮、むしろはた迷惑な配慮でしかないのだが、そんなことは気がついてすらいない残念なお姉様だった。
「お久しぶりです。マックス様」
若い神官がマックスに挨拶をした。
「イオン! お久しぶりです。そうですか。ヒラタに赴任なされたのですね」
イオンと呼ばれた神官は見習いの時に一緒に研修を受けていた仲間の一人。スーハー同盟を誓った仲間だ。握手を交わすとお互い懐かしさに浸っていた。
「ではご案内します。私もここに赴任してまだ2ヶ月なのですよ。ですからスーハーまでまだ手が回っていませんでした。これも神のお導きでしょう」
そう言うと、若手が集められている礼拝堂に移動した。
◇
「スーハーとは、大きく体を動かしながら、神聖なる教会の、いえ、神の祝福を体いっぱいに満たすための呼吸法です。私はそのスーハーの普及活動をしているマックスと申します。こちらにいるイオン神官も私たちの活動に立ち上げから参加しているスーハー同盟の一員です。皆さま、今日の講習を受けた後は、イオン神官を中心としてスーハーの発展に尽力して頂けるようお願い申し上げます」
会場内からパラパラとした拍手が起こった。スーハーがどれほど素晴らしいものかまだ分かっていないな、とマックスは思った。
「スーハーの効果に対しては様々言われております。信者からは、健康になった、疲れなくなった、風邪を引かなくなった、足腰の痛みが和らいだ、など。教会からは、朝の礼拝に来る信者が10倍になった、寄付金が3倍いや5倍になったなど、教会と信者を良い関係に導いております」
若手の神父や神官たちの視線が強くなった。どの教会も寄付金のノルマがきついのだろう。
「それでは、これからスーハーのレクチャーをはじめます。その前に、この度はスーハー創設者の一人、レイシア様がこちらにいらしておられます。皆さまにご紹介いたします。さあ、こちらへ。レイシア・ターナー様!」
いきなり振られたレイシアは、断るわけにもいかなくなり(先に言ってよ~)と思いながらもマックスの隣に立った。
「スーハーはレイシア様が5歳の時、教会で初めての祝福を受けた時に、神父バリューと共に神に導かれるように行われた奇跡の呼吸法なのです。その後、居合わせた信者により引き継がれ、いまでは王国にじわじわと広がっております。その奇跡の体現者レイシア様。皆さまに一言お願いいたします!」
(聞いてないよ~)と、黒歴史を美談で語られたレイシアは、とりあえずカーテシーをして場を繋いだ。
「レイシア・ターナーです。……そうですね。今日は私がオルガンを弾きましょう。皆さまはマックス神官の言うことをよく聞いて下さいね」
レイシアはなるべく関わらないように、教会の中二階にあるパイプオルガンを陣取り引きこもるように座った。
「では、レイシア様の全面協力によるスーハー講習会。開幕です」
マックスがレイシアを見つめ、右手を柔らかな動きで上げた。レイシアはコクンと頷き鍵盤を押した。
チャン♪チャラチャラララ♪ チャン♪チャラチャラララ♪ チャチャチャ チャララン♪ チャラ チャン チャン♫
さすが伯爵領の教会のオルガン。軽快な音楽が巨大なパイプに増幅され教会の外まで鳴り響いた。讃美歌の静かな音楽とは違う、聞いたこともない軽快なリズムとコード進行に、若手の神父たちは驚き、近くにいた関係のない教会関係者や信者、ただの通行人まで何事かと礼拝室に集まってきた。人々に対してマックスは挨拶をやり直すように語り始めた。
「皆さま、初めまして。スーハーの伝道師、マックスでございます。ただ今、王国各地で絶賛されております、神の呼吸スーハーをレクチャーしている所です。神の祝福を体内に取り込むことができる、唯一の呼吸法。その名もスーハー。騙されたと思って一緒にご参加ください。では、御起立願います!」
リズミカルな伴奏に、流れるようなナレーション。マックスはカリスマ感満載で、人々に指示を出す。
「腕を大きく開いて~。ス――――」
「腕を閉じて~。ハ――――」
「はいっ みんな揃ってスーハースーハー。腕を開いてスー。腕を閉じたらハー。このように呼吸をするのが神の呼吸スーハーです。皆さまご一緒にスーハーを行いましょう」
言われるがまま見様見真似でスーハーを始める人々。
せせこましい日々の忙しさに、呼吸の浅くなっている生活をしている。その中で行われる深呼吸は効果抜群。
酸素が体内を巡り、脳が活性化される。
腕を動かし、体をひねることで固まった筋肉がほぐれる。
指示に従うだけで、何も考えなくなる無心の心。
そして、音楽で無理なく同じ動きをし、呼吸を合わせることで広がる一体感。
教会内に幸せが満ち溢れた。
「これが、スーハーなのか」
イオンがボソッと口に出した。まだまだスーハーを分かっていなかった自分を恥じていた。
どこからともなく拍手が沸き上がり、神に感謝を捧げる者が次々と現れた。マックスは近くにいた神父たちにカゴを持たせ、寄付を募るように指示した。
次々と集まる寄付金。皆が快く寄付をしていく。ひと月のノルマの半分が一気に埋まった。
「このように、スーハーは心と体に良い影響をおよぼす神の恩恵なのです。ヘーパイ神へ感謝を。そして、この教会でもスーハーが取り入れられることを願いましょう」
皆がこころを一つにして、この教会の主神ヘーパイに祈りを捧げた。マックスが人々を返すと、最初からいた若手の神父たちに声をかけた。
「どうですか皆さま。スーハーの効果は」
興奮しながら口々にスーハーをほめ讃える若手。
「よろしい。では皆さまで覚えましょう。呼吸だけではいけません。語り掛け、音楽。全てがそろってのスーハーです。役割で分けますので、オルガンを弾く方はレイシア様から。ナレーションと呼吸指導は私が指導します。音楽希望者は挙手してください」
そうして、レイシアを巻き込みながら、熱の入った指導が夕方まで行われた。
◇
マックスは、イオンと数人の神父と夕食を取り、そのままイオンの部屋に泊まることになった。語り合いたいと申し出られたのだ。
レイシアに迎えが来て別れた。教会の仕事を終えたイオンたちは、近くの酒場で食事を取った。再会を喜び、若手の紹介をしながら食事は進んでいった。
「それで、スーハー同盟に引き入れるのはこの人たちなのかい?」
マックスがイオンに聞いた。
「ああ。俺が見て信用できる者達だ。詳しい話はここではヤバいな。俺の部屋に移るか」
持ち帰りのつまみと酒を受け取り店を出た。部屋に着くと飲み会が始まった。
「イスはそれしかないから、ベッドに腰掛けてくれ。グラスもないから直接ビンで飲んでくれ。じゃあ、スーハーに乾杯!」
「「「乾杯」」」
「なんだよ、スーハーに乾杯って」
一口飲んだ後にマックスが突っ込んだ。
「いいじゃないか。あの時みんなでやったスーハーは、それはそれで感動したんだが、今日のスーハーは別格だった。音楽と大勢の人が集まると、あれ程凄いものになるとは! いやぁ、本当に感動したんだよ。こんなに凄いものだとは思わなかったよ」
興奮して早口になりながらも感動を伝えようとするイオン。「そうですよ」「凄かった」と神父たちから声が上がる。
「そうか。やった甲斐があったな。それで本題だ。彼らは信用できる者達だな」
「ああ。まだ何も話してはいないが」
「そうか。じゃあ、私から伝えよう」
そう言うと、マックスは若手に向かって語り始めた。
「私達はスーハー同盟という学派をつくっているのです。表向きはスーハーを広めるための学派なのですが」
そこまで言って、一口酒を飲んだ。真面目な顔になったマックスの雰囲気が変わったのを、若手神父たちは気がついた。
冷ややかな無音。空気が固まる。
「教会にいると、内部の腐敗に悩まされないか? 僕たちは見習いの時愚痴を言い合っていたんだ。やがて僕たちもああなってしまうのかと思いながら。いつか歳を取って偉くなった時に、僕たちもああなってしまうのか? それが神に仕える身なのか。そんなことに悩んだんだよ。今みたいに集まってはね。そんなことはないかい?」
マックスが神父たちを見回すと、頷く者、下を向く者。皆、心当たりがあった。
「スーハーをして頭がはっきりした時、僕たちは気がついたんだ。僕たちが何とかしないといけないってね。今すぐ何かできるわけじゃない。でも、少しずつでいい。いろんな不正の証拠を集め、神の言葉を覚え、来るべき時に反旗をひるがえすんだと。そのために偉くもなろう。仲間を増やそう。スーハーを通してあちらこちらの教会に出向き、志がありそうな若手を引き入れよう。そういって結成されたのがスーハー同盟なんだ。今、オヤマーでは教会から孤児院を引き離し、孤児を救おうという計画を元領主オズワルド・オヤマー様と計画しているんだ。少しずつ、少しずつ腐敗した教会本部を改革し、助けるべき者たちを助けられるように動いてみないか? 僕たちと共に」
若手の神父たちの心の中に、優しく響く口調でマックスは語り続けた。涙を流しながら聞きほれる者まで出てきた。
「まあ、僕の話はここまでだ。長く語ってしまったね。じゃあ、この話はここまで。せっかくのつまみと酒だ。みんなで楽しもう」
とは言ってもここまで語られたものを無視できるはずもなく、賛同の言葉を熱っぽく語るもの、質問し続ける者など様々ではあったが、皆が同盟に入ることを誓ったのだった。
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