すーはー同盟 294話

 ターナー領は素晴らしい所だった。一年間の視察? スパイ行動を終えて私は教会本部に戻った。そして私は、ターナーでの一年の報告をした。


 もちろん脚色した報告。ターナーが疲弊して教会も神父も困窮して堕落している。そんな報告を上げると、上役たちは喜んだ。


「あんな土地の教会に押し込めるのは地獄に落とすようなものですよ。よい罰なのではないでしょうか。むしろ他の教会に移動させるのは彼の救いになってしまいますよ」


 そう言うと場は盛り上がった。「いい気味だ」とか「地獄か、素晴らしい。ヤツらにはお似合いだ」とか嘲り笑う声が次々と上がった。私はこんな者たちの立場を目指していたのかと思うと乾いた笑いが出ていた。


 私の乾いた笑いを肯定的に受け取ったのか、上役たちは口々に私を誉め、見習いから正式な神官になる辞令を下した。


「これでお前も一人前の神官だ。勤務地はオヤマーのヘルメス教会。オヤマーの前領主がお前をご指名だ。何か繋がりがあるのか?」


 私は、以前研修の時、オヤマーの協会でオズワルド様と話したことがあるからではないかと答えた。あの奇跡については言えないが、話しをしたことは確かだ。その時に気に入られたのではないかと答えると、


「寄付もかなり積んでくれた。これからもせいぜい媚を売るようにな」


と、笑いながら言われた。


「では、1週間休暇だ。見習いの宿舎で支度を整えるがいい。以上だ」


 そして私は1年ぶりに見習いの宿舎に戻った。



 宿舎では、私のために同期や後輩達がお祝いの会を開いてくれた。


「一年間、どうだった?」

「ああ、私にとって貴重な経験だったよ」

? いっぱしに私とか言って。一年前はボクだったのにな」


 そう同僚たちから笑われた。そうか。いつの間にか成長していたんだな。


 一通り、上役に話した感じの、脚色された報告のような事を伝えた。それでも、「秘密だよ」と言いながら良いこともあったんだと語った。自然の素晴らしさ、食べ物のおいしさ、うん、温泉は秘密だな。


 そんな事を言っているうちに、神官や神父たち、教会に対する不平不満がみんなから出てきた。


 分かる。とっても気持ちは分かる!

 私達は夢や理想を持って教会の一員になろうと思っていたんだよな。でも入ってみたら……。現実はきれいごとではない。むしろ腐敗している。中で頑張ると、僻地に飛ばされる。そうしてやる気が削がれていくんだ。


「いっそ僻地で理想の教会を作るのもいいかもしれないな」


 ぼそりと言うと、何人かが食いついてきた。


「どういう事?」

「中央にいてこそだろう?」


 がやがやと盛り上がる。私はターナーを思い出し、聖詠を口ずさんだ。


 『讃えよ 讃えよ 我が名を讃えよ

 我を讃える者 平等であれ

 富める者も 貧しき者も

 老いる者も 若き者も

 男なる者も 女なる者も

 全ての者に 知恵を与える

 全ての者は 知恵を求めよ

 知恵を求む者 我が心に適う

 知恵を求む者 男女貴賤別無し』


「何だそれは?」


 何人かの者が聞いてきた。そう、聖書の言葉も限られたフレーズしか使われることもない。


「聖詠か?」


 分かる奴がいたのか。私は嬉しさのあまり「ああ」と答えた。


「オヤマーの、オズワルド様のお孫様は、学園に入る前にこの聖詠を唱えていたんだ」

「嘘だろう!」「馬鹿な」「ありえん」


 まあそうなるな。私は誤魔化すように聖詠について語った。



 翌朝。

 教会で朝の礼拝を終え宿舎に戻った私は、鼻歌を歌いながらスーハーを行った。

 スーハーは、毎日やるのが大切。チャンチャカチャララと軽快に体を動かしながら大きく呼吸をしていると、珍しいものを見るように近づいて来る者たちがいた。


「何をしているのだ?」


 聞かれたので私は「スーハー」について語った。そしてやり方を教えた。

 一緒にスーハーを行うと、感動してくれたようだ。


「何だい、この全身にみなぎるパワーは」

「それが『神の呼吸スーハー』の恩恵さ」


 一通り終わったのに、次から次へと人が来てはスーハーについて聞きたがった。

 答えてはスーハー、答えてはスーハーを繰り返す。


 いつの間にか新人の間でスーハー信者が増殖していった。



 オヤマーに行く前の日まで、私達は夜には理想を語り合い、朝にはスーハーをした。みんな上層部の腐敗については思う所があるようで、口々に不満と理想を言い合うと、目指すべき方向が見えてきた。


 このままではいけないと思っているのは、自分だけでなかった。


 みんながそう感じていた。そのことは私たちの力になった。


「なあ。僕たちはこの心を忘れないようにしないと。だからさ、僕たちは同盟を組まないか? そうだな、『スーハー同盟』。どうだ! このまま各地にスーハーを広め、スーハーをするたびに今の気持ちを思い出すんだ。なあ、ステキじゃないか?」


 見習いの一人がそう提案した。


「「「おぉぉぉぉ――――――」」」


 みんなが歓喜の声を上げた。


「ではここに、『スーハー同盟』を組む。参加者はここにいる全員。リーダーはマックス神官だ!」

「えっ、私が?」


「「「当たり前だろ! お前以外誰がいるんだ」」」


 満場一致でリーダーになることが決まった。





 この後、私が「スーハーの伝道師」という二つ名を授かるのはだいぶ先のお話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貧乏奨学生レイシア 閑話集3 教会関係 みちのあかり @kuroneko-kanmidou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ