十一、楊香

深山逢白額 努力轉腥風

父子倶無恙 脱身饞口中


深山白額はくがくに逢ふ 努力ぬりき腥風せいふうす 

父子とも恙無つゝがなからん 身饞口ざんかううちまぬかる 


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 楊香ようきょうには一人の父御ててごが有った。或る時、連れ立って深山みやまると、たちまち猛虎に出会でくわしてしまった。楊香ようきょう親父しんぷの命の喪わるるやも知れぬことをおそれ、虎を追いらんとするけれど叶わぬので、あめ御慈悲おんあわれみたのんで「庶幾こいねがわくは我が命を虎に与え、ててを助け給われ」と至祷しとうすると、流石にあめ軫念しんねん有らせられたか、今まで千早振ちはやぶていで人を獲って喰おうとしていた虎が、俄爾がじとして尻尾しりお両肢もろあしの間にすぼめて逃げて行くではないか。くして父子おやこ共々、虎口ここうの難をまぬかれて殊事ことにこと無く帰家したのだと云う。

 是こそひとえに孝順の心根こころね深き故に、斯様かようなる奇特きどく示現じげんを見たのであろう。

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〔私訳〕二十四孝(御伽草子) 工藤行人 @k-yukito

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