豊穣なる語彙世界

作者 工藤行人

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★★★ Excellent!!!

古代から残された歴史的文書、文献、記録を紐解いていく感覚で読み進めていくと、作者の語彙を広げるための知的意欲や思考を深めていきたい意識が推察され、言葉と真摯に向かい思索することの大切さや尊さを呼び覚まされるような感動で心が満たされます。

★★★ Excellent!!!


学校で習うことのない常用外漢字。
造形が美しい画数の多い文字。
古文の中に匿われる言葉。

実用性より装飾性が心地好いこともあるのですね。
文學の「物語性」を超えた「文字そのものの可能性」に気付きます。
眺めて学んで堪能したい御方へ、お薦めの型録です。

辞書を読んでいるかのような感覚でありながら、浮かび上がる光景があり、それらは一話ずつ独立しています。
漢詩の趣きの彫像。異国の単語を鏤められた絵巻物。特定されない舞台に射す光と影の風景画。
そのように感じられる文章の行間には、自分の解釈で埋めることの可能な「余白」があります。奥床しい風情を感じる次第です。

質と品の良い綺麗な言葉の自家製型録(カタログ)。
現代の国語から失われつつある言の葉を拾い上げ、言の葉の可能性を未来へ繋ぐ試み。
この語彙世界は過去・現在・未来を行き来する、言葉と物語を載せた舟の如く、航(ゆうたり)と時代の海をたゆたうのです。

作者様の繊指(ゆび)が掬い上げる語彙というエッセンス。
それがデジタルの画面上に、或るひとつの「美の指標」に沿って歌い上げられていく物語を、言の葉の細波が脳に寄せる恍惚を、是非、味わってください。

★★★ Excellent!!!

文学にはいくつかの潮流があるが、現代において多数派を占めるのは「何を書くか」ということに主眼を置いた「物語小説」であろう。この分野ではストーリーの伝達が最優先事項であり、「文字」という表層は作者と読者の媒介者としての役割しか持たない。

『豊穣なる語彙世界』は、そういった価値観へのアンチテーゼといえる。「いかに書くか」を徹底的に追求した、硬質で確固たる言語空間。この作品のジャンルが『創作論・評論』に区分されているのは極めて意味深である。私はそこに「物語は存在するが後景に過ぎない」という作者の主張を読み取った。主役はあくまで文字であり、物語は文字に従属している。

技巧の限りを尽くした文字世界を、ぜひとも堪能して頂きたい。

★★★ Excellent!!!

 レーモン・クノーは『文体練習』において、ひとつの物語を、九十九種類の文軆でえがきわけた。「メモ」から「荘重体」まで網羅した、文軆の熱力学的死ともいえる異様な挑戦から、ロラン・バルトは『作家個人は文軆をもたない』という着想をえた。作家はだれでも、どんな文軆でもえがきうる、という虚無主義だ。なかんずく、文軆意識を極限までひくめた、文軆をもたない文軆を零度のエクリチュールとよんだわけだが、零度のエクリチュールとは元来、『文体練習』のように『作家個人は文軆をもたない』という視座から発想されたものだった。

 翩翻として、工藤氏は『ひとつのエクリチュールで多様な物語をえがく』という実験に挑戦している。『文体練習』が、ひとつの物語という消失点から無尽蔵に文軆が輻射されていたのにたいして、『豊穣なる語彙世界』では、ひとつの文軆という消失点から無尽蔵に物語が輻射されるという一点透視図法がとられている。その文軆は、きっと、偶然に成立したものではなく、工藤氏の半生のあれこれから醞醸された必然的な、ゆるぎない文軆といえるだろう。この稀覯な文軆を、文軆をもたない文軆としての零度のエクリチュールとは正反対に、工藤氏は断固として文軆をもつという意味から『百度のエクリチュール』という造語で形容したい。『百度のエクリチュール』による『零度のドラマツルギー』(在原業平並の超絶技巧による和歌から、現代の風俗描写まで)と、あえて表現してみたい。

 さらに重要なことは、本作は『言文一致している』という点だ。
 読者諸賢は、瞥見して本作を完全なる古文だと錯覚するかもしれない。しかし、実際には、おおくの作品で口語体がもちいられていることに注意していただきたい。和歌や漢文読み下し文などをのぞけば、ほとんどの文が『中途が文語体で末節が口語体』になっている。熟語の語義が字面から揣摩憶測できれば、物語を理解するのにさほ… 続きを読む

★★ Very Good!!

『のちゆく』を勝手に考察

沓冠(くつかむり)の語釈がちっともわからなかったので調べてみました





折句という表現方法は、「句の上の一文字をつなげると言葉が出てくるよ」という仕組みらしいです

沓は「はきもの」冠は「かぶりもの」。つまり沓冠は、歌の頭とおしりの文字を繋げて別の言葉をみつけるのですね




「きそ の ゆめ」の歌なんですが

頭文字を上から下の順番で読み、

一番下の文字を下から上に読むと、

「君見たし…」の歌ができあがります

「なんでこの詩、参考の後ろに、ちょこんとあるんだろう」と不思議だったのですが、ちゃんと意味はありました。自分はバカなので調べないと意味が分かりませんでしたが




 


書く人は頭を使いますが、読み手はパッと見て「好きなのか、受け付けられないか」感じればいい作品だと思います



自分は「松蘿契」の「花笑んで~円んだ」がなんとなく好きです

全然語訳できないけど。