第7話 時間の色

 結界装置の出力はベテランオークショニアが指定した0.5。

 この数値であれば、絵の時間は動き、鳥も空を飛んでいる。


「では、ミナライくん、8番の絵を外してもいいですよ」

「俺が外しても問題ありませんか? サポートします」

「ええ。では、ミナライくん、チュウケンくんを顎で使ってください」

「え…………」


 ベテランオークショニアの指示に、見習いオークショニアは固まる。

 先輩を……中堅オークショニアを顎で使うなどできるはずがない。


「ほらほら。色々とやってみたいことがあるんだろ? 時短できるところは、時短が必要だよ」


 なんの躊躇もなく、中堅オークショニアが絵を外す。


「時間がとまりましたね」


 オーナーの指摘に全員が頷く。

 8番の絵を外した瞬間、空の色の変化が止まった。

 これは予想できた展開である。


「ベテランさん、アサツギドリとヨルオイドリの消失を確認しました」


 ベテランオークショニアは懐中時計を見ながら、メモを残す。律儀にも、ペンを握っていない方の手は鳥捕獲網を持っているので、仕方なくオーナーも鳥捕獲網を持ち続けている。


「チュウケンさん、今度は、8番目の絵を上下逆にして、飾りなおしてください」

「わかった。逆だな」


 中堅オークショニアが壁に上下逆にした状態で絵を戻し、ベテランオークショニアが懐中時計を見る。


「5分が経過しましたが……絵に変化はありましたか?」

「時間は止まったままですし、鳥も現れませんね」


 次はどうする? と、中堅オークショニアが見習いオークショニアに質問する。

 見習いオークショニアはきゅっと口を引き結んで、下を向く。


「ミナライくん、教科書通りであれば、全部のパターンを検証するところでしょうが、それは鑑定士の分野です。今回は、セオリーを無視してもかまいませんよ。わたしが記録していますので、ミナライくんは、ミナライくんが試してみたいことを、まずは言ってみてください」


 ベテランオークショニアの言葉に、見習いオークショニアは驚いたように目をパチクリさせる。


「あ、なんか、ベテランさん、俺のときとは違って優しいですねぇ。俺の場合だと、全部のパターンを検証し終えたら呼んでくださいね……って言いそう」

「かわいい子と憎たらしい子の扱いを同じにする必要などないでしょ?」


 ベテランオークショニアの返しに中堅オークショニアはケタケタと嗤う。


「ってことだ、ミナライくん、とりあえず、おもいついたことを言ってみな。まずは、言葉にすることから初めてみようか」


 と言って、中堅オークショニアはバンバンと見習いオークショニアの背中を叩く。


「えっと……それでは……その、いったん、全部の絵の額縁を外して、絵だけを飾るっていうのは?」

「わかりました。許可します」


 中堅オークショニアと見習いオークショニアはすべての絵を外し、額縁を外したうえで再び絵を正しい順番で飾りなおす。


 額縁がなくなることでずいぶんと絵の印象が変わったが、絵そのものに変化はみられない。


「額縁がなくても時間が動いていますね。額縁をしていたときと同じ空の色の変化ですね」

「鳥も飛んでいるし、鳴いていますね」


 オーナーとベテランオークショニアが確認しあう。


「額縁は関係なし……と」


 ベテランオークショニアはメモをとる。


「あのう……ベテランさん」

「なんですか? ミナライくん」

「この絵ですが、正しい順番になっていると思います。鑑定士の結果待ちだとは思うのですが、おそらく、これ以外の並び順は、現状の絵ではないと思います」

「そうですか。チュウケンくんの見立てはどうですか?」

「はい。俺もそう思いますね。これがいちばん、しっくり絵と絵が繋がってますね」


 ベテランオークショニアが頷く。


「では、満場一致で、順番は5番、3番、11番、8番……」

「え? わたしには聞いてくれないのですか?」


 オーナーが不服そうに眉根を寄せる。


「オーナーは、『黄金に輝く麗しの女神』様のお言葉を否定できない立場ですので、確認するまでもありません」

「つまらないなぁ……」


 オーナーを無視して、ベテランオークショニアはメモに記入しつづける。


「ベテランさん、絵は正しい順番にはなっていますが、まだ、正しく絵は飾られていません……と思います」

「正しく絵は飾られていない……とミナライくんは感じるのですか?」

「はい」

「詳しく説明することはできますか?」


 ベテランオークショニアの問いに見習いオークショニアはしばし沈黙する。


「絵の側面……どの絵にも、絵の両側面に1箇所ずつ、筆の跡がついているんです」

「ほうほう。チュウケンくん」

「ミナライくんの指摘する絵筆の跡、確認しました。左右の側面にあります。上下にはありませんね」


 ベテランオークショニアの指示を受けると同時に、中堅オークショニアがすべての絵の側面を確認する。


「その跡には規則性があって……」


 見習いオークショニアの説明を要約すると、例えば、隣り合う5番、3番の絵の場合、5番の右側面と3番の左側面は赤の絵具で描かれた筆跡があり、3番と11番の場合は、3番の右側面、11番の左側面が同じ青の絵具で描かれた筆跡がある。


 ただし、色は同じなのだが、線の位置が違う。


「その色のラインに揃えて絵を飾れ、ということだと思います」

「なるほど。試してみる価値はありそうですね」

「あと、高さにルールがあるのなら、間隔にもルールがあると思います」


 見習いオークショニアの意見に、全員が頷く。


「そう考えるのが自然ですが、間隔を示すヒントはなにかありましたか?」

「ヒントはまだわからないのですが、おそらく、絵と絵を近づけたり離したりして、一番、魔力の流れがよくなる距離間が正しい位置だと思います」

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