第10話 新しい色
「それでは、額装して終了しましょうか?」
絵の変化を見届けたオーナーはベテランオークショニアに視線を向ける。
「そうですね。絵の謎も解けたようですし。そろそろ片づけにはいりましょうか」
ベテランオークショニアの判断により、それからはしばらくの後、オーナーも一緒になって5人は絵に額をはめ、片づけをおこなう。
そして、4枚の絵を飾り終えたとき、全員の口からため息が漏れた。
「また、戻りましたねぇ」
「ええ……額は関係ないと思ったのですが、どうも違うようですね」
額装された絵は、再びそれぞれの時間の空に色をかえはじめる。
朝告ぎ鳥と夜追い鳥もそれぞれの時間帯にあわせて、絵の中を移動しはじめた。
「額の幅も計算に入れないといけないのかな?」
中堅オークショニアがひとりごちる。
見習いオークショニアと若手オークショニアはそれぞれ「額は関係ない」と思ったが、なんとなくそう思っただけなので、口にはしなかった。
「最初の額が必要……となればお手上げですね」
オーナーが肩をすくめる。
この絵に使用されている額は、以前の持ち主たちが、好みの額に替えたと記録に残っている。
「だとしても、今日はここまでにしましょう。額に関しての検証は、明日また改めて。時間をかければよいというわけではありませんからね」
気持ちを切り替えようとするかのように、ベテランオークショニアがパンパンと手を叩く。
「あれ? あれ?」
見習いオークショニアが目をゴシゴシとこすりはじめた。
「どうかしましたか? ミナライくん?」
「絵が……なんか、ちょっとさっきと……雰囲気が違うような?」
顔をしかめ、首を捻りながら、見習いオークショニアは絵を眺めつづける。
「光の加減だった……みたいです」
見習いオークショニアはふるふると首を振ると、帰宅準備をはじめた。
****
翌日、タルナーの絵が気になってしかたがなかった見習いオークショニアは、いつもよりも1時間早く目が覚めてしまい、いつもよりも1時間早く出勤することとなった。
いちばんのり……だと思ったのだが、事務室に複数の人の気配がした。
「オハヨウゴザイマス」
事務室の中に入る。
タルナーの絵を飾っている壁の前に人が集まっている。
「おお、おはよう! ミナライくん!」
中堅オークショニアが振り返り、まっさきに挨拶を返してくる。いつも元気なひとだ。
「……おはようございます」
条件反射のように挨拶をする若手オークショニア。
「やあ、おはよう。ミナライくん」
オーナーもなぜか事務室にいた。
「ミナライくんも早いですね。カバンを置いたら、こちらにおいで。タルナーの絵が大変なことになっているよ」
大変なこと……と言うわりには落ち着いているベテランオークショニア。さすがは長年、オークションのトリを努めてきた人だ。ちょっとやそっとのことでは動じない。
見習いオークショニアは言われた通り、自分の席にカバンを置くと、壁の前にトコトコと駆け寄る。
「え? ええええっっ!」
見習いオークショニアは壁を見た途端、硬直する。
「そんなに驚いているっていうことは、ミナライくんがコレをやったわけじゃなかったんだね」
「不思議なこともありますねぇ……」
「絵が! え? どうして、どうして、絵が移動しているんですか! しかも、絵が変わっている!」
眼の前に飾られている額装されたタルナーの風景画。
5番、3番、11番、8番の並び順が、11番、8番、5番、3番に変わっている。
絵の間隔、高さの関係はそのままで、左にスライドした状態といっていい。
空の色は、11番、5番、3番の絵だけがそれぞれ時間が経過している。
水面に写っている8番の絵だけ、水面の色が、朝の色と夜の色が混じり合っている。
まるで、水面に石を投げ入れたかのように、ゆらゆらとゆらめいている。
が、それ以上に驚いたのは……。
今まで水面に写っていたのは空だけだったのに、なんと、大樹が映り込んでいるのだ。
そして、その大樹の枝に留まる二羽の鳥。
白色と黒色の鳥は、時々、「ピィルルッ!」「ピリリッ!」と囀っている。
朝告ぎ鳥と夜追い鳥とは違う鳥だった。
まるで、番のように仲良く寄り添っている。
「…………よかった」
見習いオークショニアの口から安堵の言葉が漏れる。
そう、昨日まではあんなに寂しそうに鳴いていた二羽の鳥が、こうして、同じ木の同じ枝に留まって身を寄せ合っている。
鳴き声もとても楽しそうだ。
「なんか、一晩で絵が完成しちゃったみたいだね」
中堅オークショニアが感心したように呟く。
「正しい順番で、正しく絵を飾ったら、未完の絵が完成した……ということにしておきましょう。絵が完成する瞬間に立ち会えなかったのが悔やまれますが、実に『面白い絵』です」
オーナーの言葉に、一同は深くうなずいた。
こうして、初代オーナーが所有していたタルナーの絵は、賓客用の玄関ホールの壁を飾ることとなり、来訪者を美しい囀り声で迎えることとなった。
(終わり)
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