第9話 朝の色と夜の色
それから1時間あまりが過ぎ去った。
「よし! これでどうだぁっ!」
8番目の絵を飾り終えた中堅オークショニアは、指示出しのふたりに視線を送る。
11番目の絵の前には見習いオークショニア、5番目の絵の前には若手オークショニアが立っており、真剣な表情で絵を見つめている。
「完了しました」
若手オークショニアが小さく頷く。
「ワカテさん、すごいです! こんなに早くぴったりの位置がみつかるなんて、さくがワカテさんですね! チュウケンさんもありがとうございます! すごくいい感じに魔力が絵の中を循環してます。バッチリです!」
見習いオークショニアがキラキラと瞳を輝かせながら、中堅オークショニアと若手オークショニアを見つめる。
「…………」
「なになに。お安い御用だよ。そんな純真な瞳で見つめられると、オジサンはこまっちゃうナ」
返事がない若手オークショニアを気にしつつ、中堅オークショニアは楽しそうに嗤う。
「チュウケンくん、ワカテくん、ミナライくん、ご苦労さまです。絵の正しい位置関係をわりだすのにもっと時間がかかるかと思いましたが、よく、筆跡の太さが絵と絵の間隔を示しているということに気づきましたね」
「うんうん。3枚目からはそれで飾るのがずいぶん楽になったよ。あの2枚目の1ミリずつ幅をとって確認していく……って作業が残り2枚もあるのとないのではずいぶん違ったからね」
中堅オークショニアは「よくやったな」と言いながら、見習いオークショニアの頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
「あああうううっ。ぼくだけじゃ無理でしたよ。ワカテさんが、しっかりと値を測ってくれていたからわかったんですぅ」
ぼさぼさになってしまった髪を手で整えながら、見習いオークショニアは嬉しそうに微笑む。
「しかし……これが同じ場所を描いたものだったとは……。こうして並べてみないことには、全く気づきませんでしたね」
「オーナー……それは仕方がありません。これは、連なった絵ではなく、景色の部分、部分のみを描いた絵ですからね。普通はわかりませんよ。正しい間隔をとって、その隙間部分は、絵を見る我々自身が心の目で描いて見ないことには、ひとつの絵にはなりませんからね……」
ベテランオークショニアは懐中時計に視線を落とす。
「そろそろ5分がたちました。なにか絵に変化はありますか?」
「あ! 空の色が……」
オーナーと4人のオークショニアが息を殺して見守る中、ゆっくりと、ゆっくりと、それぞれの絵の時間が足並みを揃えるようにして、空の色が変化していく。
ついには4枚とも同じ時刻の空色になった。
「全ての絵の空の色が揃いましたね」
今は眩しい真昼の風景である。
「アサツギドリとヨルオイドリ……いなくなりましたね」
「うん。昼だから、消えてしまったんだろう。もし、この時間帯にも鳥がいたのなら、それはアサツギドリでもヨルオイドリでもない別の鳥になるんだけどなぁ」
5人は目を凝らし、絵の中を探し回るが、鳥はどこにもいない。
絵の時間はどんどん流れていき、夕方になった。
「ピピィ!」
白い鳥が5番目の絵に現れ、そのまますーっと3番目、11番目、8番目の絵に移動してく。
白い鳥は暗闇の中でくっきりと浮かび上がっている。
「夜追い鳥……ですね?」
「やっぱり、夜追い鳥……ですかね?」
オーナーとベテランオークショニアが空を飛ぶ鳥を目で追いかける。
ルーペで確認してみようか、とふたりが思ったとき、見習いオークショニアがこちらの方を見ているのに気づいた。
なにか気づいたことがあるようだが、発言してよいものか迷っているようである。
オーナーはニッコリと笑顔をみせ、見習いオークショニアに発言を促す。
「オーナー……」
「なんだい、ミナライくん?」
「この鳥は……夜追い鳥に似たナニカだと思います」
「夜追い鳥ではないと?」
「いえ、夜追い鳥に似たナニカです。夜追い鳥でもあるけど、完全に夜追い鳥ではありません」
見習いオークショニアの発言を、オーナーは面白そうに聞いていた。
「ほう、ほう。面白い解釈だね。ちなみに、ワカテくんは、この夜追い鳥をどう思うかな?」
「限りなく夜追い鳥に近しいナニカです」
若手オークショニアははっきりと断言する。
「なるほど……」
「はい! オーナー!」
「なんですか? チュウケンくん?」
「俺には質問してくれないんですか? 答えを考えて待っていたんですよ!」
オーナーはため息をつく。
「それでは、仕方がありません。チュウケンくんは、この鳥についてどう思いますか?」
「あのふたりの言葉を翻訳すると……描きかけの未完の鳥……ということです」
中堅オークショニアは胸を反らして自信満々に答えた。
「チチッ!」
黒色の朝告ぎ鳥が絵に現れる。
白い鳥の姿は絵から消えている。
そして、朝になった空の中を朝告ぎ鳥が飛びはじめる。
「もしかしたら、この風景は……タルナー夫人の病室から見える風景なのかもしれませんねぇ」
「おや、チュウケンくんにしては珍しく、ロマンチックなことを言うじゃないか?」
オーナーが笑いを噛み殺しながら中堅オークショニアをからかう。
「すみませんね。似合わない発言でした。でも、そんな気分になるのは、朝告ぎ鳥と夜追い鳥の悲しげな囀りを聞いているからですかね……」
昼頃には朝告ぎ鳥はいなくなり、鳥のいない時間が流れていく。
そして、また夕刻になると、夜追い鳥が絵の中を飛び始める。
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